ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ

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四章

竟(つい)の記憶4 白百合

 俺は無我夢中で忠頼を探した。
 南波が場所を教えてくれたとは言え、敵の目をかいくぐって人を探すのは、骨が折れる仕事だった。
 たが、敵兵が包囲していたのは、当然ながら、南波が逃げた方向だ。それに対し、忠頼が怪我を負ったという場所は、その方向から、かなり西に外れていた。
 俺は、どうにか敵に見つからずに、目的の川のそばに出ることができた。
 静かだった。
 うっそうとした森のなか、陽の光が、草地に木漏れ日の模様を投げかけていた。水の流れる音に混じって、口笛のような、ウソの鳴き声が反響していた。
 さっきまで、血みどろで命のやり取りをしていたのが、まるで夢だったように思える。 あまりに静かなので、俺は逆に、どこかに沢山の人間が潜んでいるような錯覚を覚え、思わずあたりを見回した
 俺は己の傷に群がる蝿を払いながら、木々に身を隠し、川に沿って進んだ。
 ――俺たちが山に入ったのは、この辺だったはず――。
 と、川面を見た瞬間、俺はびくっと身を硬くした。
 川の水の中に、ひとすじの赤い流れがあった。
――血だ。
 俺は一度、ごくりと唾を飲み込むと、静かに上流へと歩を進めた。すぐに、川の端に、兵がひとり血まみれで転がっているのが見えた。
 敵兵だった。俺は少しほっとしながら、草間から目を凝らす。
 敵兵の手の甲に、矢が刺さっていた。だが、とどめは、刀で胸を刺された傷のようだ。 俺の肌が、ぞわりと粟立つ。
 それは忠頼の矢だった。
 遠くに目を遣ると、下流の向こう岸に、いくつもの死体が転がっているのが見えた。
 動悸を押さえながら、俺は考えた。
 忠頼は従者と共に、この森に身を隠し、南波軍を追って森に入ろうとする敵兵と、戦い続けたのだろう。
 敵兵は、忠頼を打ち取ろうと、森に入り、迫ってきた。それをなんとか凌いでいるうちに、忠頼たちは奥へ奥へと追い詰められていった。そして――
 俺はその瞬間、今から見るだろうものを、ありありと思い描いてしまった。
 喉元に、競り上がってくるものを、俺は辛うじて飲み込む。
――今更、なんだ。
 俺はふいに混乱した、自分が何を求めて彷徨っているのが、分からなくなる。
 その時だった。俺の目の前を、黒いアゲハ蝶が通り過ぎた。
 俺の周りで暫く羽ばたいた後、ゆっくりと、左側の藪の方へ飛んでいく。
 ふいに俺は、その藪の中に、分け入った後があることに気が付いた。痕跡を消そうとしているが、注意深く見れば、それは獣ではなく、人の入った後だと分かる。
 俺は唇をかみ、しばらくそれを見詰めた。
――わかったよ。
 一つ息を吐くと、俺はゆっくりと、藪の中へ進んでいった。
 藪の中は上り坂になっていた。藪に終わりが見えた時、俺は下草を透かして、藪の先に目を凝らした。
 甘やかな百合の匂いが鼻腔を突く。
 いや、百合の匂いだけではない。
 湿った土と血が一緒に交じったその匂いは何とも言えず、俺は思わず息を止める。
 俺は暫く、そのままでいたが、他に人の気配は感じなかった。俺は気を配りながら、藪から一歩踏み出す。
――しっかりしろ、この先を、俺は見ないといけない。 
 俺は岩の下方から、木々に身を隠すようにして回り込む。と、鮮やかな赤が目に飛び込んできて、俺は咄嗟に伏せた。
――誰か、いる。
 斜面で、二人の男が、折り重なるように木に引っかかっていた。だが、男たちの四肢はだらりと垂れ、生の気配はしない。
 俺は立ち上がると、静かに遺体に近づいた。
 男たちは、喉元をえぐりあい、血だまりの中、こと切れていた。着物の汚れ具合を見ると、上でもみ合い、転がり、木に引っかかって止まったのだろう。
 しかし、その兵の顔を見た瞬間、俺は硬直し、息を止めた。
 それは五郎兵衛だった。
 一瞬、涙で視界が歪む。
――なんで、お前が。
 同情と悲しみと嫉妬が、瞬時に俺の臓腑を焼く。
 しかし俺はすぐに、ぐっと目を瞑ると、涙を払い落とした。
――まだ、やることがある。
 俺は上を見た。五間(九m)ほど上方、土から突き出したような、大きな岩が見える。
岩の前には、平らな場所があるように見える。
 二人は、あそこから転がり落ちたのだろう、と俺は思った。
 俺は目に染みるような緑の斜面を、草をかき分けつつ登り始める。
 自分が息を吸って吐く音。足にまとわりつく、夏の瑞々しい下草。百合と草の匂い。
 身体が、重かった。見えない力で、体を地中に引っ張られているような感覚。
 しかしついに俺は、岩の傍までたどり着いた。それは、俺の身の丈の二倍ほどもある、大きな岩だった。
 辺りには白いヤマユリがそこら中に咲いている
 山肌から斜めに突き出した岩の傍に、俺はその身体を見つけた。     
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