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第五話 龍影の森

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 レンはアリスの案内で、森を歩いていた。
 アリスの乗ってきた馬車は馬諸共破壊されてしまったので、移動手段はもちろん徒歩だ。

 一応、馬車からアリスの荷物は降ろし、一纏めにしたものをレンが背負っている。
 中にはアリスの衣類や日用品、金に困った際に換金できる小物などが入ってるらしい。

「ところで、俺たちはどこに向かっているんだ?」

「ドラウグル王国の王都ですね」

「……ドラウ……なんだって?」

「ドラウグル王国です……ご存知ないですか?」

「ああ、ご存知ないな」

 アリスが怪訝けげんそうな顔でこちらを見るが、そんな顔で見られても、知らないものは知らない。
 レンはこの世界の人間ではないのだから。

「――レン様は、その……こんな森の中で何をされていたのですか?」

「さあ、分からない。目が覚めたらこの森にいた」

 嘘をついてもしょうがないので、アリスに本当のことを話す。

「――それって……記憶喪失ってことですか!?」

「まあ……そうなるのか……?」

 この身体の元の持ち主の記憶がレンには無いので、記憶喪失と言っても嘘にはならないだろう。

「ええ!? 記憶喪失って事は……何も思い出せないってことですよね!? 大変じゃないですか!」

「……なんと言えばいいのかなあ。
 名前とか、俺がどういった人間なのかは分かるけど……ここがどこで、何をしていたか、
 今までどうやって生きてきたのか、それが分からないって感じだ」

 分かるのは前世の事だけ、この身体の持ち主や、この世界の事は何も知らない。
 だが、元々無い記憶なのでレンとって大した問題でないのだが、アリスは思いのほか深刻に受け止めてしまったようだ。

「――そんな大変な状況だったのに、私を助けてくれたのですか……?」

「……君を助けたのは……ただの気まぐれだ。 俺は最初君を見捨てて逃げようとした。
 目の前で襲われている君を助ける事よりも自分の命を優先したんだ。
 だからそんなに恩義を感じる必要はない」

「……ですがレン様は、命懸けで私を救ってくれました。
 この事実は変わりません。
 なので、私がレン様に恩義を感じるのは当然です。感謝してもしきれません」

 そう言うアリスの目は力強く、レンに失望した様子はない。

「――そう言ってくれるのは嬉しい。
 だけど、もし君が俺に救われたことで、俺を特別な人間だと思っているのなら、それは勘違いだ……俺はそんな大層な人間じゃない。
 俺は弱い、何もできない人間だ。
 現に俺は宛もなくこの森を彷徨ってたんだ。
 アリスと出逢えなかったら、俺はこのまま死んでいたかもしれない」

 アリスはレンに窮地を救われたことにより、レンを特別視している節がある。
 この先アリスに同行する上で、その勘違いは正しておいた方がいいだろう。
 期待されてもそれに応えられる自信はない。
 
「――どうして、そんなことを言うのですか……? 
 私はレン様に救われました。死しかない運命を変えてくれました。
 そんな人が何もできないなんて言わないでください……! 
 レン様がご自分を卑下しても、私はレン様の事をすごい人だって言い続けます!」

 アリスは隣を歩くレンの前に飛び出し、目に涙を浮かべながら必死に訴えてくる。
 朝比奈以外にもこんな風にレンの事を想ってくれる人間がいるとは思わなかった。
 それを嬉しく思う半面、期待に応えられなかった時の保険をかけようとしていた自分が恥ずかしくなる。

「――お、おう……ありがとう……」

「――あ、いえ……どういたしまして……」

 するとアリスも自分が今言った事を思い出し、恥ずかしくなったのか、一瞬で顔が真っ赤になった。
 
「――え―と、何の話でしたっけ……?」

 二人は気恥ずかしさで顔を背け、静寂がこの場を支配する。
 しかし、その静寂に耐えかねたのか、アリスが話を戻そうと声を発する。

「――どこに向かってるかって話じゃなかったか……?」

「そうでしたね……! 私たちが向かっているのはドラウグル王国の王都、ってとこまでは話しましたよね?」

「あ、ああ」

「それで肝心な王都の場所なのですが、ここから街道に沿って歩いて森を抜けたその先、北東に一週間の距離にあります」

「一週間か……遠いな」

 距離にして三百キロ以上はありそうだ。
 前世で都心に住んでいたレンは車は持っておらず、会社に行くのも徒歩と交通機関を利用しての移動だった。
 
 だが、出勤と退社合わせても、一日三キロ程度の移動だ。その十倍以上の距離を一日に歩くとなると、先が思いやられる。

 しかし、前世とは比較にならないこの肉体をもってすれば、アリスに置いていかれるという醜態しゅうたいは少なくとも避けられそうだ。

「馬が残っていれば数日で着いたのですが、仕方ありません」

「そうだな。無い物をねだってもしょうがない」

「それで、この森……龍影の森というのですが、龍影の森はレスタム王国とドラウグル王国の国境にある巨大な森で、今いる場所はドラウグル王国内の森なんです」

 またレンの知らない単語が出てきたが、もう既にドラウグル王国の中にはいるらしい。つまり、この国の王都に向かってると言うわけだ。
 都市部ならレンにできる仕事も何かあるだろうか。
 アリスの様に救いを求めている人を助けると言っても、生きて行くには金がいる。それは異世界でも同じだろう。

「なるほど、大体わかった。ちなみにその龍影の森はどれくらいで抜けられるんだ?」

「私が森に入ってからの移動時間を考えると、おそらく、この調子で歩けば明日の正午には出られると思います」

「意外と早いな……!」

 アリスが案内をしてくれてる時点で、龍影の森からの脱出に不安はなかったが、この薄暗い森から、もう直ぐ出られると聞かされれば嬉しくもなる。

「ふふ……レン様が嬉しそうで私も嬉しいです!」

 レンの様子を見てアリスは薄く微笑む。

「そりゃ嬉しいさ。最初、森で目覚めた時はどうなることかと思ったんだからな」

「ですが、油断は禁物です!」

「そうだな。気が緩んで熊にでも襲われたら大変だ」

 異世界の森なら熊よりも危険な生物がいそうだが。
 なんせ龍影の森なんて名前の場所だ。ドラゴンがいるかもしれない。

「熊がいるかは分かりませんが、少なからず魔物はいますからね。お互い気をつけましょう!」

「――魔物っ!!?」

「きゃっ!?」

 レンが驚きのあまり、大声を出すと、アリスの肩が大きく跳ねた。

「ど、どうしましたか……?」

「魔物って、ドラ◯エの話しじゃないよな……?」

「ドラ……すみません……聞いたことない言葉ですね……」

 それはそうだろう。前世のゲ―ムの話などアリスに分かる筈がない。

「いや、すまん。魔物なんてものがいるとは思わなかったんだ」

「――記憶が無いんですもんね。驚くのも仕方ありません! 魔物というのはですね――」

 この後、アリスから魔物という生物の話を聞いた。魔物とは人間に害を為す生物の総称で、家畜や熊などの動物との違いはその危険度にあるらしい。
 
 そしてそれを決めるのは、冒険者ギルドという組織だそうだ。

(魔物に冒険者か、ここまでくるとドラゴンもいるんじゃないか……? 流石に魔王が世界を滅ぼすとかはやめてくれよ……)

 異世界のスケ―ルの大きさに懐疑的かいぎてきになるレンだった。
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