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片思いの騎士様が面会謝絶。と言われても心配なので、ちょっと様子を見に行きます。

消えたエミリア

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「星が綺麗……」

 エミリアは、ベルンハルトと再会した、川辺に座り込んでいた。

 ここは安全圏ではあるし、きっと泣いても誰にもバレない。
 それに泣き終わったあと、顔も洗えるし……水浴びもできる。

 身体を拭いて頂けたようだけど、やはり……あちこちベトベトしていた。

 風が背後から吹いて、エミリアの髪が揺れる。

 すこし寒くて身をギュッと固めると、ベルンハルトが貸してくれたシャツとバスタオルから、彼の匂いがする。

 大好きな匂い。なのに今はとても悲しくなる。

 エミリアは誰にも見られていないのに、顔を隠して泣きはじめた。

 いつかは終わる恋だと思っていた。
 けれど、こんな形で終わるなんて。

 もっと静かに、いつかきれいな思い出に残るような、そんな終わりを望んでいたのに……。

 
 エミリアは、服を脱いで、近くの茂みの枝にバスタオルと一緒にかけた。

「冷たい……」

 川に片足をいれると、夜の水は冷たかった。

「さっさと洗わないと、風邪をひくわね」

 そう言って、もう片足を川につけると、足の裏に、ぷに、とする感触があった。

「……?」


 なんだろう、と覗いてみるものの、ランタンと月の光だけでは、浅い川でも底は確認できなかった。

 とりあえず、早く洗って出よう、と思った時、対岸に丸いものがいるのを見つけた。

「……」

 ――一般人でもたまに見かける魔物、スライムだ。

 エミリアは水音をたてないようにそっと川から上がろうとした。

 しかし、片足が動かなかった。

「さっきの感触まさか……」


 対岸に、まるい球体が増えていく。

 その球体が、一つ、また一つと川に飛び込んできて――球体をくずし、アメーバ状になり、エミリアの身体に這い上がってきた。


「い」

 いやあああ! と叫び声をあげた、と思った瞬間、口に巻き付くスライムがいた。

 エミリアはあっという間に何体ものスライムにまとわりつかれ、声をだすこともなく――。


 川は、静かだった。

 転がったランタンの火は消え。
 風がふいて、返ってこない主人を待つ衣類が、ゆらゆらと揺れていた。


 ★


「あの、レンゲル分隊長、少し、よろしいでしょうか」

「なんだ?」


 ベルンハルトのテントからエミリアが出て行った数時間後、朝になってキャンプは賑わい始めた。

 ベルンハルトは、朝食をとりに簡易食堂になっているテントへ行ったところ、エミリアと同じテントだという彼女の同僚に話しかけられた。


「あの……エミリアとレンゲル分隊長はお知り合いでしたよね? 心当たりを色んな方に訪ねているのですが……エミリアを見かけませんでしたか?」


 その言葉にドキリ、とした。

「エミリアがどうかしたのか」

「昨日、消灯するまでは一緒だったのに、朝になったらいなかったんです。いつも一緒に朝食を取りに行くのに、いつまでも戻ってこなくて……」

「――」


 ……まさか、あのあと、何かあったのか!?




 ベルンハルトはエミリアを探して敷地内を歩き回っていた。


 ――どこだ。
 テントを出ていってからどこへ……。

 自分のテントへ帰っていないなら、オレの服を着たままだぞ……?

 そんな格好でいつまでもうろつく筈はない……。


「くそ!」

 彼女の気持ちに怯まず、安全を優先し、テントまで送るべきだった!

 ベルンハルトは、広い敷地を走り回った。

 一体どこへいったんだ。
 キャンプの敷地外へ出る筈はない。

 ……王都へ帰った? いや、ありえない。乗り合い馬車もない黎明近くの真夜中だ。
 まさか、自殺……。


 ベルンハルトは顔が青くなった。


 その時、声をかけられた。


「分隊長ー! 洗濯場に忘れ物っすよー」

 部下の1人が洗濯場帰りに声をかけてきた。


「……忘れ物? ……それは!」


 部下が手にもっていたもの、それは昨晩エミリアに着せた自分の服と羽織らせたバスタオルだった。


「……洗濯場にあったのか?」
「そうっすよ。探してたんですか? 風に飛ばされなくてよかったすね。でもあそこで乾かすのはよくないっすよ。飛んでっちゃいますよ。あと、ランタン転がってましたけど、これも分隊長のです?」

 ……まさか、エミリアのランタンか……?
 ランタンは全員同じ支給品のため、見分けはつかない。
 だがエミリアに渡したバスタオルとシャツはベルンハルトの私物だ。

「乾かす? そこに干してあったのか?」
「? そうっすよ」

 どういう、ことだ?


「エミリアを、見なかったか?」
「エミリア? あの看護師の可愛い子っすか? いや? 見てませんよ」

「……そうか」

 昨日は雨も降っていなかった、川に流されたということもないだろう。

 川に行った……ということは、水浴びか?
 それなら納得できるが、そこからどこへ……。
 

「そういえば、洗濯場にスライム湧いてたっすよ。見つけたやつは潰し時ときましたけど」

「……なんだって」

「ダンジョンから出てきて近くに巣でも作ったんすかね。アイツら弱すぎて、結界に引っかからないから、たまに入ってきちまうんすよね」


「――」

「あ、隊長? どこへ――」


 ベルンハルトは、自分のテントに走り込むと、装備を整えてまた飛び出した。

 ――そうだ、ドックタグがある。

 ダンジョンで隊員が離れ離れになった時に、ドックタグを使って、お互いを探しだすことがある。
 そして、このキャンプにいる人間は、念の為、みんな身につけている。
 
 ドックタグには魔法の刻印がしてあり、それが身につけている者の位置情報を発信している。
 それを受信用のスクロールに映し出すのだ。

 ただし範囲があるので、発信がスクロールに現れるまでは、やみくもに探すことになる。



 ――スライムは、大して危険な魔物ではない。
 だが、数が増えた場合が厄介だ。

 アイツラは獲物を見つけたら意思疎通を行い、静かに近づき、数で囲い込み捕まえる。

 そして、捕食もしくは――稀なケースは、巣に持ち帰り、数日、『飼う』習性がある。

 その稀なケースというのが、人間を捕まえた場合、だ。

 奴らは、人間の性行為時に発生する体液を好む。

 つまり、捕まったのが男でも女でも、快感を与えてそれを排出させ、それを吸収する。



 ――エミリアは昨日、オレとの行為でスライムを誘う匂いがかなりしていたはずだ……。


「エミリア……!!」

 奴らの行為は、快感を与えてくるだけで、孕まされたりはしないし、卵を産み付けられたりもしない。
 奴らは分裂で増えるからだ。

 問題は――

 『スライム』に捕まった人間が至る最後は、飲食できずに干からびて死ぬ事だ。
 なので、今回の場合、本当に『スライム』にさらわれたのなら――『スライム』だけなら、まだいい。まだ間に合う。

 ただ、懸念するのは――。

 スライムの巣の獲物を狙う、他の魔物がいる、という事だ。

 スライムは簡単に獲物を奪われる。
 そして――奪われた獲物は……。

 魔物にもよるが、食料にされるか、場合によっては……人間の女の場合、その胎を苗床にされる。


 川辺を飛び越え、その向こうにある森へ駆け込む。

 ――巣はどこだ!!
 スライムは行動範囲が狭く、巣の近くで行動する。

 洗濯場が狩り場なら、この森の入口付近に巣があるはずだ。


「エミリア……!!」


 ベルンハルトは、走り回りながらスクロールを確認する。

 しばらくすると、エミリアのドックタグの発信がスクロールに浮かび上がった。

 

「……こっちか! エミリア! どうか無事でいてくれ!!」


 ベルンハルトは祈り、再び走り出した。
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