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第2会 ぬくもりのありかを探す駅
第1話 玲子の依頼①
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「……本当に本当なんですか」
何度目かのセリフに駅員の彼は顔を上げた。ぼんやりとした印象に反して、さっぱりした顔立ちをしている。涼しい目元が印象的で、思わずたじろいでしまった。
年齢は、たぶん20代前半ぐらい。シャツの襟元から裾まで、きっちり整えられた制服に乱れはなく、所作にも無駄がない。きっと、長く勤めている人なのだろう──そんな風に思わせるだけの落ち着きがあった。
「本当ですよ」
彼の声は穏やかだった。慣れているのか、表情ひとつ変えずにそう答える。
だけど、私の顔に不安がにじんでいたのだろう。彼は少し口元をやわらげて、もう一度言った。
「ここが、“死者と会える駅”──稲荷口駅です。間違いありません」
そう言われて、私は改めて辺りを見回す。
けれど、どう見てもそこは“ただの駅員の休憩室”だった。
こじんまりとした部屋の真ん中には、長方形の机が置かれている。よく見ると、会議室で見るような細長い折りたたみ式の机を横に二つ並べているようだ。
机の周囲にはパイプ椅子が並べられ、私と駅員の彼が向かい合う形で座っている。壁際には流し台とコンロ、冷蔵庫、電子レンジ、ウォーターサーバーが所狭しと並べられている。
ここが“死者と会える駅”? 本当に?
無理もない。まるで、うちの職場の休憩室と大差ないのだ。神社やお寺みたいな、もっと“それっぽい”雰囲気の場所だったら説得力もあっただろう。
──京都には、死んだ人に合わせてくれる駅があるらしい。
そんな噂を聞き、ネットの海をたどって辿り着いたのがこの稲荷口駅だった。ここが本当に“特別な場所”なのか、私の中で信じたい気持ちと信じきれない気持ちがせめぎ合っている。
緊張のせいか、さっきから喉が渇いてしょうがない。出されたお茶を飲もうと、紙コップに手を伸ばし、その軽さに中が空になったことを思い出す。
「──あ。お茶のおかわり、いかがですか」
彼の視線が、私の紙コップに向けられていた。私の答えを待たず、今にも立ち上がりそうな彼の動きを感じて、咄嗟に首を振る。
「……いえ、大丈夫です。おかまいなく」
「そうですか。もし、欲しくなったら言ってくださいね」
「……お気遣いありがとうございます」
……この短時間で三杯も飲んでいる。顔から火が出るほど恥ずかしかった。きっと彼には、どれだけお茶が好きなんだろう、って思われたかもしれない。想像して、身体がぎゅっと縮こまる。
「それでは依頼の方に戻りますね」
胸のポケットから、彼は黒い小さな手帳とペンを取り出す。その動きを目で追っていると、ちらりとネームプレートが視界に入った。
『西本州旅客鉄道 駅務係 深森』
どうやら彼の名は深森というらしい。偽名でなければ──。
疑いすぎだな、と自分にため息が出る。
彼はついさっきまで、改札口に立ち、お客さんの案内をしていた。そこへ私が声をかけたのだ。そんな人間が、偽名を騙ったネームプレートをつけているわけがない。彼は正真正銘の稲荷口駅に勤める駅員はずだ。
「ええっと、どこまで訊きましたっけ?」
「……あ、この駅のことをどこで知ったかという質問でした」
私が告げると、深森さんの表情が晴れる。
「ああ、そうでしたね。それで、どちらでここのことを?」
「……ネットです。きっかけは人づてに噂を聞いて、なんですけど、詳しくはネットで調べました」
ネットで調べた限りだと、“一見さんお断り”ではないらしい。辿り着ければ誰でも依頼できるという。現に深森さんは誰からの紹介かは訊ねてこない。
それより心配なことは料金だ。調べたところ依頼料金はさまざまで、無料から最高は何百万円もするとあった。何百万円も請求されるも怖いけれど、心配性の私からすると無料というのが一番怖い。
無料だということをダシにして、行われる詐欺なんてこの世にいっぱいある。それに相手の目的がお金だけとは限らない。
もっとダイレクトにこの身体がどうにかされてしまうかもしれない。女としての魅力はないけれど、酒もタバコもやらない私の健康な内臓はきっと高くで売れるはずだ。
「あの、お金は……いくらかかりますか?」
不安げな私に深森さんは、なんでもないように答える。
「いただいておりません」
「……え?」
ああ、やっぱり。頭の中でサイレンが鳴り響き、これから起こりうる“最悪な事態”のイメージが駆け巡る。
「心配されなくても、お金以外の対価を要求したりもしません。……なんて言えば言うほど怪しまれるかもしれませんが、いわばボランティアみたいなものなので安心してください」
まるで私の考えなどお見通しだというように、深森さんは優しい笑みを浮かべる。その表情に裏表があるようには見えない。
だけど、詐欺師というのはしばしば無害そうな善人の姿をしてターゲットに近づいてくるものだ。彼がそうでないとは言い切れない。
「あの、本当に本当に、ほーんとに大丈夫なんですか。詐欺とかじゃないですよね?」
詐欺師が詐欺だと答えるわけがないじゃないの、と思いながらも私はしつこく尋ねてしまう。なんて無意味なことをしたのだろう。これで、もし深森さんの気を悪くさせてしまったら……。申し訳なさで思わず顔を伏せてしまう。
「そんなに不安なら、依頼をキャンセルすることもできますよ。今ならまだ間に合います。どうされますか?」
何度目かのセリフに駅員の彼は顔を上げた。ぼんやりとした印象に反して、さっぱりした顔立ちをしている。涼しい目元が印象的で、思わずたじろいでしまった。
年齢は、たぶん20代前半ぐらい。シャツの襟元から裾まで、きっちり整えられた制服に乱れはなく、所作にも無駄がない。きっと、長く勤めている人なのだろう──そんな風に思わせるだけの落ち着きがあった。
「本当ですよ」
彼の声は穏やかだった。慣れているのか、表情ひとつ変えずにそう答える。
だけど、私の顔に不安がにじんでいたのだろう。彼は少し口元をやわらげて、もう一度言った。
「ここが、“死者と会える駅”──稲荷口駅です。間違いありません」
そう言われて、私は改めて辺りを見回す。
けれど、どう見てもそこは“ただの駅員の休憩室”だった。
こじんまりとした部屋の真ん中には、長方形の机が置かれている。よく見ると、会議室で見るような細長い折りたたみ式の机を横に二つ並べているようだ。
机の周囲にはパイプ椅子が並べられ、私と駅員の彼が向かい合う形で座っている。壁際には流し台とコンロ、冷蔵庫、電子レンジ、ウォーターサーバーが所狭しと並べられている。
ここが“死者と会える駅”? 本当に?
無理もない。まるで、うちの職場の休憩室と大差ないのだ。神社やお寺みたいな、もっと“それっぽい”雰囲気の場所だったら説得力もあっただろう。
──京都には、死んだ人に合わせてくれる駅があるらしい。
そんな噂を聞き、ネットの海をたどって辿り着いたのがこの稲荷口駅だった。ここが本当に“特別な場所”なのか、私の中で信じたい気持ちと信じきれない気持ちがせめぎ合っている。
緊張のせいか、さっきから喉が渇いてしょうがない。出されたお茶を飲もうと、紙コップに手を伸ばし、その軽さに中が空になったことを思い出す。
「──あ。お茶のおかわり、いかがですか」
彼の視線が、私の紙コップに向けられていた。私の答えを待たず、今にも立ち上がりそうな彼の動きを感じて、咄嗟に首を振る。
「……いえ、大丈夫です。おかまいなく」
「そうですか。もし、欲しくなったら言ってくださいね」
「……お気遣いありがとうございます」
……この短時間で三杯も飲んでいる。顔から火が出るほど恥ずかしかった。きっと彼には、どれだけお茶が好きなんだろう、って思われたかもしれない。想像して、身体がぎゅっと縮こまる。
「それでは依頼の方に戻りますね」
胸のポケットから、彼は黒い小さな手帳とペンを取り出す。その動きを目で追っていると、ちらりとネームプレートが視界に入った。
『西本州旅客鉄道 駅務係 深森』
どうやら彼の名は深森というらしい。偽名でなければ──。
疑いすぎだな、と自分にため息が出る。
彼はついさっきまで、改札口に立ち、お客さんの案内をしていた。そこへ私が声をかけたのだ。そんな人間が、偽名を騙ったネームプレートをつけているわけがない。彼は正真正銘の稲荷口駅に勤める駅員はずだ。
「ええっと、どこまで訊きましたっけ?」
「……あ、この駅のことをどこで知ったかという質問でした」
私が告げると、深森さんの表情が晴れる。
「ああ、そうでしたね。それで、どちらでここのことを?」
「……ネットです。きっかけは人づてに噂を聞いて、なんですけど、詳しくはネットで調べました」
ネットで調べた限りだと、“一見さんお断り”ではないらしい。辿り着ければ誰でも依頼できるという。現に深森さんは誰からの紹介かは訊ねてこない。
それより心配なことは料金だ。調べたところ依頼料金はさまざまで、無料から最高は何百万円もするとあった。何百万円も請求されるも怖いけれど、心配性の私からすると無料というのが一番怖い。
無料だということをダシにして、行われる詐欺なんてこの世にいっぱいある。それに相手の目的がお金だけとは限らない。
もっとダイレクトにこの身体がどうにかされてしまうかもしれない。女としての魅力はないけれど、酒もタバコもやらない私の健康な内臓はきっと高くで売れるはずだ。
「あの、お金は……いくらかかりますか?」
不安げな私に深森さんは、なんでもないように答える。
「いただいておりません」
「……え?」
ああ、やっぱり。頭の中でサイレンが鳴り響き、これから起こりうる“最悪な事態”のイメージが駆け巡る。
「心配されなくても、お金以外の対価を要求したりもしません。……なんて言えば言うほど怪しまれるかもしれませんが、いわばボランティアみたいなものなので安心してください」
まるで私の考えなどお見通しだというように、深森さんは優しい笑みを浮かべる。その表情に裏表があるようには見えない。
だけど、詐欺師というのはしばしば無害そうな善人の姿をしてターゲットに近づいてくるものだ。彼がそうでないとは言い切れない。
「あの、本当に本当に、ほーんとに大丈夫なんですか。詐欺とかじゃないですよね?」
詐欺師が詐欺だと答えるわけがないじゃないの、と思いながらも私はしつこく尋ねてしまう。なんて無意味なことをしたのだろう。これで、もし深森さんの気を悪くさせてしまったら……。申し訳なさで思わず顔を伏せてしまう。
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