将棋の小説

ちちまる

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恋の駒音

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夕暮れの静かな将棋道場。ここは、東京の下町にある小さな道場で、毎週火曜日の夜には、地元の将棋ファンが集まり、腕を磨く場として親しまれている。その中で一際目立つ存在が二人いた。30歳の若手棋士、田中光一と、彼の幼なじみであり、将棋仲間でもある28歳の桜井美咲である。

光一と美咲は子供の頃からの知り合いで、一緒に将棋を学び、切磋琢磨してきた仲だ。美咲は女性棋士として数々の大会で優勝し、その実力は折り紙付きだった。光一もまた、多くのタイトルを獲得し、その名を将棋界に轟かせていた。

その夜、道場の一角で二人は対局していた。対局の合間、光一がふと美咲を見つめ、「今日は特に集中してるね、美咲」と微笑んで言った。

美咲は少し恥ずかしそうに微笑み返し、「光一に勝ちたいから、頑張ってるのよ」と答えた。彼女の瞳には強い決意と、少しの照れが混じっていた。

対局は進み、盤上は複雑な様相を呈してきた。光一の攻撃的な手に対し、美咲は冷静に受け流し、反撃の機会をうかがっていた。周囲の観戦者たちも、その緊張感に引き込まれていた。

途中、光一が大きな一手を打った。それは攻撃的でリスクの高い手だったが、美咲を追い詰めるには十分だった。美咲はその手を見つめ、一瞬考え込んだ。

「この手をどう受けるか…」と美咲は心の中でつぶやいた。彼女は光一の手筋を読み解き、冷静に対応策を練った。そして、美咲は慎重に一手を打ち返した。それは見事な受け手であり、周囲の観戦者たちからも感嘆の声が上がった。

対局は終盤に差し掛かり、盤上の形勢は互角だった。光一は美咲の成長を感じながらも、自分の全力を尽くして戦った。そして、ついに最後の一手を打ち終えた時、光一は深く息をついた。

「ありがとうございました、美咲」と光一は深く頭を下げた。その瞬間、観戦していた人々からも自然と拍手が沸き起こった。対局は引き分けとなったが、そこには勝敗を超えた何かがあった。

対局後、二人は道場の外に出た。夜風が心地よく、二人は静かに歩きながら話していた。

「今日は本当に楽しかったよ、美咲。君の成長を感じられて嬉しかった」と光一が言った。

美咲は少し恥ずかしそうに微笑み、「ありがとう、光一。あなたと対局するのが一番の勉強になるわ」と答えた。

しばらく歩いた後、二人は公園のベンチに腰を下ろした。美咲は夜空を見上げ、星が瞬く様子を見つめていた。

「光一、私ね…あなたに言いたいことがあるの」と美咲が静かに切り出した。

光一は驚いた様子で美咲を見つめ、「何だい、美咲?」と尋ねた。

美咲は一度深呼吸をし、勇気を振り絞って言った。「私、ずっと前から光一のことが好きだったの。でも、あなたと対等に戦える棋士になりたくて、その気持ちを押し殺してきたの」

光一は驚きと感動で言葉を失い、しばらく美咲の瞳を見つめていた。そして、ゆっくりと口を開いた。「美咲、僕も君のことをずっと大切に思っていたよ。でも、君がどんどん強くなっていく姿を見て、僕も負けられないって思っていたんだ」

美咲は涙を浮かべながら微笑み、「ありがとう、光一。私たち、これからも一緒に将棋を頑張っていこうね」と言った。

光一は優しく美咲の手を握り、「もちろんだよ、美咲。君と一緒に歩んでいけるなら、僕は何も怖くない」と答えた。

その後、二人は将棋界でますます活躍するようになり、お互いに切磋琢磨しながらも、愛を育んでいった。二人の絆は盤上だけでなく、人生の様々な局面でも深まっていった。

将棋道場の静かな夜に芽生えた恋は、光一と美咲の心を温かく包み込み、これからの未来を照らし続けるだろう。彼らの物語は、盤上の戦いだけでなく、愛と絆の物語としても永遠に語り継がれていくのである。
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