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第二章 続編 セネルス国の騒動
29 マウリシオの動揺
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《マウリシオ視点》
「どういうことだ?」
やっと息を吸い込み吐くと、私は大声で問いただした。
「姿がないのです。隅々まで探しても、どこにもいないのです。もちろん、衛兵も扉の前を動いていません。朝、食事を運んだ給仕は確かに姿を確認しています。食事を下げた時も変わりありませんでした。しかし、先程、私が行きますと、部屋から消えていたのです」
「出入りはなかったのか?」
「はい。誰も訪ねて来ていませんし、出てもいません。今日は掃除もありませんでした」
「衛兵は何をしていた! 何らかの気配や異常にも気が付かなかったのか!」
私がつい怒りに任せた怒号で問いただしてしまっても、この場合はいたしかたあるまい。
「本当に何もなかったと言っております。万が一にもあり得ない事ですが、例えば移転魔法陣を使われたとしても、その際は膨大な魔力が生じるもの。魔力の動きは全くなかったと報告しています。それに、あの棟では大きな魔術は使えませんし」
城の防御と外からの侵入などを防ぐために、城全体に大規模魔法の発現を阻止する結界を施してある。さらに、人質の幽閉の為にガルシアスを入れてある棟にはさらに念入りな魔力制限の結界を掛けてあったのだ。日常に必要な細かい魔術や魔法は使えたが、転移魔術や複雑な魔法陣を展開するような規模のものは働かないはず。
そもそも、幽閉された部屋へピンポイントで正確に開ける魔法陣を仕掛ける事など、どだい無理な話なのだ。
「とにかく、姿も死体も欠片もなく、まるで空に消えたとしか……。申し訳ありません」
警護の騎士の報告の半分も私の耳には届いていなかった。ガルシアスが消えた。私の最大の強みであったメルシア家の枷を失った!
ぐらりと身体が傾きかけて、はっとする。周囲を見回し、驚く人々の中に不審そうに眉を顰めるドゥアルテの顔を見つけた。
私はいきなり激しい怒りに駆られた。
――お前か! お前の企みか!
頭の中が激情に真っ赤に染まり、何も考えられない。剣を抜くと、驚きに固まっているドゥアルテに振り下ろした。倒れたドゥアルテから流れ出す血が床を赤く染める。
「マウリシオ!」
エンベレの驚愕の声がした。人々の叫びや動揺が伝わる。
「ドゥアルテは裏切り者だ!」
周りに向かって怒鳴ると、血に濡れた剣をエンベレに突き出した。
「お前もそうか?」
エンベレは真っ青になってがくがくと震えながら首を千切れんばかりに横に振った。恐怖で声もでないらしい。
いっそこいつも殺してしまったほうが後腐れがなくていいかもしれない。最初から、こうすればよかったのだ。
剣を振り上げると、彼の副官のダーギラスがエンベレを庇って前に出た。手の杖を構える。ダーギラスは魔術師だったのかと、今にして認識する。
「血迷ったか! マウリシオ! お前の罪を断罪する!」
腹に響くような声に振り返ると、いつの間にか見かけぬ男が抜き身の剣を手に近づいてくる所だった。壮年期の緑の髪の男で、仲間と思える男たちが数人油断なく周囲を睥睨している。
この騒ぎの隙をついて檀上まで上って来たものらしい。みすみす不審者を通した警護の騎士達に腹立ちを覚えた。
――どいつもこいつも腑抜けばかりだ! 戦でも始まれば少しは気合も入るか。
「何者だ?」
怒りを隠さぬ声で誰何した。
「王権復興派のダンカンだ。貴様の命運はここで終わる。王と王族を弑逆した罪! 国政を乱した罪! そして今また同輩を殺害した罪でお前を糾弾する! ここにいる多くの者が証人だ!」
「何を寝言を! 王族などもはやどこにもおるまいに、何が王権復興だ!」
鼻で笑う。こういう輩を恐れて、わずかでも継承権のあるものは根絶やしにしたのだ。王族は断絶したのだ。
「ガルシアス様だ。ガルシアス様は先代王の忘れ形見なのだ!」
「なに? あんな盲いた者が? 寝言もたいがいにしろ。例え王族としても、あんな盲人、王になれるか! あやつの目は私がしかと確認している」
「王から譲られた証である赤い目を悟られぬための盲目の芝居だ」
「人を欺く戯言だ! 何をしている! 騎士たちよ! この賊どもらをひっ捕らえろ!」
命じる声に周囲に待機していた騎士や護衛兵が剣を抜いた。
囲まれる形になったダンカンを守る仲間の賊も剣を抜く。その中から一人、長身の男がダンカンを庇うようにすっと前に出て立った。
金髪が風に吹かれて陽の光に輝く。整った顔。蒼い双眸は凍り付いた鉄のように鋭かった。全身から滲み出る威圧感に恐怖を覚え、私は我知らず身が震えて一歩二歩と後ろに下がる。
おおおっ!と怒号が背後で起こった。目を転じると、並んだ軍勢の中から剣を上空に突き出して叫ぶ兵士や騎士達の姿が見えた。
「王権復興万歳!」
「ガルシアス様!」
いきなり騒ぎ出した彼らに驚いて呆然としている者、剣を抜いて相対峙する者と広場は騒然となった。
振り返って観覧台の方に目を戻せば、こちらでも護衛兵や騎士たちの間で剣を交え睨み合っていた。
いつの間に王権復興派がこれほど騎士や兵の中に入り込んでいたのだと愕然となる。
「どういうことだ?」
やっと息を吸い込み吐くと、私は大声で問いただした。
「姿がないのです。隅々まで探しても、どこにもいないのです。もちろん、衛兵も扉の前を動いていません。朝、食事を運んだ給仕は確かに姿を確認しています。食事を下げた時も変わりありませんでした。しかし、先程、私が行きますと、部屋から消えていたのです」
「出入りはなかったのか?」
「はい。誰も訪ねて来ていませんし、出てもいません。今日は掃除もありませんでした」
「衛兵は何をしていた! 何らかの気配や異常にも気が付かなかったのか!」
私がつい怒りに任せた怒号で問いただしてしまっても、この場合はいたしかたあるまい。
「本当に何もなかったと言っております。万が一にもあり得ない事ですが、例えば移転魔法陣を使われたとしても、その際は膨大な魔力が生じるもの。魔力の動きは全くなかったと報告しています。それに、あの棟では大きな魔術は使えませんし」
城の防御と外からの侵入などを防ぐために、城全体に大規模魔法の発現を阻止する結界を施してある。さらに、人質の幽閉の為にガルシアスを入れてある棟にはさらに念入りな魔力制限の結界を掛けてあったのだ。日常に必要な細かい魔術や魔法は使えたが、転移魔術や複雑な魔法陣を展開するような規模のものは働かないはず。
そもそも、幽閉された部屋へピンポイントで正確に開ける魔法陣を仕掛ける事など、どだい無理な話なのだ。
「とにかく、姿も死体も欠片もなく、まるで空に消えたとしか……。申し訳ありません」
警護の騎士の報告の半分も私の耳には届いていなかった。ガルシアスが消えた。私の最大の強みであったメルシア家の枷を失った!
ぐらりと身体が傾きかけて、はっとする。周囲を見回し、驚く人々の中に不審そうに眉を顰めるドゥアルテの顔を見つけた。
私はいきなり激しい怒りに駆られた。
――お前か! お前の企みか!
頭の中が激情に真っ赤に染まり、何も考えられない。剣を抜くと、驚きに固まっているドゥアルテに振り下ろした。倒れたドゥアルテから流れ出す血が床を赤く染める。
「マウリシオ!」
エンベレの驚愕の声がした。人々の叫びや動揺が伝わる。
「ドゥアルテは裏切り者だ!」
周りに向かって怒鳴ると、血に濡れた剣をエンベレに突き出した。
「お前もそうか?」
エンベレは真っ青になってがくがくと震えながら首を千切れんばかりに横に振った。恐怖で声もでないらしい。
いっそこいつも殺してしまったほうが後腐れがなくていいかもしれない。最初から、こうすればよかったのだ。
剣を振り上げると、彼の副官のダーギラスがエンベレを庇って前に出た。手の杖を構える。ダーギラスは魔術師だったのかと、今にして認識する。
「血迷ったか! マウリシオ! お前の罪を断罪する!」
腹に響くような声に振り返ると、いつの間にか見かけぬ男が抜き身の剣を手に近づいてくる所だった。壮年期の緑の髪の男で、仲間と思える男たちが数人油断なく周囲を睥睨している。
この騒ぎの隙をついて檀上まで上って来たものらしい。みすみす不審者を通した警護の騎士達に腹立ちを覚えた。
――どいつもこいつも腑抜けばかりだ! 戦でも始まれば少しは気合も入るか。
「何者だ?」
怒りを隠さぬ声で誰何した。
「王権復興派のダンカンだ。貴様の命運はここで終わる。王と王族を弑逆した罪! 国政を乱した罪! そして今また同輩を殺害した罪でお前を糾弾する! ここにいる多くの者が証人だ!」
「何を寝言を! 王族などもはやどこにもおるまいに、何が王権復興だ!」
鼻で笑う。こういう輩を恐れて、わずかでも継承権のあるものは根絶やしにしたのだ。王族は断絶したのだ。
「ガルシアス様だ。ガルシアス様は先代王の忘れ形見なのだ!」
「なに? あんな盲いた者が? 寝言もたいがいにしろ。例え王族としても、あんな盲人、王になれるか! あやつの目は私がしかと確認している」
「王から譲られた証である赤い目を悟られぬための盲目の芝居だ」
「人を欺く戯言だ! 何をしている! 騎士たちよ! この賊どもらをひっ捕らえろ!」
命じる声に周囲に待機していた騎士や護衛兵が剣を抜いた。
囲まれる形になったダンカンを守る仲間の賊も剣を抜く。その中から一人、長身の男がダンカンを庇うようにすっと前に出て立った。
金髪が風に吹かれて陽の光に輝く。整った顔。蒼い双眸は凍り付いた鉄のように鋭かった。全身から滲み出る威圧感に恐怖を覚え、私は我知らず身が震えて一歩二歩と後ろに下がる。
おおおっ!と怒号が背後で起こった。目を転じると、並んだ軍勢の中から剣を上空に突き出して叫ぶ兵士や騎士達の姿が見えた。
「王権復興万歳!」
「ガルシアス様!」
いきなり騒ぎ出した彼らに驚いて呆然としている者、剣を抜いて相対峙する者と広場は騒然となった。
振り返って観覧台の方に目を戻せば、こちらでも護衛兵や騎士たちの間で剣を交え睨み合っていた。
いつの間に王権復興派がこれほど騎士や兵の中に入り込んでいたのだと愕然となる。
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