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四章
竟(つい)の記憶
草原には光が溢れていた。目に染みるような萌黄色の葉が、風にさわさわと揺れる。ウグイスの鳴く声が、のどかに響く。
だが、俺が今、まっすぐに見詰めているのは、目の前の、千五百もの敵の姿だ。
四度めの合戦が、始まろうとしていた。
俺は、ひとつ息を吐いた。血で汚れた槍を軽く握り、手の感触を確かめる。
――よかった。俺はまだ、戦える。
背に当たる日差しは温かく、しかし風は冷たく爽やかに俺の頬をかすめていく。
木に止まっていたウグイスが飛び立った。その瞬間、鬨の声と銅鑼の音が響き渡る。
雄たけびが地を揺るがす。
緊張が一気に高まる。自分の目が、肌が、全ての神経が開き、感じる。
間合いに入りうる五人の敵兵を俺は意識の中でとらえる。
――いいぜ。受けて立つ。
一人が先陣を切ってこちらに向かってきていた。
俺は、相手が攻撃する半拍前に間合いに入ると、下から槍で喉元を突く。相手の兜のひもが切れ、鈍い音とともに、相手の身体が崩れる。
二人目の敵は、間髪を入れずに迫ってきた。俺は槍を抜き、ふたたび構えようとしたが、間の悪いことに、穂先が根元から折れ、ぶら下がっていた。
どうしようか、と考えながら、俺は一歩引いて間合いを取る。
俺は冷静だった、
ひどい疲れはあったが、それでも、戦えた。それどころか、、さっきまでは出来なかったことが、いつのまにか、出来るようになっている、という手ごたえがあった。
自分の呼吸。心臓の動き。身体を駆け巡る血。筋肉の伸び縮み。そうした、普段は閉じている、身体そのものの感覚が、次第に目を覚ましていくようだった。
身体は自在に、そして自然と動いた。
――俺は多分、近いうちに死ぬ。しかし、それは絶対に、『今』ではない。
そんな確信が、常に身体の奥から湧いていた。
だから、相手が槍を振り下ろしてきた瞬間も、自分がどう動くべきか、俺は自然と分かった。
俺は、折れた槍の柄を頭の上に掲げ、相手の槍の下を滑らせるようにして、背後に入った。
振り向いた相手の頭を、俺はほぼ真横から突く。首が直角に曲がり、男はそのまま、横倒しになる。
俺は倒れた男から、壊れていない槍を拝借し、周りを見渡す。すると、立ち竦んだ、のこりの三人の男と目が合った。
残った三人の男は、瞳に怯えた光を浮かべ、後ずさりする。すでに戦意を喪失しているようだった。
「――どうした?」
俺はゆっくりと、三人に歩み寄る、一人が足をもつれさせ、尻もちをつく。しかし、他の二人は、獲物を握りしめると、叫びながら、此方に向かってきた。
――そうだ。そうじゃないと、おもしろくねえ。
次の瞬間、俺は先に来た男のの心臓を突いていた。その流れのまま俺は屈み、もう一人の首を斬る。
二人はどう、と地面に倒れた。俺は、尻餅をついていた男を振り返った。
尻餅をついていた男は、失禁し、茫然自失になっていた。男がかすれた声で、呟くのを、俺は強風のさなかに聞いた。
「修羅……」
俺は、その男を放っておくことにした。向きを変え、次の敵を探して歩き出した。
と、ふいに背中が温い気がして、俺は腰に手を当てた。
初め、俺は、己の着物が汗で濡れているのだと思った。しかしその掌の色を見たとたん俺はどきりとした。背中から溢れているもの、それは血だった。
――そういえば先程、背中にを斬られた気がする。
戦いの最中は興奮しているので、たいして痛みを感じない。だが、傷は意外と深かったのかもしれない。
俺は、一瞬だけ、逡巡した。しかし、俺は血を己の腹の横で拭くと、なにもなかったように歩を進めた。
いつもなら、後で傷が膿まないように、簡単に傷の処置をするのだが、今はもう、そんなことを気にする必要もなかった。
俺は死体をよけて歩きながら、手の中の槍を弄んだ。
長さや重さ、握りやすさ、峯の太さを確かめながら、軽く振ってみる。自分のものではない槍は、使い勝手がだいぶ違う。慣れるまで少し時間がかかるだろう。
――この槍で、あと何人、殺せるかだろうか。
そこまで考えた時、ふいに俺の脳裏に、源太の声が聞こえた気がした。
――『この経を読めば、極楽浄土へ行ける』
俺は槍を握りなおしながら、少し笑う。
――源太。おまえが生かしてくれた命だったが、源太、こりゃあ、極楽浄土なんて夢のまた夢だ。
吹きすさぶ風の音が聞こえていた。砂埃が舞い、肌の上に、細かい砂粒が爆ぜ、俺は瞬きをする。
俺は眼だけではなく、声や足音で敵との距離を測りながら、敵陣に進んでいく。
――源太。あのな、俺、やっぱり――俺よりも、お前が生きていた方が、よっぽどよかったんじゃねえかなって、思うよ。
そうしたらきっと――地獄に落ちる俺たちのために、お前は経を読んでくれたはずだ。
俺は歯の間から、細く長く息を吐いた。すでに次の兵が、俺に気が付き、こちらに向かってきている。
――だけど。もう遅いな。
俺は槍を構える。俺はもう、殺した人間の数を数えるのさえ、止めていた。
――俺はこれから、死ぬまで、俺に向かってくるものを、殺す。
それだけだ。
俺は歩き出した。血の沼に、身を沈めるために。
だが、俺が今、まっすぐに見詰めているのは、目の前の、千五百もの敵の姿だ。
四度めの合戦が、始まろうとしていた。
俺は、ひとつ息を吐いた。血で汚れた槍を軽く握り、手の感触を確かめる。
――よかった。俺はまだ、戦える。
背に当たる日差しは温かく、しかし風は冷たく爽やかに俺の頬をかすめていく。
木に止まっていたウグイスが飛び立った。その瞬間、鬨の声と銅鑼の音が響き渡る。
雄たけびが地を揺るがす。
緊張が一気に高まる。自分の目が、肌が、全ての神経が開き、感じる。
間合いに入りうる五人の敵兵を俺は意識の中でとらえる。
――いいぜ。受けて立つ。
一人が先陣を切ってこちらに向かってきていた。
俺は、相手が攻撃する半拍前に間合いに入ると、下から槍で喉元を突く。相手の兜のひもが切れ、鈍い音とともに、相手の身体が崩れる。
二人目の敵は、間髪を入れずに迫ってきた。俺は槍を抜き、ふたたび構えようとしたが、間の悪いことに、穂先が根元から折れ、ぶら下がっていた。
どうしようか、と考えながら、俺は一歩引いて間合いを取る。
俺は冷静だった、
ひどい疲れはあったが、それでも、戦えた。それどころか、、さっきまでは出来なかったことが、いつのまにか、出来るようになっている、という手ごたえがあった。
自分の呼吸。心臓の動き。身体を駆け巡る血。筋肉の伸び縮み。そうした、普段は閉じている、身体そのものの感覚が、次第に目を覚ましていくようだった。
身体は自在に、そして自然と動いた。
――俺は多分、近いうちに死ぬ。しかし、それは絶対に、『今』ではない。
そんな確信が、常に身体の奥から湧いていた。
だから、相手が槍を振り下ろしてきた瞬間も、自分がどう動くべきか、俺は自然と分かった。
俺は、折れた槍の柄を頭の上に掲げ、相手の槍の下を滑らせるようにして、背後に入った。
振り向いた相手の頭を、俺はほぼ真横から突く。首が直角に曲がり、男はそのまま、横倒しになる。
俺は倒れた男から、壊れていない槍を拝借し、周りを見渡す。すると、立ち竦んだ、のこりの三人の男と目が合った。
残った三人の男は、瞳に怯えた光を浮かべ、後ずさりする。すでに戦意を喪失しているようだった。
「――どうした?」
俺はゆっくりと、三人に歩み寄る、一人が足をもつれさせ、尻もちをつく。しかし、他の二人は、獲物を握りしめると、叫びながら、此方に向かってきた。
――そうだ。そうじゃないと、おもしろくねえ。
次の瞬間、俺は先に来た男のの心臓を突いていた。その流れのまま俺は屈み、もう一人の首を斬る。
二人はどう、と地面に倒れた。俺は、尻餅をついていた男を振り返った。
尻餅をついていた男は、失禁し、茫然自失になっていた。男がかすれた声で、呟くのを、俺は強風のさなかに聞いた。
「修羅……」
俺は、その男を放っておくことにした。向きを変え、次の敵を探して歩き出した。
と、ふいに背中が温い気がして、俺は腰に手を当てた。
初め、俺は、己の着物が汗で濡れているのだと思った。しかしその掌の色を見たとたん俺はどきりとした。背中から溢れているもの、それは血だった。
――そういえば先程、背中にを斬られた気がする。
戦いの最中は興奮しているので、たいして痛みを感じない。だが、傷は意外と深かったのかもしれない。
俺は、一瞬だけ、逡巡した。しかし、俺は血を己の腹の横で拭くと、なにもなかったように歩を進めた。
いつもなら、後で傷が膿まないように、簡単に傷の処置をするのだが、今はもう、そんなことを気にする必要もなかった。
俺は死体をよけて歩きながら、手の中の槍を弄んだ。
長さや重さ、握りやすさ、峯の太さを確かめながら、軽く振ってみる。自分のものではない槍は、使い勝手がだいぶ違う。慣れるまで少し時間がかかるだろう。
――この槍で、あと何人、殺せるかだろうか。
そこまで考えた時、ふいに俺の脳裏に、源太の声が聞こえた気がした。
――『この経を読めば、極楽浄土へ行ける』
俺は槍を握りなおしながら、少し笑う。
――源太。おまえが生かしてくれた命だったが、源太、こりゃあ、極楽浄土なんて夢のまた夢だ。
吹きすさぶ風の音が聞こえていた。砂埃が舞い、肌の上に、細かい砂粒が爆ぜ、俺は瞬きをする。
俺は眼だけではなく、声や足音で敵との距離を測りながら、敵陣に進んでいく。
――源太。あのな、俺、やっぱり――俺よりも、お前が生きていた方が、よっぽどよかったんじゃねえかなって、思うよ。
そうしたらきっと――地獄に落ちる俺たちのために、お前は経を読んでくれたはずだ。
俺は歯の間から、細く長く息を吐いた。すでに次の兵が、俺に気が付き、こちらに向かってきている。
――だけど。もう遅いな。
俺は槍を構える。俺はもう、殺した人間の数を数えるのさえ、止めていた。
――俺はこれから、死ぬまで、俺に向かってくるものを、殺す。
それだけだ。
俺は歩き出した。血の沼に、身を沈めるために。
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