夏の思い出

ちちまる

文字の大きさ
3 / 11

セミの夏

しおりを挟む

夏の空は高く、セミの声が木々に響き渡る。町のはずれにある小さな家で、中学生の遥は夏休みの課題に取り組んでいた。彼の家の庭には古いケヤキの木があり、そこはセミたちの好きな場所だった。

「遥、お母さん、お昼ご飯よ!」

母の声に、遥は鉛筆を置き、一息ついた。彼は部屋の窓から庭を見やる。太陽は容赦なく照りつけ、セミの声がさらに大きくなる。

「もう、うるさいなあ。」

彼は小さく呟いたが、その声には少しだけ愛着も混じっていた。遥にとって、セミの声は夏の始まりを告げる音だったからだ。

食後、遥は自転車で町を走り抜ける。目的地は、幼なじみのあかりが待つ公園。彼女は、いつも夏休みになるとセミの抜け殻を集めるのが趣味だった。

「遥!遅かったじゃん!」

あかりは、見つけた抜け殻を見せながら笑う。遥は苦笑いをしながら、隣に座った。

「どれ、見せてよ。」

あかりから渡された抜け殻は、見事に完全な形をしていた。太陽に照らされて金色に輝いているようだった。

「セミって、一生の大半を地中で過ごして、最後にこんなに綺麗に羽化するんだよね。」

あかりの声はいつもと違い、少し感嘆が混じっていた。

「うん、そして、短い生で最高に生きるんだ。」

遥が答えると、二人はしばらく公園のベンチに座り、ただセミの声を聞いていた。

その夜、遥は部屋で一人、抜け殻に思いを馳せた。彼はふと、自分もセミのように何かを成し遂げたいと強く思った。そして、翌日から、彼はあかりと一緒にセミの研究を始めることにした。

彼らは図書館で本を借り、インターネットで情報を集めた。セミの生態や羽化の過程を学び、またそれを地域の小学生に教えるボランティアも行った。

「セミの命は短いけど、その生きざまはとても美しいんだよ。」

遥が子どもたちにそう説明すると、彼らは一様に目を輝かせた。それを見たあかりは、遥に微笑みかける。

夏休みの終わりが近づいたある日、遥とあかりは再びその公園に行った。木々は青く、セミの声は少しずつ小さくなっていた。

「ねえ、遥。今夏、楽しかった?」

あかりの問いかけに、遥は頷いた。

「うん、すごくね。セミみたいに、一生懸命に生きた夏だった。」

「来年の夏も、また一緒に何かしようね。」

「約束だよ。」

二人は手を繋ぎ、夏の終わりの風を感じながら、これからも続く友情と、次の夏への期待を胸に秘めた。セミの声が、遠くで静かに鳴り続けている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

痩せたがりの姫言(ひめごと)

エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。 姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。 だから「姫言」と書いてひめごと。 別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。 語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

M性に目覚めた若かりしころの思い出 その2

kazu106
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、終活的に少しづつ綴らせていただいてます。 荒れていた地域での、高校時代の体験になります。このような、古き良き(?)時代があったことを、理解いただけましたらうれしいです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...