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四章
竟(つい)の記憶2 森の中
俺たちは、森の中で、ほんの、束の間の休息をとっていた。
今日、二度目の衝突が、終わった。敵兵がいったん退いた時、俺たちも撤退したのだ。 俺は斬られた背中に、布を巻きながら、集まった兵のひとりひとりを、見るともなく眺めていた。
南波軍、丹波軍、日高郡の者がいた。俺よりずっと古くから、南波に仕えている者や官位が上の者、下の者、仲のいい者、そりの合わない者もいた。
だが、戦が始まってからの地獄の四日を、ともに戦った仲間だ。その存在は、ただ心強かった。
だが。
――潮時だ。
俺はぼんやりと、そう思っていた。
今、南波軍は、誰の目から見ても、限界だった。
なにより明白なのは、兵の数だった。八百余いた兵はいまは八十にも満たない。
皆、目だけは皆、相変わらずギラギラと光って、荒い息を吐き、互いの顔をもう一度見れたことを喜び合っている。
しかし、衣類は、相手の物とも自分の物ともわからぬ赤黒い血で、もとの色もわからなくなっていた。
武具や身体は、すでに数か月戦った後のように、ボロボロだ。肩当や脛あては紐が切れ、片方がはずれ、着物のそこかしこに穴が空いている。俺たちは、手に入る中で一番上等な鎧をまとっていたにもかかわらず、だ。
だが、着物が破れるくらいなら、まだいい。その中身もまた、同じように、がたが来ていた。
矢や刺し傷を受けていない者は、最早一人もいなかった。
それでも、動けるだけ、俺たちはましな方と言えた。怪我で、戦えなくなり、戦場に置き去りにされた者や、仲間に合流したけれど、血を流しすぎてそのまま死ぬ者もたくさんいたからだ。
惨い、戦だった。
俺はいままでの戦いで、いままでいかに自分が幸せだったかを、考えずにはいられなかった。
南波や、忠頼は、俺たちにけして無茶な戦い方を強いることがなかった。今までこうして、大した怪我もなく、生きているこれたのは、ただ、恵まれていたと言える。
――それは――今だって、そうだ。
寡兵であるにもかかわらず、南波軍は、善戦していた。陣形は統制がとれ、ほぼ崩れることがなかった。
南波の兵が向かってくるのを見だだけで、その目に気圧され逃げる敵兵も多くいた。
一人が数十人分に等しい働きをした。そのおかげか、俺たちは、一度の衝突で、大きく数を減らすこともなく、今日までの四日間を凌いでこれた。
だが、いくら善戦しているとしても、南波軍に先が見えていることには変わりなかった。だからこそ、敵兵は猫が鼠をなぶるように、様子を見ながら、こちらが弱るのを手ぐすね引いて待っているのだった。
俺たちは一度だけ、敵の頭である、親景のかなり近くまで迫った。
だが、俺たちの刃が、親影に届くことはなかった。親影は、海岸に停泊した船から駆け付けた軍と、山からやってきた兵でもって、俺たちを挟み撃ちにした。
俺たちは、すぐさま、親影の傍から押し出された。その際に、最後の盟友であった、日高軍とも分断されてしまった。
――以前は、放っておいても、何百人もの人間が、自然と集まってきたのに。
背中の処置が終わっても、痛みが消えるわけではない。俺は些かぼんやりとしながら、三年前のことを思い出す。
忠頼の屋敷に、山賊やら僧兵などの、荒れくれ者たちが集まるのは、よくあることだった。
忠頼はそのようなときはいつも、おっくうそうに、部屋に身を隠す。
すると、山賊どもは、ますます声を張り上げ、忠頼を呼ぼうとする。そうなると今度は、村人が、なんだなんだと、見物に集まってくるのだった。
『どうするんだ、あれ』と俺が訊くと、忠頼は少し困った顔で、『どうだろうな』と言う。
少し困った笑顔で。表の騒ぎに、耳を澄ませながら。
――今や、有力者たちはみな俺たちから目を背け、自分に火の粉がかからないようにしている。
俺は、わずかに残った水を飲むと、群衆をぐるりと見わたす。
忠頼の側近の一人が、南波のそばで何かを話していた。俺は、ふらりと立ち上がると、まるで磁力に引きつけられるように、俺は二人の傍へと向かった。
南波が俺に気が付き、目を向けた。
流石の南波も、いつもの悠然とした姿は見る影もなく、疲弊し傷付いていた。俺はその姿に、一抹の寂しさを覚える。
やはり、このお方も、人間であったのだと、俺は当たり前のことを考えた。
「おい、お前――」
俺は従者の声を無視し、南波の前に膝まづく。
「ご無事で何よりです、大公殿――」
南波の従者が、怒声とともに立ち上がり、俺の身体を抑え込んだ。
「無礼者! 己は誰の許しを得て、大公殿の前に侍った!」
今日、二度目の衝突が、終わった。敵兵がいったん退いた時、俺たちも撤退したのだ。 俺は斬られた背中に、布を巻きながら、集まった兵のひとりひとりを、見るともなく眺めていた。
南波軍、丹波軍、日高郡の者がいた。俺よりずっと古くから、南波に仕えている者や官位が上の者、下の者、仲のいい者、そりの合わない者もいた。
だが、戦が始まってからの地獄の四日を、ともに戦った仲間だ。その存在は、ただ心強かった。
だが。
――潮時だ。
俺はぼんやりと、そう思っていた。
今、南波軍は、誰の目から見ても、限界だった。
なにより明白なのは、兵の数だった。八百余いた兵はいまは八十にも満たない。
皆、目だけは皆、相変わらずギラギラと光って、荒い息を吐き、互いの顔をもう一度見れたことを喜び合っている。
しかし、衣類は、相手の物とも自分の物ともわからぬ赤黒い血で、もとの色もわからなくなっていた。
武具や身体は、すでに数か月戦った後のように、ボロボロだ。肩当や脛あては紐が切れ、片方がはずれ、着物のそこかしこに穴が空いている。俺たちは、手に入る中で一番上等な鎧をまとっていたにもかかわらず、だ。
だが、着物が破れるくらいなら、まだいい。その中身もまた、同じように、がたが来ていた。
矢や刺し傷を受けていない者は、最早一人もいなかった。
それでも、動けるだけ、俺たちはましな方と言えた。怪我で、戦えなくなり、戦場に置き去りにされた者や、仲間に合流したけれど、血を流しすぎてそのまま死ぬ者もたくさんいたからだ。
惨い、戦だった。
俺はいままでの戦いで、いままでいかに自分が幸せだったかを、考えずにはいられなかった。
南波や、忠頼は、俺たちにけして無茶な戦い方を強いることがなかった。今までこうして、大した怪我もなく、生きているこれたのは、ただ、恵まれていたと言える。
――それは――今だって、そうだ。
寡兵であるにもかかわらず、南波軍は、善戦していた。陣形は統制がとれ、ほぼ崩れることがなかった。
南波の兵が向かってくるのを見だだけで、その目に気圧され逃げる敵兵も多くいた。
一人が数十人分に等しい働きをした。そのおかげか、俺たちは、一度の衝突で、大きく数を減らすこともなく、今日までの四日間を凌いでこれた。
だが、いくら善戦しているとしても、南波軍に先が見えていることには変わりなかった。だからこそ、敵兵は猫が鼠をなぶるように、様子を見ながら、こちらが弱るのを手ぐすね引いて待っているのだった。
俺たちは一度だけ、敵の頭である、親景のかなり近くまで迫った。
だが、俺たちの刃が、親影に届くことはなかった。親影は、海岸に停泊した船から駆け付けた軍と、山からやってきた兵でもって、俺たちを挟み撃ちにした。
俺たちは、すぐさま、親影の傍から押し出された。その際に、最後の盟友であった、日高軍とも分断されてしまった。
――以前は、放っておいても、何百人もの人間が、自然と集まってきたのに。
背中の処置が終わっても、痛みが消えるわけではない。俺は些かぼんやりとしながら、三年前のことを思い出す。
忠頼の屋敷に、山賊やら僧兵などの、荒れくれ者たちが集まるのは、よくあることだった。
忠頼はそのようなときはいつも、おっくうそうに、部屋に身を隠す。
すると、山賊どもは、ますます声を張り上げ、忠頼を呼ぼうとする。そうなると今度は、村人が、なんだなんだと、見物に集まってくるのだった。
『どうするんだ、あれ』と俺が訊くと、忠頼は少し困った顔で、『どうだろうな』と言う。
少し困った笑顔で。表の騒ぎに、耳を澄ませながら。
――今や、有力者たちはみな俺たちから目を背け、自分に火の粉がかからないようにしている。
俺は、わずかに残った水を飲むと、群衆をぐるりと見わたす。
忠頼の側近の一人が、南波のそばで何かを話していた。俺は、ふらりと立ち上がると、まるで磁力に引きつけられるように、俺は二人の傍へと向かった。
南波が俺に気が付き、目を向けた。
流石の南波も、いつもの悠然とした姿は見る影もなく、疲弊し傷付いていた。俺はその姿に、一抹の寂しさを覚える。
やはり、このお方も、人間であったのだと、俺は当たり前のことを考えた。
「おい、お前――」
俺は従者の声を無視し、南波の前に膝まづく。
「ご無事で何よりです、大公殿――」
南波の従者が、怒声とともに立ち上がり、俺の身体を抑え込んだ。
「無礼者! 己は誰の許しを得て、大公殿の前に侍った!」
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