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はじまりはじまり。小さな冒険?
368、生まれ変わるために。
しおりを挟む「……お前も、眠る時間か。助けてくれてありがとうな」
父様が、目を瞑ったまま微動だにしない魔物の、大きく長い鼻面をポンポンと、馬でも褒めるかのような仕草でお礼を言う。
「良い子なら、このままでも良いのでは?結果的に、命を奪ってしまうというのは、気がひけるわ」
「それはダメだよ。この子は瘴気によって生まれてしまったモノだから、生物としての営みができない。それに、今は浄化された状態だから良い子かもしれないが、またすぐ瘴気の影響を受けて、本意ではない殺戮を繰り返す魔物に戻ってしまうんだよ?」
フィリー姉様から、意外にも優しい言葉が出たが、即座に守護龍アナステシアスに却下されてしまった。
今生き延びても、自然の法則を歪ませて生まれてしまったから、同族がどこにもいない。
守護龍の強烈な浄化によって、一時的に瘴気とは無縁の存在になってはいるけど、そもそもが瘴気という悪意によって生まれているから、これから生きていくための知恵も機能もない。
そして、瘴気に抵抗する術すらもたないから、すぐにその身に瘴気を集めてしまい、凶暴化してしまうのだろう。
「そもそもだ、コレは妖精たちによって癒されていた大切な『宝』だ。どんな形であれ、返すのが道理だろう?」
「そうね……この子もそれを望んでいるのなら」
これだけ大人しいのなら…良いと思ったのにねぇ。と、大きな鼻面を触る。
フィリー姉様に触られて、うっすらと目を開けると、また興味なさげに閉じる。
「それにね、フィリーには悪いんだけど……この宝の中にはね、私の古い友人がたくさんいるんだ。今度こそ、大切に休ませてもらえるかい?」
『もちろんです。仲間たちで、全てが癒えるまで、寄り添います』
仔犬が『きゅうぅ』と鼻を鳴らすように、返事をすると、守護龍も「頼んだよ」と、頭を撫でた。
「ねぇ、この子が癒えたらどうなるの?」
『次の生へと旅立つことになります』
「生まれ変わるってことね?」
『はい』
フィリー姉様の問いに仔犬は、穏やかに答えた。
──そう、闇の妖精たちのお仕事は、生まれ変わる準備をする事。
終わるためのお仕事です。
光は……誰でも知ってるんだけどね。
闇はあんまり知られていない。というか『光=聖・闇=穢』のイメージが浸透しすぎてて、悪い印象しか浮かんでこないっていう悲しさがあったりする。
光と聖も、闇も穢れも、まったくの別物なんだけどねぇ。
「ヘルハウンド…頼む」
父様の声に、チラリと仔犬が私へと振り返る。
許可を求めているように見えたので、こくりと頷いて見せた。
『かしこまりました』
魔力足りるかな?大丈夫かな?ルナも瘴気に飲み込まれかけたし、同じようにこの子が負けかけたら助けないと!
そう思いつつ、でも、ルークにしっかり小脇に抱えられちゃってるから、どうにか助ける手を考えないと……。
再び竜っぽい魔物の前へと、しっぽを振りながら向かっていく姿を見つめる。
『では始めます。アナステシアス様、よろしくお願いします』
くるりと振り向いて守護龍アナステシアスに頭を下げるような仕草をすると、竜っぽい魔物へと向き直る。
ぶわり。と、仔犬の輪郭がぶれたように見えると、次の瞬間には山のように大きな犬の姿…元のヘルハウンドの姿になった。
『おやすみなさい』と、ヘルハウンドの声が響く。
それを合図に部屋の空気が一瞬にして澄んだ気がした。
……ただただ、静謐に。
『核の再構築』を命じたそのままの、真っ白な部屋では時間の経過が分からないのに、突然真夜中にでもなったような静けさを感じた。
今まで微動だにしなかった竜によく似た魔物は、すっとその首を上げると、ヘルハウンドの真正面へと向き直り、そしてまた眠りにつくかのように、地面へと首を下ろし目を瞑る。
徐々に身体が白黒のテレビでも見ているみたいに黒化していく。
「ねぇ、魔物とはいえ、あの子、苦しくないかしら?」
「……深い眠りについただけだから。本来の姿に戻っていくだけでね、痛みも苦しみも無いはずだよ」
守護龍アナステシアスの説明にホッとした表情になるフィリー姉様。
ご心配ごもっともな風景が、実は目の前に広がっていて。
ヘルハウンド同等までに漆黒の塊となった魔物であったモノは、ほろほろとふわりふわりと欠片を散らしながら、ゆっくり崩れ始めていた。
文字通り、ほろほろと身体が崩れていくのだもの、痛いかどうか心配にもなるよね。
初めて見る光景としては、なかなかに衝撃的だとは思う。
「あの仔犬……変な魔力の子だと思ってたけど…こんなに立派な…霊獣?だったのね?」
『フィリー様、彼は妖精です』
その声に振り向くと、ルナが何故か両手に山盛りの薬草を抱えて現れた。
薬草の束を足元に置くと、こちらへ走り寄ってきた。
「あ…ルナ、おかえり?」
『うん、ただいま!セシリア!頑張ったねぇ』
「今は、ヘルハウンドが頑張ってるよ」
『後処理が終わったから、ヘルの手伝いに来たんだよ』
ニコッと笑うと、守護龍アナステシアスに軽くお辞儀をして、ヘルハウンドの傍へ向かう。
ヘルハウンドもルナに気づいたのか、漆黒の身体で唯一、燃えるように赤く光る瞳がチラリとこちらへ向き、尻尾が大きく振られる。
嬉しいのかな?
******
「あの仔犬、あんなに立派なのに、妖精?ルナは…?」
『私は、精霊です』
「……あの子が妖精なのに?」
フィリー姉様が不思議そうに首を傾げる。
ぶふっ!と、噴き出す音とともに、崩れ落ちる魔物のそばにいた父様の背が、小刻みに震えていた。
『何が言いたいんですか…?』
「なんでもないわ」
『……良いですけどね。手伝ってきます』
ルナはヘルハウンドの隣に立つと、すでに崩壊を始めている魔物だった漆黒の塊に手を当てると……崩壊が目に見えて早くなっていった。
はらりはらりと小さな欠片で崩れていたのが、ぽろぽろと。
欠片は崩れて落ちた先、地面を透過するように深く深く落ちていった。
「あら、ルナが手伝うと早いのねぇ」
『ま、良いんですけどね……本当に』
フィリー姉様……ルナをいじめないであげてください…。
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