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第二章 続編 セネルス国の騒動
34 二国間会議
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《ガルシアス視点》
会議の進行を私はぼんやりと聞いていた。もっと集中しなければと思うのだが、私の思いは先ほど部屋に閉じ込めてしまったシュンのところへと戻ってしまう。
あの男。ロワクレスと名乗った美丈夫の剣士がシュンに馴れ馴れしく触れ、抱き寄せるたびに私は言い知れぬ怒りと焦りで身悶えるようだった。
それが嫉妬だと気づくのに、時間はかからなかった。二人の姿を見るごとに黒い闇が私の心を侵していった。
何もかも初めてのことだった。
シュンへの想いも、あの男への憎悪も。
十五年、薄暗い石の部屋に閉じ込められ、関わるのはわずかな人だけ。それも、敵意に満ちた意地悪なメイドや無関心な衛兵ばかり。
ただ一人外の空気を運んでくるユークリドは私の師で医者で保護者のようなもの。
私は独りだった。たった一人だった。
まるで眠っているような諦念に満ちた日々。
心を動かすと辛いから。苦しくなるから。私は静かに感情を殺して、これまでも、そしてこれからもずっと生きて行くだけのはずだった。
そんな私に、突然光をもたらした。薄暗い部屋から、青空の下へと私を連れ出してくれた奇跡。
可愛くて、温かくて、輝くばかりに生気に溢れた天使。
どうして恋せずにいられよう!
どうして求めずにいられよう!
いきなり突き付けられた重い責任も、シュンが告げてくれたから、シュンがいてくれたから引き受けようとも決心できた。
彼がいてくれれば、何でもできそうな気がした。
どんな苦労もきっと耐えられると思った。
二人でセネルスの国を豊かにしようと。
私にはシュンが必要だ!
手放すなんてできない。
あの男になど、渡せるはずがない!
初めての激しい感情に私は眩暈を覚えた。
シュンへの焼き付くような熱い想い。
そして、同時に胸の底へ落ちて行くどす黒い重しのような醜い感情。
私は早くシュンのところへ行きたくて、苛々と会議を見守った。
セネルス側からは、祖父のゾラガナス・メルシア伯爵、伯父のギムラサス卿、王権復興派代表のダンカン、ギムラサス伯父が以前より根回して打診していた有力貴族たち。彼らはこのあと正式に大臣職を得て、セネルスの内政を運営していく者たちだ。
これまでの共和党政権の内閣は全て解雇し、自宅謹慎させている。彼らのこれまでの仕事内容とそれに伴う罪状の糾明は今後の審議によってなされることとなる。もちろん、実直に仕事を果たしてきた者たちは今後も取り立てていきたい。
対してテスニア王国からは、国王代理のグレバリオ総司令官と魔術師統括協会委任のローファート。その背後に護衛するように赤い髪の大男ブルナグムと騎士数人。
改めて今回の政権奪回に際して、テスニアの応援が大きかったことを痛感した。
時間をかけて準備を進めてきたのは、確かにメルシア家やダンカンたち王権復興派であったが、動き出す実質上の切っ掛けはテスニアの彼らがいなくては叶わなかった。
何より自分ガルシアスが囚われていたからだ。
たった一人の王族をシュンが鉄壁の囲いから救い出して、全てが動き出したのだ。
ギムラサスの屋敷を中心に短時間で準備は整えられた。全ては予てより準備ができていたからだ。
民衆に溶け込んで活動していた同志の者たちが下地を固めていた。
そして、噂を素早く流し、民人の王権復活への期待を根付かせ、現政権への反感を増幅した。
二十年の共和党政権の内政への無関心による破綻。派閥を強くするためだけの目的で加速して行く軍備の増強。それでなくとも軍隊は金を喰うのだ。結果として、増税し続け、人心は離れて行った。
王権を倒したかつての頃は、軍も騎士も民衆もマウリシオたちについてきたはずだったのに。
二十年の驕りと慢心が彼らの心を離反させた。騎士も軍兵も民人の一人一人であることを忘れたのだ。
掌握する力を失った軍隊も騎士も衛兵も、もはやマウリシオに命をかけてまで従うはずがない。マウリシオらの破滅は自ずから招いたものだった。
それでも、テスニアの協力がなければ、目的を達成するまでにこれほど早く、短時間に、ほぼ無血で行われはしなかったろう。
マウリシオを動揺させ、自ら同志であるドゥアルテを切り捨てさせたのはシュンの力だ。その動揺をついて、ダンカンたち王権復興派が高台へと押し寄せた。大神官の道を払ったのも、テスニアのローファートやグレバリオ総司令官の兵たちだった。
居並んでいた軍隊の中に押し入り彼らを封じた三百の騎士隊の半数は、実はテスニアの第二騎士隊だった。
ギムラサスの背後に私を連れてきたのはシュンの異能の力だ。
そして、周りを固めていた護衛兵を威圧して抵抗する気力を殺いだのは、氷鉄の騎士ロワクレス。
彼らがいなければ、同国民の血で血を洗う修羅場ともなっていただろう。
これほど鮮やかに収拾できたことに、彼らテスニアの功績は大きい。
だが、同時に、思いもよらないほどに、テスニアの軍勢がセネルスも首都ネルビア内深くに入り込んでいた事実があった。
これに、ロワクレスが放った魔力による城への大きな被害が武力行為と認識されると、セネルスへの示威行為、果ては侵略を疑うことになる。
実際に、今、グレバリオ総司令官が指揮を取り、騎士隊が攻めれば、政権交代して何も形の定まらないセネルスはあっけなくテスニアの前に落ちるだろう。
あのロワクレス一人でもこの城は崩壊し、制圧されるかもしれない。恐ろしい男だ。だから、簡単に拘束を解いて放つこともできない。
大神官は政治には関わらないとして席を外し、地下牢に拘束したダーギラスを訊問している。ダーギラスが行った古代魔法陣を最初から目撃していたという男とその護衛をしている騎士も同行しているはずだった。
会議は何時間も続いた。
概ね、会議場は穏やかで、内容も建設的だった。
テスニア側では侵略の意図も攻撃の意思もなく、戦争を回避したい意向を強調している。王権復興派への協力を考えれば、それを信じてもよいだろうと想える。
ロワクレスの魔放による破壊は事故だった。テスニア側はそれで押し切るつもりだ。
事故にしては被害が甚大過ぎたが、それに関しては補償したいとの提示もある。今のセネルスにとってテスニアの補償金はありがたい。
さらに、テスニア側は、ガルシアス王権再興を機にこれまでの緊張した関係を改善し、より親密な外交関係を築きたいと提案してきた。
もとよりテスニア側にとっては、セネルスの国土は魅力のあるものでない。貧しいセネルスが、肥沃な国土と豊かな経済を求めて戦争を仕掛けているのだ。テスニアにとっては迷惑以外の何物でもないだろう。
だが、交易でテスニア側に利益となる産物が我がセネルスにあるのだろうか? 一方的に偏った交易はやがてはセネルスの衰退となり、ひいてはセネルス国自体が吸収され事実上の消滅となるのではないのだろうか?
会議はやや膠着状態になりつつあった。
夕刻も押してきて、今日の会議はこれでいったん終了しようかという時、新たな客人の到着を知らされた。
会議室の全員が驚いて注目するうちにずかずかと乗り込んできたのは、テスニア王国の大将軍オズワルド・ゾル・ザフォードだった。
勇猛で名高い将軍の登場に、私を始めセネルスの者は身を震わせて立ち上がった。拘束し監禁しているロワクレスは彼の嫡男だ。セネルス側の処遇に腹を立てているのかもしれない。
鋭く私たちを睥睨してくる彼の蒼い視線に誰もが青ざめる。
同じように驚愕しているらしいテスニアの面々を眺めながら、いよいよテスニアが宣戦布告してくるのではと兢々となった。
会議の進行を私はぼんやりと聞いていた。もっと集中しなければと思うのだが、私の思いは先ほど部屋に閉じ込めてしまったシュンのところへと戻ってしまう。
あの男。ロワクレスと名乗った美丈夫の剣士がシュンに馴れ馴れしく触れ、抱き寄せるたびに私は言い知れぬ怒りと焦りで身悶えるようだった。
それが嫉妬だと気づくのに、時間はかからなかった。二人の姿を見るごとに黒い闇が私の心を侵していった。
何もかも初めてのことだった。
シュンへの想いも、あの男への憎悪も。
十五年、薄暗い石の部屋に閉じ込められ、関わるのはわずかな人だけ。それも、敵意に満ちた意地悪なメイドや無関心な衛兵ばかり。
ただ一人外の空気を運んでくるユークリドは私の師で医者で保護者のようなもの。
私は独りだった。たった一人だった。
まるで眠っているような諦念に満ちた日々。
心を動かすと辛いから。苦しくなるから。私は静かに感情を殺して、これまでも、そしてこれからもずっと生きて行くだけのはずだった。
そんな私に、突然光をもたらした。薄暗い部屋から、青空の下へと私を連れ出してくれた奇跡。
可愛くて、温かくて、輝くばかりに生気に溢れた天使。
どうして恋せずにいられよう!
どうして求めずにいられよう!
いきなり突き付けられた重い責任も、シュンが告げてくれたから、シュンがいてくれたから引き受けようとも決心できた。
彼がいてくれれば、何でもできそうな気がした。
どんな苦労もきっと耐えられると思った。
二人でセネルスの国を豊かにしようと。
私にはシュンが必要だ!
手放すなんてできない。
あの男になど、渡せるはずがない!
初めての激しい感情に私は眩暈を覚えた。
シュンへの焼き付くような熱い想い。
そして、同時に胸の底へ落ちて行くどす黒い重しのような醜い感情。
私は早くシュンのところへ行きたくて、苛々と会議を見守った。
セネルス側からは、祖父のゾラガナス・メルシア伯爵、伯父のギムラサス卿、王権復興派代表のダンカン、ギムラサス伯父が以前より根回して打診していた有力貴族たち。彼らはこのあと正式に大臣職を得て、セネルスの内政を運営していく者たちだ。
これまでの共和党政権の内閣は全て解雇し、自宅謹慎させている。彼らのこれまでの仕事内容とそれに伴う罪状の糾明は今後の審議によってなされることとなる。もちろん、実直に仕事を果たしてきた者たちは今後も取り立てていきたい。
対してテスニア王国からは、国王代理のグレバリオ総司令官と魔術師統括協会委任のローファート。その背後に護衛するように赤い髪の大男ブルナグムと騎士数人。
改めて今回の政権奪回に際して、テスニアの応援が大きかったことを痛感した。
時間をかけて準備を進めてきたのは、確かにメルシア家やダンカンたち王権復興派であったが、動き出す実質上の切っ掛けはテスニアの彼らがいなくては叶わなかった。
何より自分ガルシアスが囚われていたからだ。
たった一人の王族をシュンが鉄壁の囲いから救い出して、全てが動き出したのだ。
ギムラサスの屋敷を中心に短時間で準備は整えられた。全ては予てより準備ができていたからだ。
民衆に溶け込んで活動していた同志の者たちが下地を固めていた。
そして、噂を素早く流し、民人の王権復活への期待を根付かせ、現政権への反感を増幅した。
二十年の共和党政権の内政への無関心による破綻。派閥を強くするためだけの目的で加速して行く軍備の増強。それでなくとも軍隊は金を喰うのだ。結果として、増税し続け、人心は離れて行った。
王権を倒したかつての頃は、軍も騎士も民衆もマウリシオたちについてきたはずだったのに。
二十年の驕りと慢心が彼らの心を離反させた。騎士も軍兵も民人の一人一人であることを忘れたのだ。
掌握する力を失った軍隊も騎士も衛兵も、もはやマウリシオに命をかけてまで従うはずがない。マウリシオらの破滅は自ずから招いたものだった。
それでも、テスニアの協力がなければ、目的を達成するまでにこれほど早く、短時間に、ほぼ無血で行われはしなかったろう。
マウリシオを動揺させ、自ら同志であるドゥアルテを切り捨てさせたのはシュンの力だ。その動揺をついて、ダンカンたち王権復興派が高台へと押し寄せた。大神官の道を払ったのも、テスニアのローファートやグレバリオ総司令官の兵たちだった。
居並んでいた軍隊の中に押し入り彼らを封じた三百の騎士隊の半数は、実はテスニアの第二騎士隊だった。
ギムラサスの背後に私を連れてきたのはシュンの異能の力だ。
そして、周りを固めていた護衛兵を威圧して抵抗する気力を殺いだのは、氷鉄の騎士ロワクレス。
彼らがいなければ、同国民の血で血を洗う修羅場ともなっていただろう。
これほど鮮やかに収拾できたことに、彼らテスニアの功績は大きい。
だが、同時に、思いもよらないほどに、テスニアの軍勢がセネルスも首都ネルビア内深くに入り込んでいた事実があった。
これに、ロワクレスが放った魔力による城への大きな被害が武力行為と認識されると、セネルスへの示威行為、果ては侵略を疑うことになる。
実際に、今、グレバリオ総司令官が指揮を取り、騎士隊が攻めれば、政権交代して何も形の定まらないセネルスはあっけなくテスニアの前に落ちるだろう。
あのロワクレス一人でもこの城は崩壊し、制圧されるかもしれない。恐ろしい男だ。だから、簡単に拘束を解いて放つこともできない。
大神官は政治には関わらないとして席を外し、地下牢に拘束したダーギラスを訊問している。ダーギラスが行った古代魔法陣を最初から目撃していたという男とその護衛をしている騎士も同行しているはずだった。
会議は何時間も続いた。
概ね、会議場は穏やかで、内容も建設的だった。
テスニア側では侵略の意図も攻撃の意思もなく、戦争を回避したい意向を強調している。王権復興派への協力を考えれば、それを信じてもよいだろうと想える。
ロワクレスの魔放による破壊は事故だった。テスニア側はそれで押し切るつもりだ。
事故にしては被害が甚大過ぎたが、それに関しては補償したいとの提示もある。今のセネルスにとってテスニアの補償金はありがたい。
さらに、テスニア側は、ガルシアス王権再興を機にこれまでの緊張した関係を改善し、より親密な外交関係を築きたいと提案してきた。
もとよりテスニア側にとっては、セネルスの国土は魅力のあるものでない。貧しいセネルスが、肥沃な国土と豊かな経済を求めて戦争を仕掛けているのだ。テスニアにとっては迷惑以外の何物でもないだろう。
だが、交易でテスニア側に利益となる産物が我がセネルスにあるのだろうか? 一方的に偏った交易はやがてはセネルスの衰退となり、ひいてはセネルス国自体が吸収され事実上の消滅となるのではないのだろうか?
会議はやや膠着状態になりつつあった。
夕刻も押してきて、今日の会議はこれでいったん終了しようかという時、新たな客人の到着を知らされた。
会議室の全員が驚いて注目するうちにずかずかと乗り込んできたのは、テスニア王国の大将軍オズワルド・ゾル・ザフォードだった。
勇猛で名高い将軍の登場に、私を始めセネルスの者は身を震わせて立ち上がった。拘束し監禁しているロワクレスは彼の嫡男だ。セネルス側の処遇に腹を立てているのかもしれない。
鋭く私たちを睥睨してくる彼の蒼い視線に誰もが青ざめる。
同じように驚愕しているらしいテスニアの面々を眺めながら、いよいよテスニアが宣戦布告してくるのではと兢々となった。
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