白花の檻(はっかのおり)

AzureHaru

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二章

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昏睡状態に陥ってから、どれほどの時が過ぎただろう。

季節は巡り、窓辺に射す光の角度が変わっても、リュシアンは目を覚まさなかった。
白いシーツの上で眠るその姿は、まるで壊れやすい人形のようで、触れれば砕けてしまいそうだった。

アーヴィスは、彼の傍を離れなかった。

会議も、称号も、戦果も、すべてを遠ざけた。
周囲は戸惑い、囁き、非難したが、彼は一切意に介さなかった。

――自分には、咎を償う資格すらない。

それでも、離れることだけはできなかった。

「今日は……日差しが、穏やかだ」

返事のない相手に、言葉を落とす。
かつてリュシアンが好んでいた花を部屋に飾り、水を替える。

その一つ一つが、遅すぎる贖罪だった。



眠りの中で、リュシアンは夢を見ていた。

――あたたかな声。
――優しい手。

幼い頃、母に抱かれた記憶。
エリオスが笑いながら差し出してくれた手。

「リュシアン」

呼ばれるたび、胸が締めつけられる。

だが、そこに必ず割り込んでくる影があった。

冷たい瞳。
逃げ場のない檻。
――「君が従えば」。

夢と現実の境界が曖昧になり、リュシアンの心は深く沈んでいく。

それでも、ふと。

「……すまない」

聞き慣れない、かすれた声が、夢の底に届いた。

その声は、命令ではなかった。
欲でもなかった。

ただ、壊れそうなほど弱い声音だった。



ある夜。

リュシアンの指先が、微かに動いた。

気づいたのは、アーヴィスだけだった。

「……?」

彼は息を止めるようにして、そっと手を取る。

確かに、温もりがある。
生きている。

「……戻ってこい。いや……戻らなくてもいい」

声が震える。

「憎んでいい。拒んでいい。……それでも、生きていてくれ」

それは、初めて彼が口にした、見返りを求めない言葉だった。



数日後。

リュシアンは、ゆっくりと目を開けた。

焦点の合わない瞳が天井を彷徨い、やがて――
そこにいたアーヴィスを捉える。

一瞬、リュシアンの身体が強張った。

恐怖。
拒絶。
そして、深い空虚。

「……あ……」

声にならない声。

アーヴィスは、動けなかった。
触れれば、また壊してしまう気がした。

「……ここは……」

「安全な場所だ」

短く答える。

沈黙が落ちる。

リュシアンの瞳から、一筋、涙が零れた。

「……どうして、僕だけ……」

その言葉に、アーヴィスの胸が裂ける。

答えられるはずがなかった。



それからのリュシアンは、生きてはいたが、生きているとは言えなかった。

笑わない。
泣かない。
何も求めない。

ただ、与えられた場所で、静かに呼吸をするだけ。

アーヴィスは、彼に触れなかった。
命じなかった。
共に過ごした時間の中で、ひたすら距離を保った。

それが、彼なりの償いだった。

だがある日、リュシアンはぽつりと呟いた。

「……エリオスは、最後まで……僕を、探していたでしょうか」

その問いに、アーヴィスは初めて、真実を語った。

魔獣襲来の報告書。
瓦礫の中で見つかった、剣と、割れた護符。

それが、エリオスの最期を示していたこと。

「……勇敢だった」

それだけを告げた。

リュシアンは、静かに目を閉じた。

そして――泣いた。

声を上げて、子どものように。

アーヴィスは、ただ、跪いた。

触れる資格はない。
抱きしめる資格もない。

それでも、その涙が止まるまで、そこにいた。



白花は、まだ折れてはいない。

だが、再び咲くかどうかは、誰にも分からない。

檻は、確かに存在した。
壊したのは、アーヴィス自身だ。

それでも――
彼は、償いの果てに、
リュシアンが「生きたい」と思える場所を探し続ける。

それが、愛と呼べぬものであったとしても。
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