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第一章 Travel to Whiteford
11話
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体操を終えた会員は、ボールを使った練習に移った。
桐畑は、同い年ぐらいの男子会員と、二人一組のリフティングをした。男子会員のボールの扱い方はどことなく桐畑と違っていて、桐畑は現代サッカーの歴史の積み重ねを強く感じた。
リフティングの後は、同じペアでのロング・キックだった。五分ほど続けているとダンが、「集合」と声を張り上げた。
紅白戦をすると宣言したダンは、チーム分けを読み上げていった。
両チームとも、サッカーの発祥時期に一世を風靡した2―3―5のシステムだった。キーパーを含めると、綺麗な逆三角形となるフォーメーションだった。
同じチームAのフォワードの桐畑と遥香は、左右に一歩分の距離を開けてコートへと歩いていく。
「さっき、全員でした選手宣誓みたいなやつ。なんか、キリスト教チックだったよな。校長の授業で聞いたカントがどうのって理屈は、科学的っつうか、哲学的っつうか、まあそんな感じだったけど。なんか矛盾しちゃあいないか?」
純粋な疑問を口にし始める桐畑に、アルマは前を見たまま、澄んだ声で返事をする。
「ホワイトフォードの入学資格には、『神の実在の信仰』があるけど、信じる宗教は問われてないの。霊魂の存在の科学的な証明に取り組む、スピリチュアリズムに通じるものがあるよね」
「キリスト教は、関係ねえんだ。そういや、どこにも十字架は見掛けねえな」
「うん。ってわけで矛盾はないよ。哲学だって、神を扱ってたりするしね」
「でもさ。そんなざっくりした決まりで、統率は取れんのかな? 神様って、宗教ごとに違うだろ?」
「創立者のウッドゲイトの主張の一つに、万教同根があるの。すべての宗教は形式が異なってても、根源は、一柱の神であるって思想だよ。別に、突飛な考え方じゃないよ。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神様が同一って話は、有名でしょ?」
胸の前で腕を十字に組んで伸ばす遥香は、知識をひけらかすでもなく、淡々と語った。
ユダヤ教という初耳の単語に焦る桐畑は、「ああうん。有名、有名。そこらのガキでも知ってるって」と早口で呟いた。すばやくコートの奥のフットボール・ゴールへと、視線を移す。
「にしても、あのゴールには違和感、バリバリだよな。手作り感も半端ねーし」
桐畑は、しみじみと感慨を口にした。
ゴールは、高く聳える二本のポールの間の二mほどの高さの位置に、テープが張られた構造だった。
遥香は、透明感のある小さめの声ですらすらと説明を続ける。
「百年以上も昔だもん。当然、色んな点で違いはあるよね。初期のフットボール選手は背番号なしで、帽子を被ってプレーしてたって聞いたし。今、ホワイトフォードが出てる大会は、違うみたいだけどさ」
「マジかよ。聞き齧っちゃあいたけど、そこまでルールが違ったなんてな」
「うん、あとね。オフサイドも、現代とは違うの。後ろからのパスを受ける時は、キーパーも含めて、相手の選手が自分より前に三人以上いないとアウト。思考回路を、切り替える必要があるよね」
「切り替える」の一言にぴんときた桐畑は、希望を籠めた視線を遥香に遣った。
「話は変わるけどよ。俺ら二人で現代サッカーの戦術を会員に教えたら、楽々、優勝できたりしないかな? ほら、映画でよくあんじゃん。古代文明の指導者に、発達した技術を伝える宇宙人って設定。ああいうイメージだよ」
「郷に入りては郷に従えだよ、桐畑君。二十一世紀のパス・サッカーだけど、十九世紀のイギリス人に合ってるかとか、オフサイド・ルールに抵触しないかとか、色々、課題がある。しばらく様子を見ていきましょう」
抑制の利いた声の遥香は、立ち止まった。桐畑が振り返ると、身体の後ろで足首を持ち、腿のストレッチをしていた。
「桐畑君。私、けっこう楽しみでもあるんだよ。だって、十九世紀のイギリスにサッカー留学なんて、だーれもできない経験でしょ? 自分の殻を破る、またとないチャンスだよ」
遥香の声音に、力強さがブレンドされる。コートの中央に向ける顔には、普段の飄々とした雰囲気はなく、ただ、明瞭な意志だけがあった。
体操を終えた会員は、ボールを使った練習に移った。
桐畑は、同い年ぐらいの男子会員と、二人一組のリフティングをした。男子会員のボールの扱い方はどことなく桐畑と違っていて、桐畑は現代サッカーの歴史の積み重ねを強く感じた。
リフティングの後は、同じペアでのロング・キックだった。五分ほど続けているとダンが、「集合」と声を張り上げた。
紅白戦をすると宣言したダンは、チーム分けを読み上げていった。
両チームとも、サッカーの発祥時期に一世を風靡した2―3―5のシステムだった。キーパーを含めると、綺麗な逆三角形となるフォーメーションだった。
同じチームAのフォワードの桐畑と遥香は、左右に一歩分の距離を開けてコートへと歩いていく。
「さっき、全員でした選手宣誓みたいなやつ。なんか、キリスト教チックだったよな。校長の授業で聞いたカントがどうのって理屈は、科学的っつうか、哲学的っつうか、まあそんな感じだったけど。なんか矛盾しちゃあいないか?」
純粋な疑問を口にし始める桐畑に、アルマは前を見たまま、澄んだ声で返事をする。
「ホワイトフォードの入学資格には、『神の実在の信仰』があるけど、信じる宗教は問われてないの。霊魂の存在の科学的な証明に取り組む、スピリチュアリズムに通じるものがあるよね」
「キリスト教は、関係ねえんだ。そういや、どこにも十字架は見掛けねえな」
「うん。ってわけで矛盾はないよ。哲学だって、神を扱ってたりするしね」
「でもさ。そんなざっくりした決まりで、統率は取れんのかな? 神様って、宗教ごとに違うだろ?」
「創立者のウッドゲイトの主張の一つに、万教同根があるの。すべての宗教は形式が異なってても、根源は、一柱の神であるって思想だよ。別に、突飛な考え方じゃないよ。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神様が同一って話は、有名でしょ?」
胸の前で腕を十字に組んで伸ばす遥香は、知識をひけらかすでもなく、淡々と語った。
ユダヤ教という初耳の単語に焦る桐畑は、「ああうん。有名、有名。そこらのガキでも知ってるって」と早口で呟いた。すばやくコートの奥のフットボール・ゴールへと、視線を移す。
「にしても、あのゴールには違和感、バリバリだよな。手作り感も半端ねーし」
桐畑は、しみじみと感慨を口にした。
ゴールは、高く聳える二本のポールの間の二mほどの高さの位置に、テープが張られた構造だった。
遥香は、透明感のある小さめの声ですらすらと説明を続ける。
「百年以上も昔だもん。当然、色んな点で違いはあるよね。初期のフットボール選手は背番号なしで、帽子を被ってプレーしてたって聞いたし。今、ホワイトフォードが出てる大会は、違うみたいだけどさ」
「マジかよ。聞き齧っちゃあいたけど、そこまでルールが違ったなんてな」
「うん、あとね。オフサイドも、現代とは違うの。後ろからのパスを受ける時は、キーパーも含めて、相手の選手が自分より前に三人以上いないとアウト。思考回路を、切り替える必要があるよね」
「切り替える」の一言にぴんときた桐畑は、希望を籠めた視線を遥香に遣った。
「話は変わるけどよ。俺ら二人で現代サッカーの戦術を会員に教えたら、楽々、優勝できたりしないかな? ほら、映画でよくあんじゃん。古代文明の指導者に、発達した技術を伝える宇宙人って設定。ああいうイメージだよ」
「郷に入りては郷に従えだよ、桐畑君。二十一世紀のパス・サッカーだけど、十九世紀のイギリス人に合ってるかとか、オフサイド・ルールに抵触しないかとか、色々、課題がある。しばらく様子を見ていきましょう」
抑制の利いた声の遥香は、立ち止まった。桐畑が振り返ると、身体の後ろで足首を持ち、腿のストレッチをしていた。
「桐畑君。私、けっこう楽しみでもあるんだよ。だって、十九世紀のイギリスにサッカー留学なんて、だーれもできない経験でしょ? 自分の殻を破る、またとないチャンスだよ」
遥香の声音に、力強さがブレンドされる。コートの中央に向ける顔には、普段の飄々とした雰囲気はなく、ただ、明瞭な意志だけがあった。
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