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第七話 王都到着

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「あっ! 見えてきましたよ! レン様!」

 少し前を歩いていたアリスが振り返り、笑顔で手を振ってくる。どうやらドラウグル王国の王都が見えてきたようだ。

「やっと着いたか。長かったなあ……」

「途中で天気が崩れなければ、もっと早く着く筈だったんですけど……」

 森から出て五日目、朝から豪雨に見舞われ二日ほど足止めされた上に、豪雨の影響で道が悪く、ここまで来るのに十日以上かかってしまった。

「自然現象はどうしようもない。それにしても流石は王都と言うべきか、ここからでもすごい存在感だな。どうやって街に入るんだ?」

 王都の四方八方を囲っている巨大な城壁。簡単に入れる様には見えない。

「どこかに王都へ入るための城門があると思うのですが、流石にここからだと見えませんね」

「……もしかしてあそこじゃないか? 人が集まってる」

 レンは遠くに見える人だかりを指さし、アリスの視線を誘導する。

「――え? レン様、ここから人が見えるんですか?」

「ああ、見える。どうやら、荷馬車を引いた行商人や、旅人っぽい服装の人たちが集まってるみたいだ……奥に鎧を着た兵士も見えるな」

「――そこまで見えるんですか!? 私も目は良い方ですが、砂粒ほども見えませんよ!?」

 どうやらアリスの反応を見るに、この世界でも今のレンの視力は異常な様だ。

「記憶を失う前のレン様って本当に何者だったのでしょうね……」

「――人じゃないのかもな」

「それは……どうでしょうね。レン様の外見はほとんど人族と同じ様に見えますが、髪や瞳の色などが人族の特徴とは異なります。
 なので、亜人族の可能性もありますが、レン様の特徴と一致する種族は聞いたことがありません」

 前世だったら、今のレンの真紅の瞳と縦長の瞳孔は異常だろう。
 だが異世界なら特段珍しいものでもないかもしれないと、淡い期待をしていたが、期待は外れたようだ。更には黒髪まで珍しいとは。

「亜人族? 人以外の種族がいるのか?」

「もちろんいますよ。人族と大きく見た目が異なる種族も多いですが、エルフやドワーフなど、それほど人と変わらない種族もいます」

 流石は異世界。やはり人以外の種族が存在するらしい。しかも前世でも聞いたことがある名前が出てきた。

「エルフか……」

 この世界ではどうか分からないが、エルフといったら森に住む耳の長い精霊というイメージだ。

「エルフは大森林の奥深くに住んでいるので、滅多に出会うことはありません。レン様はエルフに興味がおありですか?」

「そりゃあ、エルフは男のロマンだし……」

 創作物では総じて若く美しい姿で描かれる事が多いエルフ。
 レンも男なので、一目見たいと思うのは仕方がないだろう。

「どういう意味ですか……?」

 アリスにジト目で睨まれる。エルフという単語に浮かれて余計な事を言ってしまった。

「いや……ナンデモナイデス」

「エルフは美しい女性が多いと言いますもんね。レン様も男性ですので、興味を持つのは仕方がない事かもしれませんね」

 明らかに不機嫌になっていくアリス。言葉遣いこそいつも通りだが、アリスから聞いたことない冷たい声が発せられる。

「あの……アリスさん……?」

「大事な記憶を失ってもエルフの事は覚えてるんですもんねー?」

 こんなに機嫌が悪くなるとは、アリスはあまりエルフが好きではないのだろうか。
 そう思いながら、王都に着くまでアリスの機嫌を直すのに必死になるレンだった。



~~~



 なんとかアリスの機嫌を直し、城門前にやってくる。
 そこは先程レンが見た時と変わらず、行商人や旅人で賑わっていた。

「すみません。私たち、王都に入りたいのですが、ここから入れるのでしょうか?」

 アリスが近くにいた中年の兵士に声をかける。

「ん? ああ、そうだよ。今順番に王都に案内してるから、お嬢さんたちもこの番号札持って待っててな。順番きたらそこに書いてある番号で呼ぶから」

 中年の兵士がアリスに何やら文字が書かれた木の板を渡した。

「どれぐらい待つんだ?」
 
「そうだねえ。この人数だと夕暮れまではかかるかな。
 今王都は警備が厳しいからねえ。
 一人一人調べるのに時間が掛ってるんだよ。
 ま、あんなことが起きちゃ当然だけどね」

「何かあったのですか?」

「何って……あんたたちもしかして知らないのかい? 隣のレスタム王国でクーデターが成功した話」



~~~



「なるほどな。そりゃ隣国でクーデターが成功したともなれば警戒もするか」

「そうですね。ドラウグル王国はレスタム王国との友好国でしたから、その王家がクーデターにより滅んだともなれば心中穏やかではないでしょう。
 それにドラウグル王国内の情勢によっては、同じようにクーデターを起こそうと考える人々が出てくるかもしれませんしね」

 それは流石に笑えない話だ。クーデターの一番の被害者が逃げた先でもクーデターに巻き込まれるなど。

「ただ私が予想していたよりも、情報の伝達が早いですね。クーデターが成功した事まで伝わっているとは……」

「でもそれなら、アリスの知らない情報もあるんじゃないか?」

「そうかもしれませんね……」

 そう言うとアリスは少しの間考え込む。

「……情報はあるに越したことはありませんが、レスタム王国は私にとっては最早過去なので……今生きるためにやるべきことを優先しましょう」

 それがアリスの決断だった。王族たちが処刑されたという情報の真偽や、生まれ育った祖国が現状どうなっているのか、その情報収集に時間を使うことはアリスにとって最早優先すべきものではないらしい。
 レンにはそれが、強がっている様には見えなかった。
 ならアリスの意思を尊重するのがレンの役目だ。

「アリスがそう言うなら俺に異論はないよ」

「……レン様はやっぱり優しいですね」
 
 そう言うとアリスは薄く微笑んだ。



~~~



 城壁の入り口。現在レンたちは王都に入るため兵士から検問を受けている。

「王都に来た目的は?」

「旅に必要な装備品の調達をしに」

「旅人か? その割には妙な格好だが……まさか、後ろの兄ちゃんに攫われたどっかの貴族の娘とかじゃないだろうな?」

 アリスと話してた強面の兵士がレンのことを睨んでくる。
 今のアリスは旅人とは程遠い王女に相応しいドレスを着ている。もちろんあの引き裂かれたぼろぼろのドレスとは違うドレスだが、それでも、十日も同じ格好で旅をしていたせいで、裾は擦り切れ、ところどころ土や泥で汚れている。
 普通に見れば貴族の娘が金目当ての賊に攫われていると勘違いされても仕方がない状況だ。

「いや、俺は――」

「違います! 私がこんな格好なのは私の趣味です!」

 このままでは、誘拐犯として連行されるかもしれないと思いレンは弁明しようとするが、アリスの声がそれを遮る。

「――趣味?」

「そうです。私は旅人とは思えない格好をすることが趣味なのです。今回は世間知らずなお嬢様という設定でドレスを着用しています」

「……そう言えとその男に脅されてるのか?」

「いいえ! これを見てください!」

 そう言うとアリスはレンが持っていた旅の荷物から、引き裂かれたドレスを引っ張り出す。

「これは旅の途中で世間知らずなお嬢様が、男に襲われるという設定の時に着た衣装です! これでご理解いただけましたか? なんなら、私の考えた旅の設定を詳しく解説してもいいのですよ? 何時間掛かるか分りませんが」

「分かった、分かった!」

 強面の兵士がアリスの謎の勢いに押し負ける。
 その過程で兵士のアリスを見る目が、いたいけな少女から頭のネジがふっ飛んだ者に向けるものへと変わったのだが。

「もう行っていいぞ。変態趣味は結構だが、悪さはするなよ? 
 その時はこんな優しくないからな。兄ちゃんも疑って悪かった」

「はい! ありがとうございます!」

「いいんだ……それで」

 こんな適当な嘘をそのまま信じて、王都に入れるとは、この国の兵士は大丈夫なのだろうか。
 それにしても、あのアリスの言い訳には頭を抱える。もう少しマシな嘘があっただろう。 一歩間違えれば変質者としてアリスが連行されるところだった。
 アリスは意外と天然なのか。

「レン様。今、私を頭がおかしい女だと思いましたね?」

「――え……思って……ナイヨ?」

「レン様って嘘が下手ですね……」

 アリスに嘘が一瞬でバレてしまう。そんなに分かりやすいだろうか。

「あのですね……あの検問において、問答の内容はどうだっていいんです。そもそも私が考えなしにあんなふざけたこと言うわけないじゃないですか……」

「……だよな。急に天然おバカキャラに路線変更してきたのかと思ったよ」

「天然おバっ……ち、違いますよっ!」

 顔を真っ赤にしてアリスはレンの胸を叩いてくる。全然痛くない。

「あの顔が怖い兵士の後ろにもう一人別の兵士がいましたよね?」

「肩に真っ白なトカゲを乗せた兵士のことか?」

「トカゲじゃありませんよ。小さいですが、ドラウグル王国内に生息する希少なドラゴンです」

 トカゲにしてはデカいと思ったが、兵士の肩に乗る程度の大きさでドラゴンとは。なんともロマンがない。

「それで、その希少なドラゴンがどうかしたのか?」

「あのドラゴンはマリドラと言って、悪意を感じると鱗の一部が漆黒に染まるんです」

「……なるほどな。質問をすることで、あの兵士たちは相手に悪意があるかを見てたわけか。
 つまり、あそこでアリスに悪意がなければ何を言おうと関係ないと」

「そういうことです。ちなみに悪意が大きければ大きいほど、より広範囲の鱗が漆黒に染まるそうですよ」

 アリスが答えてる時、終始マリドラの鱗は真っ白だった。適当なことを言っても悪意がなければ問題ないということだろう。
 だとしてもアレはないだろと思うレンだった。
 しかし、それを再度指摘すればアリスは怒るので黙っておく。

「……レン様、何か失礼なことを考えていませんか?」

「――気のせいだろ」

「目を逸らさないでください……っ!」

 こうして、レンたちは無事王都に入ることに成功した。
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