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三章
なんでわかんねえんだよ
「お前の仲間も逃げたろう。無駄死にする必要はない。お前も、奴らのように、故郷に帰れ」
その瞬間、あまりの侮辱に、俺の視界が、ぐらりと歪んだ。
今までの俺の想いも、努力も、すべてを踏みにじられたような気がして、俺の体中から怒りが噴き上げる。
俺は煮えたぎるような自分の感情を、なんとか抑えながら、忠頼を睨みつける。
「……は、好き勝手言いやがる。無駄死にって言うなら、お前も同じだろ」
「――俺とお前では、身分も立場も違う。馬鹿な真似はするな」
俺は渇いた笑いを漏らす。
「そりゃそうだ。だがな、俺はお前の指図には従わねえ。俺の命の使い方は、俺が決める」
蝋燭が部屋の中を赤くにじませ、俺たちの影を揺らす。
俺たちは、まんじりともせずに睨みあった。
と、忠頼はおもむろに立ち上がり、褥の横に置いてあった短刀を手に取った。
俺は反射的に立ち上がった。
忠頼が短刀を鞘から抜いた。虚ろな瞳が、俺をほんやりと捉えていた。その瞳はまるで、底なしの闇だ。俺の背筋が、ぞくりと凍り付く。
忠頼は短刀を持ったまま、静かに俺に歩み寄る。俺は壁方向に後ずさりながら、どうにか忠頼から逃げようとする。俺は時を稼ぐために言った。
「――何する気だ」
だが、忠頼の手が伸びた、と思った瞬間、視界が上下逆に転じた。耳元で、ばん、と大きな音がした。
気が付くと俺は、床に伏していた。畳に打ち付けられた体中が、痺れるようにじんじんと痛む。そこまで分かって、初めて俺は、自分が忠頼に、畳に引きずり倒されたのだ、と気が付いた。
「この野郎っ離せっ……!」
俺は、忠頼に押さえつけられている肩を、なんとか起こそうと試みた。だが、それは無駄な抵抗だった。それどころか、俺の腕は余計に極められて、俺は痛みに呻き声を上げた。
忠頼の虚ろな声が、頭上から降ってくる。
「まだ、聞き分けないか」
ふいに、指に冷たい感触が走って、おれはぞっとした。忠頼は俺の腕を極めたまま、短刀の刃を俺の指に添わせていた。
「ならば、お前の指を斬り落とす」
「――っ」
俺は恐怖で、ぞくりと体の芯が冷えていくのを感じた。忠頼が本気でそうしようとしたら、たぶんそれは一瞬で成し遂げられる。
畳に押し付けられた俺の胸の内で、心臓が激しく鳴る。冷汗が首筋を伝う。
しかしその瞬間、ふいに、俺の中で、先程とは違う感情が沸いた。
俺は、極められている指を曲げて、自ら刃を握りこもうとした。
忠頼はすぐに、俺の意図に気が付き、俺の手を太刀から放させようとする。
俺は、忠頼の、その一瞬の隙を突いた。一気に肩を起こし起き上がると、忠頼の手を抑えつつ、忠頼を畳の上に押し倒した。
俺は四つ這いのまま、忠頼を組み敷いた。先程とは、立場が逆転した。
荒い息を吐きながら、俺は忠頼に向かって呟く。
「――何で、わかんねえんだよ」
俺は忠頼の手から、なんとか獲物を抜き取ると、部屋の隅に投げた。
「お前が死ぬまでの時は、一秒でもいいから長く一緒にいたいって、そう思うことの何がおかしいんだよ」
言いながら、俺の声は震えていた。だが、取り繕えるだけの余裕はない。
言葉を募らせれば募らせるほど、気持ちはますます、虚しくなる。
「……お前には――その必要がない、と言っているんだ」
忠頼は俺から顔を逸らしたまま、苦々しげに言う。俺は鼻で笑った。
「必要? そんなもん、最初からねえよ。だって、俺が戦う理由は、忠義でもねえ、義理でもねえ。ただ、お前に腰抜けと思われたくねえって理由だけだ。お前に顔向けできる人間でいたいって、それだけだ。なのに、それでもお前は、俺を馬鹿だの、無駄死にだのって言うのかよ? なら、俺をこうしたのは――誰だよ? それは、他でもねえ、お前だろう、忠頼」
視界が歪む。俺は、瞬きをする。瞬間、ぽたりと涙が零れた。涙が忠頼の頬を伝い、忠頼は此方を振り向く。
一瞬だけ、互いの目が合う。それだけなのに、なぜか、俺の胸はひどく軋んだ。
忠頼は目を眇めると、そのままゆっくりと目を瞑った。
深い、長い吐息が聞こえた。緊張していた忠頼の身体が、だんだんと緩んでいくのが、掌に感じられた。俺は黙って、忠頼を抑えていた手を離した。
忠頼は、俺から解放された両の掌で、ゆっくりと顔を覆う。
「――ばかもの」
忠頼は、呻くように、絞り出すように言った。
「そんなに死にたいなら……俺を殺していけ」
忠頼の声がこんなふうに震えているのを、俺は初めて聞いた。
その瞬間、あまりの侮辱に、俺の視界が、ぐらりと歪んだ。
今までの俺の想いも、努力も、すべてを踏みにじられたような気がして、俺の体中から怒りが噴き上げる。
俺は煮えたぎるような自分の感情を、なんとか抑えながら、忠頼を睨みつける。
「……は、好き勝手言いやがる。無駄死にって言うなら、お前も同じだろ」
「――俺とお前では、身分も立場も違う。馬鹿な真似はするな」
俺は渇いた笑いを漏らす。
「そりゃそうだ。だがな、俺はお前の指図には従わねえ。俺の命の使い方は、俺が決める」
蝋燭が部屋の中を赤くにじませ、俺たちの影を揺らす。
俺たちは、まんじりともせずに睨みあった。
と、忠頼はおもむろに立ち上がり、褥の横に置いてあった短刀を手に取った。
俺は反射的に立ち上がった。
忠頼が短刀を鞘から抜いた。虚ろな瞳が、俺をほんやりと捉えていた。その瞳はまるで、底なしの闇だ。俺の背筋が、ぞくりと凍り付く。
忠頼は短刀を持ったまま、静かに俺に歩み寄る。俺は壁方向に後ずさりながら、どうにか忠頼から逃げようとする。俺は時を稼ぐために言った。
「――何する気だ」
だが、忠頼の手が伸びた、と思った瞬間、視界が上下逆に転じた。耳元で、ばん、と大きな音がした。
気が付くと俺は、床に伏していた。畳に打ち付けられた体中が、痺れるようにじんじんと痛む。そこまで分かって、初めて俺は、自分が忠頼に、畳に引きずり倒されたのだ、と気が付いた。
「この野郎っ離せっ……!」
俺は、忠頼に押さえつけられている肩を、なんとか起こそうと試みた。だが、それは無駄な抵抗だった。それどころか、俺の腕は余計に極められて、俺は痛みに呻き声を上げた。
忠頼の虚ろな声が、頭上から降ってくる。
「まだ、聞き分けないか」
ふいに、指に冷たい感触が走って、おれはぞっとした。忠頼は俺の腕を極めたまま、短刀の刃を俺の指に添わせていた。
「ならば、お前の指を斬り落とす」
「――っ」
俺は恐怖で、ぞくりと体の芯が冷えていくのを感じた。忠頼が本気でそうしようとしたら、たぶんそれは一瞬で成し遂げられる。
畳に押し付けられた俺の胸の内で、心臓が激しく鳴る。冷汗が首筋を伝う。
しかしその瞬間、ふいに、俺の中で、先程とは違う感情が沸いた。
俺は、極められている指を曲げて、自ら刃を握りこもうとした。
忠頼はすぐに、俺の意図に気が付き、俺の手を太刀から放させようとする。
俺は、忠頼の、その一瞬の隙を突いた。一気に肩を起こし起き上がると、忠頼の手を抑えつつ、忠頼を畳の上に押し倒した。
俺は四つ這いのまま、忠頼を組み敷いた。先程とは、立場が逆転した。
荒い息を吐きながら、俺は忠頼に向かって呟く。
「――何で、わかんねえんだよ」
俺は忠頼の手から、なんとか獲物を抜き取ると、部屋の隅に投げた。
「お前が死ぬまでの時は、一秒でもいいから長く一緒にいたいって、そう思うことの何がおかしいんだよ」
言いながら、俺の声は震えていた。だが、取り繕えるだけの余裕はない。
言葉を募らせれば募らせるほど、気持ちはますます、虚しくなる。
「……お前には――その必要がない、と言っているんだ」
忠頼は俺から顔を逸らしたまま、苦々しげに言う。俺は鼻で笑った。
「必要? そんなもん、最初からねえよ。だって、俺が戦う理由は、忠義でもねえ、義理でもねえ。ただ、お前に腰抜けと思われたくねえって理由だけだ。お前に顔向けできる人間でいたいって、それだけだ。なのに、それでもお前は、俺を馬鹿だの、無駄死にだのって言うのかよ? なら、俺をこうしたのは――誰だよ? それは、他でもねえ、お前だろう、忠頼」
視界が歪む。俺は、瞬きをする。瞬間、ぽたりと涙が零れた。涙が忠頼の頬を伝い、忠頼は此方を振り向く。
一瞬だけ、互いの目が合う。それだけなのに、なぜか、俺の胸はひどく軋んだ。
忠頼は目を眇めると、そのままゆっくりと目を瞑った。
深い、長い吐息が聞こえた。緊張していた忠頼の身体が、だんだんと緩んでいくのが、掌に感じられた。俺は黙って、忠頼を抑えていた手を離した。
忠頼は、俺から解放された両の掌で、ゆっくりと顔を覆う。
「――ばかもの」
忠頼は、呻くように、絞り出すように言った。
「そんなに死にたいなら……俺を殺していけ」
忠頼の声がこんなふうに震えているのを、俺は初めて聞いた。
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