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はじまりはじまり。小さな冒険?

428、性別なんて関係ない。

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『ふふふっ。そんなに考え込まなくても良いよ。セシリアなら転移魔法陣ゲートが使えるんだろうし、使っちゃえば良いんだ……それとも、ユージアみたいに飛んでみる?』


『こう、背中に羽はやしてさ!』と、くすくす笑いながら、目の前のドアを開ける。

 目の前に広がった、お風呂の光景は、前回の時よりも木造感が強くて、どうにもおもむきのある和風温泉に見える。


『空なら、陸路よりは揺れないし、直線距離だから。景色もいいよ?』

「……それって、酔わないって保証できる?」

『僕と走っただけで酔うんだから、お花畑が見えちゃうかも?はははっ』


 どうにも楽しそうに笑い続けているフレアは、そっと私を小脇から降ろすと、頭をぽんぽんと撫でて、部屋を出て行ってしまった。

 さて、一人でのお風呂ですよ。
 転ばないように気をつけないとねっ!

 最初の部屋は、休憩室のようになっていて、さらに奥に進み、ドアの向こうは……手前がちょっとしたカフェ…?いや、ガーデンテーブルのセットがあって、さらにさらに奥に進むと、湯船があって……。


「グロリオーサ?何してるの?」


 ガーデンテーブルのソファーの影から、ちょこんと赤い髪の女の子が、姿を現す。
 父様との契約、無事に終わったっぽいね?


『あっ…!えっと…私も、お風呂を使ってこいと…』

「火の精霊って、お風呂しゅきなの?」


 あ、噛んだ。
 最近は、噛まなくなってきたと思ってるのになぁ。

 じゃなくて、どうしてここにグロリオーサがいるんだろう?と、思わず首を傾げてしまった。

 浴室だけで、サロン並みに横にも奥にも広くて、同じ部屋内なのに、ガーデンテーブルまで湯気や蒸れた湿気は、来ないようになっている。
 にしても、火の精霊って、自身が濡れるのは…あんまり好きじゃなかったような気がするんだけど。


『嫌いではないです…使えなくもない…のですが…水の精霊ほどでは…』


 口に手を添えて、頬をあからめて俯きながらモジモジしてる……。
 なんか、やたらと可愛いんですけどっ!?


『なので、セシリア様のお手伝いを…と思いまして』


 どうやら、父様に『セシリアわたしのお風呂の手伝いをしてこい』と言われたらしいのだけど、グロリオーサとしては、父様のお手伝いがしたい。

 だけど『他の子達もいるから、グロリオーサは入って来ちゃダメだ』と門前払いをされてしまったって感じっぽい?
 ……もじもじしすぎて、わかりにくいよっ!


「そうだよねぇ、私より父様のお手伝い…って、あ!そうか」

『……?』


 ちょっとおいで。とグロリオーサに手招きをする。


「ねぇ、男の子の姿に、なれる?」

『えっ……』


 大きく目を見開いて、両頬に手を添えて固まるグロリオーサ。
 え…精霊って、性別に頓着無いんだよね?!
 みるみるうちに首まで真っ赤になってるんですけど?!
 なにその反応はっ?


『こ…こんな感じで、どうですか?』


 グロリオーサはひとしきり照れた後、渋々と言わんばかりに姿を変え始める。
 ぶわりと足元から炎が吹き出すと、グロリオーサの姿を包み込む。

 次の瞬間には、赤に金のメッシュの入った……うん、どう見ても父様のチビ版みたいな、つり目気味の凛とした…可愛らしい男の子が、やたらと恥ずかしそうに立っていた。


(可愛いなぁ…しかもこの外見!……母様が見たら、抱えて離さない気がする)


 この外見に、この性格。
 ……そこで照れられるとね、こっちも恥ずかしくなっちゃうんだけど。

 っていうか、ここ、女子風呂っ!
 絵面悪すぎるからっ!!!


「うん!ばっちり!その格好でお手伝い、行っておいで!」

『はいっ!……セシリア様は…』

「セシリア、でいいよ。大丈夫だから、頑張っておいで」

『ありがとうございますっ!』


 お礼を言い終えるか否かのタイミングで、グロリオーサの身体から大きな焔が吹き出し、次の瞬間にはその炎と共々、姿を消していた。


『……性別って、大事なの?』


 これで一人だ!と思った瞬間、温泉の淵にある彫像の台座の下、微妙な段差に腰をかけているフレアを見つけた。


「ん?フレア?どうしたの?」

『グロリオーサは、元々女の子の姿をとって活動してたから、女性体が好きなんだと思うんだけど。女性体あのままじゃダメなのかなって』


 どうやらキッチンのお手伝いもひと段落して、様子を見に来てくれたらしい。

 膝から下、足先だけを湯に浸して、湯の感触を楽しんでいるようだ。
 ……ルナは食事の下拵えがあるとかで、キッチンにこもってるみたいだけど。


「ああ~。そうじゃないのよ。お風呂が男女で分けられてるのと同じでさ、分けられた先に異性がいるのが、イヤな人もいるんだよ」

『へんなの。魔導学院むかしはそんな事なかったのに。精霊に性別なんて関係ないんだから』


 まぁそうなんだけどさ。
 フレアの言い分はごもっともなんだけど、それを理解している人が、今は少ないんだよ……。


「昔は、精霊使いがいっぱいいたから。見慣れてたけだよ。今は…珍しいみたいだから。フレアの事も『精霊』として見る前に『男の子』として見られちゃうから。そしたら、女性だけの場所に『男の子のフレア』が来たら、恥ずかしくなっちゃうんだよ」

『面倒だなぁ……じゃあ、この格好なら怒られないよね?』


 パチン!と指を鳴らした瞬間、フレアの姿がぐにゃりと歪む。
 次の瞬間には、フレアのいた場所には、女性の姿があった。

 フレアの女性版かっ!と、ちょっと楽しみだったわけですが…。

 紫の髪の赤い瞳……の女性…って、シシリーわたし?!


「ぅお……怒るわああああああああっ!」

『セシリアも。変なの』


 他人の姿を勝手に借りちゃいけませんっ!と怒ろうとしたのだけど、声を発する間もなく、ぽつりと呟きを残して、フレアの姿は消えてしまった。

 あまりにも唐突でびっくりしたけど、昔の私シシリーって、今見ると、それなりに綺麗なお姉さんだったのね。
 まぁ、それなりに、ね。

 あれかなぁ、周囲がエルフやら獣人やら異種族いっぱいだったから、自分の美的感覚が少し狂ってたのかしら……?

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