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はじまりはじまり。小さな冒険?
131、悼み。
しおりを挟むどうして、このローブが私の部屋にあるのか。
どうして、こんなにぼろぼろに千切れて血が染み付いているのか。
……このローブの持ち主は、どうなってしまったのか。
そっとローブを持ち上げると、一緒に置かれていたのであろう、小さなメモ帳がずるりと転がり落ちて、結き付けられていた鈴が、りん…と鳴った。
淡い桃色の鈴。
魔力を染み込ませて使うリボンと鈴だ。
──シシリーがあげたものだった。
血を吸って赤黒く変色し、大部分がよれよれになってしまっているメモ帳には、とても綺麗で几帳面な文字が並んでいた。
(あの日……シシリーはカイと一緒にいた……!)
じわりと視界が歪みはじめる。
不安にしちゃうから子供の前では、泣いちゃいけないのにね。
でも、ごめん。
そうだ、あの日。
魔物の氾濫がまさに王都に到達したとき、カイルザークと久しぶりの外出をして……遭遇してしまったのだった。
……それが、私の最期の日。
一緒にいた、カイルザークはどうなったのだろう。
日の出前、暁から払暁のあたりの時刻なのだろう、擬似窓からぼんやりと薄明かりが差し込み始め、徐々にはっきりしてくる視界とともに、シシリーであった頃の記憶も、昨日の事のように……フレアにされた強制視界共有のようにはっきりと思い出す。
あのリボンタイ…藍の宝石のように銀の装飾に収まっている魔石は、発動すらしていない。
大きな衝撃が迫った時に、一度だけだけど、障壁を展開するように作ってあったはずなのに。
魔石が感知できない程に、強い衝撃だったのだろうか。
……少なくとも、このローブや衣類の状況からは、この持ち主が無事だったとは言い難い。
それくらいに原型をとどめていないし、血濡れであった。
(なんだ、私の命ひとつじゃ、何も救えてなかったって事じゃん。シシリーが贈った護身用の魔石のアクセサリも発動していないし、全く……役立たずじゃん、私)
仲の良かった人たちの、その後を知りたいと思っていたけど、こんな悲しい最後は知りたくなかった……。
一番、笑っていてほしかった子なのに。
いつもふわりと花が咲くような笑顔を絶やさなかった、穏やかな子。
少しだけ離れた歳の差が、そして私を慕ってついてきてくれる優しさが、可愛らしくて、本当の弟のように大切な子だったのに、どうして……。
ぽろりとひと粒の涙がこぼれ落ちてしまうと、もう止まらなくなってしまった。
絨毯張りの床に、ぺたりと座り込むと、私の首に、髪に顔を埋めるようにしてぎゅっと抱きついたままの子に、話す。
「……これと…これはね、シシリーが作ったんだよ。これを着ける人が、大きな…お怪我をしませんようにって……贈ったの。でも…」
血塗れで、中のページもよれよれで……もう使えそうになくなってしまったメモ帳、そして同じく血塗れとなり、リボン部分は大きく千切れた……藍の魔石と銀の装飾のついていたリボンタイを、床に並べていく。
鈴のついたメモ。
シシリーとお揃いなんだよ。
リボンタイ。
研究所は『王専』の資格があった。
王家からの依頼を多く受けるようになってしまったから……来客対応をしてくれていたカイルザークに感謝を込めて贈った護身用の魔道具だったの。
トラブルに巻き込まれたり、大きな怪我をしませんようにって……。
(……でも、明らかに命の危険があったと思われる場面で発動すらしてなかった…私は本当に役立たずだわ)
思えば思うほどに涙は止まらずにあふれ続けてしまう。
ローブを広げて、綺麗に畳もうとするが損傷が激しくて……一緒に置いてあった他の衣類も、ほぼ同じようなもので原型をとどめていないばかりか血塗れで、元の色がほとんど分からない。
そのローブにつける留め具も、見慣れた研究所の装飾も激しく千切れている。
綺麗に…まとめてあげたいのに、涙で視界が歪み続けるし、手は震えてしまうし……。
……これは、また奴隷紋がユージアを苦しめちゃってるんだろうか、ごめんなさい。
「ぼろぼろに…なっちゃった、ね。私の…私の、家族のように大切な……守れ…なかっ、た」
「ねぇ……知ってるの?記憶があるの……?」
首にしがみついていた手を離し、座りだっこの状態まで降りてきた子が、見上げるように不思議そうに私を覗き込んでいた。
不安にさせたく無いなら、子供に泣き顔見せちゃダメなのになぁ。
止めようにも止まらずにぽろぽろと流れ続けてしまう。
軽く酸欠になりつつあるのか、少し頭がぼうっとしてきている。
赤い瞳に銀髪に見える、ユージアの背格好とほとんどかわらない子。
「大切な……後輩でっ…友達で……この、服の持ち主はっ……初めて会った時はキミみたいに、とっても…可愛い子だったんだよ」
頑張って笑いかけてはみたけれど、目を細めた拍子にまた、ぽろぽろと涙がこぼれていった。
自分の言葉で、またさらに泣いちゃうのは…ダメだね。
でも、そう話した途端に出会った頃のカイルザークの姿が浮かんでしまっては、どうしようもない。
「シシリーには親も兄弟もいなかったから、弟が出来たみたいで嬉しくて……大好きだった……どうして…こんな……」
もう、どうにも涙が止まらなくて両手で顔を覆ってしまった。
1000年も昔のことだから、ルークたちのようにエルフ種や龍種や……一部の長命種のように再会ができるわけでもないのだけど……だけど、それでも幸せだったという話を聞きたかった。
……泣きすぎて完全に酸欠になってしまったようで、ぼーっとする頭で『とにかく落ち着いて、泣き止まなきゃ!』と、頭の中のメインである思考を、話題を少しずらしたら、泣き止むかな?と考えつつ、あれ?と思う。
……母様も『籠』で激しく泣いてたよね。
この酸欠泣きって、幼児特有のものだと思ってたんだけど、もしかして……母様譲りだったりするのかな。
そしたら、大人になってもこのままっていう……そんな考えに至り、軽く戦慄していると、座りだっこの状態で私に抱きついていた、小さな腕にきゅっと力が入った。
「……ねぇ、また弟にしてくれる?……僕、カイだよ」
カイと名乗った、獣人の子が、私を見上げて微笑んでいた。
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