ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ

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三章

狩り2

 俺は動悸を抑えつつ、静かに矢をつがえた。
 ゆっくりと獲物に近づき、確実に仕留められる、と思った刹那、限界まで引いていた矢を放つ。
 同時に、兔が素早く駆け出す。あっという間に、兔は、草木の合間を縫うように走り去って行った。
 俺は、はあ、と息を吐いた。
 木に突き刺さった矢を抜き取っていると、忠頼が言った。
「もう少し待て。自分の実力で仕留められる場に来たあとに、呼吸を整える。きちんと集中して矢を放てばいい」
「――弓矢は苦手だ」
 弓矢をしまい、俺たちは再び山道を歩き出す。道は木漏れ日で、まだらになっている。
 俺たちは再び、獲物を見つけた。また兔だ。忠頼が俺に目配せする。
 兔は岩陰に隠れた。暫く姿が見えない、と思った時、再び、ひょこりと岩陰から姿を現す。
 俺は獲物を狙い、再び間合いを詰める。
 兔の耳がピンと伸びた。が、暫くすると、兔はまた地に顔を伏せ、草を食べ始めた。
 俺は照準を定めた。兔の耳はまだ下っている。
 俺は気持ちを抑え、冷静に状況を見る。位置。風。方向。弓の引き具合。
――行け。
 矢が己の指がから離れた刹那、俺は、確実に兔を射た、と思った。
 しかし、兔は、ぱっと身体を翻した。
 ああ、しくじった。そう思った途端、目の端を何かが横切った。その軌道は恐ろしくまっすぐで、俺は背筋が冷えた。
 と、兔がばたりと倒れた。
 忠頼の放った矢が兔を仕留めたのだ。
 俺たちは急いで兔に近寄る、忠頼の放った矢は、兔の胸のあたりに刺さっていた。
「これ、心臓を狙ったのか? すごいな」
 俺が忠頼の技術にただ驚嘆していると、忠頼が矢の刺さったままの兔を拾い上げ、俺に足元を見せた。
 近寄ると、兔の後ろ足からは、血が出ていた。
「お前が射た矢が当たっていたから、動きが鈍かった。お前だって、やればできる」
「……たまたまだ」
 忠頼は微笑み、諭すように言った。
「武士とは、ただの肩書だ。戦の時以外は、役に立たぬ。しかし弓の技術は、そのまま、生きる糧となる。お前が一つのことに熱中するのは良いことだ。それでも、生きる手段は多い方が良い」
 忠頼が兔を、木の傍に埋める。俺が眉根を寄せて忠頼を見ると、忠頼が言った。
「獲物はここに置いていく――行くところがあるんだ」



 山道を進んでいくと、右手の一段下に、川が現れた。川に沿って道を進んでいき、曲がりくねった道を何度か折れ、忠頼は止まった。左手に、石段があった。
 石段は、山の斜面に沿って、上方へと伸びている。登っていくと、左右に墓地が現れた。
 忠頼は石段を一番上まで登ると、左に折れ、大きな墓石の前で止まった。
 その墓の、中ほどには半間ほどの大きな墓石が置かれている。敷地だけでも六畳ほどあり、小さな古い塚も五つ六つあった。
 忠頼は敷地に入ると、枯れ枝や草を取り除く。俺もそれに倣って、草をむしる。
 忠頼は小さな墓石の前に跪くと、行李から、水や、餅や豆、瓜などを出し、墓前に並べた。
「子供と、妻の墓だ」
 忠頼は、静かに手を合わせたまま、ぽつりと言った。
 俺はどきりとした。忠頼の子供五人と、妻は、皆亡くなった、という話は、従者たちの噂で聞いていた。しかし、その要因について詳しく聞いたことはない。
 俺は黙って、後ろで頭を下げていた。俺がここにいるのが、場違いな気がしていた。
 暫くして、忠頼は立ち上がった。供えたものを下げると、石段を下りはじめた。
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