上 下
60 / 455
はじまりはじまり。小さな冒険?

60、白檀の香りと。

しおりを挟む



あー……これは。

白檀ってのはあれだ、日本あちらでは線香の香りが一般的かなぁ。
着物を着る人には少し馴染みがあるかもしれない、扇子の骨部分に使われてたり、文香や匂い袋の香りって言ったらわかりやすいかな?

こっちでは、というかメアリローサ国ではこの香木は手に入らない。
気候が違うから、ここでは育たない。熱帯の植物なんだ。

なのでこの香りを纏う人は、珍しい。
珍しい……が、愛用していた人物に心当たりがあった。


「中指に爪を立てちゃダメだよ、ほら、腫れ上がってるじゃないか」


そう言われて、自分の手を開き見てみると中指の中節にくっきりと親指の爪が食い込んだ痕があり、鬱血したのか、真っ赤に腫れ上がっていた。


「言いたいことがあったら、俯いてないで言わないと。言えないから代わりに涙が出るんだ……シシリー…」


最後の、名前だけ、周囲に聞こえないほどに静かに、懐かしさを込めた優しく甘い囁きだった。
あれ……もしかしてなんかヤバイ?

シシリーというのは、私の……過去の私の名前だった。
ハンスイェルクルークと知り合い、学生時代を共に過ごしていた私の名前。

ギギギ…と音の鳴りそうなぎこちなさで、抱き上げている主をなんとか見上げることに成功した。
父様と同じ黒ではあるが、赤ではなく深緑の混ざった裏地の使われたローブを羽織り、親しみを込めた笑みを浮かべるルークと目があった。


「ユージアの件については……水の乙女オンディーヌから、聞いている。怪我や状態、行動も誇張では無い。だが、その状態からの…短時間でのここまでの完治は、大聖女でも…難しいのでは?……痕どころか後遺症も出ていなかった」

「そうなると、その後、教会でもユージア君はお腹に大怪我していたのを、さらに癒したってことになるのだけど……今までの傷も全て無かった事にしてしまったかのように…身体は、とても綺麗でしたわ」


「不思議よねぇ?」といった感じで、母様が首を傾げると蛋白石オパールのような遊色をする後れ毛から、エメラルドの滴のようなイヤリングがきらりと覗く。

って、母様「身体はとても綺麗だった」って、さらりと言うけど、傷痕という意味ではかなり広範囲を確認することになるはずなのに、いつ見たの…。

ちらりとユージアに視線をやると「あっ!」と言う顔をして、ルークと母様がを交互に見つめている。……何かあったのかな、後で聞いてみようかな。


「私もセシリアの治療を受けたけど…後遺症を治したのはびりっとした激痛だったから、雷かと思ったよ?」

「…ねぇ、離宮の屋根は風と火の合成魔法だって聞いたよ?」

「あら、この子…患者の状態……麻痺を、患部を見抜いたわよ?光じゃないのかしら?」


セグシュ兄様も、レオンハルト王子も……母様まで言いたい放題だった。


(ん~それにしても、聞いてると私って随分と芸達者な気がしてきた)


えっとね、私今まで何も発言してないのよ。
何も発言してないのに、勝手に色々アピールされてるみたいになっちゃってるんだけど、うーん、どうしようかなぁ
今世では、父様のような風と火の属性二つ持ちですら貴重って感じだけど、前前世むかしは、ざらにいたんだよ。

それに、魔法は属性持ってなくたって、使えるんだよ……。
属性持ちってのは、ただその属性が使いやすいかどうかの指針ってだけだったと思ってたのだけど、今世だともしかして…その得意属性以外使えない…?というか習わないのかしら?

無意識にまた俯いてしまったのか、握り締めた手をルークに解かれ、またもや視界を遮る様に胸に頭を固定されるように抱き込まれ、頭を撫でられる。
……抱っこって落ち着くけど、今日は空腹だからね!食べるまでは寝ない……はず。


「その前に、だ。セシリアにはまだ、魔法の使い方を教えていない」

「そうねぇ、外出自体が魔力測定会が初めてだったのよね」


父様の言う通り!まだセシリアわたしは魔法を習っていません。
魔力を知る、制御する、集中させる。
こういう基礎の上に魔法が使える。
そういうことを習うどころか、そもそも誰かが魔法を行使している場面すら見たことがないはずだった。


「ここまでで、セシリア嬢は…基本属性の『風、火、土、水』と、希少の『光』、派生の『火+土』を持ち合わせているということになるのだが……」


王様の少し驚いている様な声が聞こえた。

ん~。あれ?なんか異世界をチートスキルで乗り切って満喫しちゃうぜ!なノリになってきたな、これはマズい。思いっきり本意ではない。
そもそも、そんなに私は器用じゃ、無い。
前前世むかしも魔法は使えたけど、ぶっちゃけルークと同じ研究職向きであって、実用的な威力も使い方も得意では無い。


「……何かの派生。という事であれば、聖樹とも会話してたし『水+土』の『樹』もあるんじゃないかな?」

「「「聖樹!?どこでっ」」」


大人達の驚きの声で一斉に聞かれるゼン。

……まぁ普通はそういう反応になるよね。
聖樹が野生で生えているのは珍しい。
国の天然記念物並みに守ってあげないといけないくらいに、育たない上に、人に見つかれば乱獲されてしまう。……余す所なく有用な素材となるから。
実際、私も見つけた時に、枯れた葉を魔物避けとして何枚かほしくてお願いしたし。


「監獄から逃げた先に、朽ちた建物と共に倒木になってた」

「ゼン、あそこは聖樹の丘っていう場所だよ…監獄から転送されてびっくりしたけどね」

「ユージア!聖樹の丘の聖樹は倒されていたのか?まだ生きてるのか?」


ゼンの説明の補足をする様にユージアが場所を……って聖樹の丘って、えーと、聞いたことがある…なんだっけなぁ。
私と同じく、ルークにも心当たりがある様で、ユージアに食い気味で確認をしてる。
焦りのはっきりとわかる声色で、いつものぼそぼそ喋りすら、消えている。


「い、生きてた。かなり弱ってたけど、再生しようとしてた」


今までとは違う剣幕でルークに迫られて、ユージアの声が少し上ずってた。
……一番焦っているっぽいのがルークという事は、何かの要所か、エルフ関連の問題なのかな?
ただ、他の大人も反応しているところを見ると、国の要所なのだろうか?


「グレイシス王、早急に聖樹の保護と対策を。少なくとも今後10年ほどの有人での監視の体制を」

「わかった、手配させよう」

「ねぇ、そんなにだいじなら、ここでそだてればいいんじゃないの?」


切羽詰まったルークと王様…グレイシス王とは対照的なシュトレイユ王子の無邪気な声が聞こえた。……確かに王都なら、王宮なら密猟の危険もないし、大切に育てられそう。


「シュトレイユ王子、あの聖樹はあの丘にないとダメなのです。あの丘から永くメアリローサこの国を守り続けてくれている大事な聖樹なのですよ。ずっと昔も、大規模な魔物の氾濫スタンピードが起き、この国の壊滅の危機となった時も、あの聖樹のおかげで救われているのですよ」

「そうなんだ……」


ルークがシュトレイユ王子に優しく諭す様に、説明している。
過去の大規模な魔物の氾濫スタンピード……私、知ってる。
というか、その時を生きていた。

その歴史に残るほどの大規模な魔物の氾濫スタンピードが私から、大切な全てを一瞬にして奪い去っていった。
あの学生時代のルークと過ごした学園も研究施設も、街も……国も。

一瞬、私を抱く力がきゅっと強くなった気がした。
ルークも、あのスタンピードを実際に体験した生存者ということになる。
もう、あんな辛いことは二度と遭遇したくないし、させたくないと思う。


「今も、あの丘のおかげで、死の森からの高ランクモンスターの流入を防いでくれているんだ」

「……じゃあなんで、そんなに大事な聖樹が倒れてたのを知らなかったの?あのあばら屋は見張り用の小屋だったんじゃないの?ぼろっぼろだったよ?」


ルークの説明にユージアが不思議そうに聞く。
まぁ確かにそうだ。


しおりを挟む

処理中です...