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第2会 ぬくもりのありかを探す駅
第2話 玲子の依頼②
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手帳をパタンと閉じた彼に、私はビクリとする。やっぱり、くどすぎた。私の過剰な確認のせいで話が全然進まなかったことを、きっと怒っている。
おそるおそる顔を上げて、彼を見る。彼は鬼の形相で私を睨みつけて──いなかった。鬼どころか、むしろ太陽のような朗らかさで私の返答を待っている。どうやら本心から私を心配してくれているみたいだ。
「どうされますか?」
もう一度、彼が繰り返す。私は即座に首を横に振って答えた。
「いえ、すいません。キャンセルはしません。続けてください。すいません」
「では、続けさせてもらいますね」
手帳をまた開き、彼は次の質問に移る。
「まずは、お客様のお名前を教えてください」
「……えっと、吉口玲子です」
「それでは吉口さん。──ルールはどの程度ご存じですか?」
「だいたいのことは調べました。信憑性は分かりませんけど」
まるで刑事ドラマで見る聞き込み調査みたいに、深森さんは私が話すたびに手元の手帳に何かを書き加える。表面上だけ見ると、彼は本当に誠実そうだ。でも詐欺師というのは──と考えになりかけて、思考のブレーキを踏んだ。
これでは堂々巡りになってしまう。そもそも騙されてもいいという覚悟でここに来たんじゃなかったのか。“死者と会える”なんて夢みたいな話に縋らなきゃいけないほどに──追い詰められている。
今はより好みしている場合じゃない。頼れそうなものはなんでも頼らなければ。
「……ネットで見た話だと、憑依型ではないんですよね。イタコみたいな。本当に実際に死んだ人が目の前に現れるって」
「その通りです。死者の方とは生前と同じ姿で面会することになります」
「でも彼──私の会いたい人は、とっくの前に亡くなっていて、お墓に入っています。身体もお骨だけになってますよ。それでも大丈夫なんですか」
「大丈夫です。仕組みはお話しできませんが、生前と変わらない姿で直接お会いになれます」
ネットで調べたとき、何かの比喩だろうとあまり深く考えていなかったことだけに、唖然とする。そりゃあ、直接会えるなら越したことはないけれど。死者の言葉が聞きたいだけなら、私はこの駅なんかに来ずに、恐山に行っている。
けれど、常識的にありえない。それだけが、胸に引っかかる。
また確認してしまいそうになって、ぐっと喉に力を入れた。力を込めすぎて、むせてしまう。
──私は信じると決めたんだ。
「大丈夫ですか。やっぱりお茶、いれますね」
慌てて立ち上がった深森さんは冷蔵庫からペットボトルを取り出して持ってくる。どこにでもある、ごく普通の市販の緑茶だった。
彼はキャップを取ると、私の紙コップに中身を注ぐ。トクトクと小気味のいい音を立てて黄緑の液体が紙コップを満たす。
「さあ、飲んでください」
言われるがまま、紙コップに口をつけた。ひんやりとした緑茶が喉を通って胃に落ちていくのを感じながら、私は徐々に余裕を取り戻す。
「……落ち着きましたか」
「はい。すいません、わざわざ」
バッグの中からハンカチを取り出し、口もとを拭いながら言う。ハンカチをバッグに戻し、一度だけ深呼吸をした。かすかにほこりっぽさが鼻をくすぐる中で、目を閉じる。──もう大丈夫。
私が目を開いたとき、深森さんはもう自分の席に戻っていた。「続けても?」という彼からのアイコンタクトに、私は頷いた。
咳払いをひとつして、彼が続ける。
「改札係は、生きている人間から依頼を受け、持ち帰ります。そして指名された死者の方と交渉して了承を得られた場合、彼岸行きの列車を手配します」
「死者は電車でやって来る、ということですか」
「はい。彼岸発の臨時列車にご乗車いただきます」
私の脳内にオバケがゾロゾロと電車に乗り込むイメージが浮かぶ。シーツを被ったような姿のオバケが、朝の通勤ラッシュみたいに整列乗車する姿は、少し笑える。車内にパンパンに詰め込まれた彼らは、一体何を思うのだろう。
「死者は生前の姿を模した霊体で現れると考えていいですか?」
「霊体……」と深森さんがつぶやいた。それから、小さく息を吐く。
「霊体、というより本人という方が正しいです。この駅を訪れる死者の方は、幽霊やオバケの類いではなく、ちゃんと実体を持って現れます。なので触れることもできますよ」
「生身の人間ということですか?」
「はい。だからどちらか言うと一時的な“生き返り”と表現する方が近いですね」
深森さんはきっぱりと断言した。その口調から、圧倒的な自信が垣間見える。
「“生き返り”……ですか。ごめんなさい、ちょっとまだ実感が湧かなくて」
「依頼については最善を尽くしますので、ご心配なさらずに。ただ、相手のあることですから、絶対に会えるとは断言できませんが」
思わぬ方向からの言葉にはっとさせられる。よく考えてみれば、死んでいるとはいえ死者も人間なのだ。会いたいかどうかという本人の気持ちだってある。そこまで考えが及ばなかったのは、やはり私が死者を死者としか見ていなかったということだろう。
だって彼──私の大切な人は、もう呼びかけても応えてくれないし、私が寂しがっていてもそばにいてくれない。死というのはそういうものだから。
「それでは再会したい相手のお名前と死亡年月日を教えてください」
「……名前は、氷見聡介さん。4年前の夏に亡くなりました」
4年前の夏──。あのときから、私の中で時計の針は進んでいない。ずっと私は4年前の夏にいる。
おそるおそる顔を上げて、彼を見る。彼は鬼の形相で私を睨みつけて──いなかった。鬼どころか、むしろ太陽のような朗らかさで私の返答を待っている。どうやら本心から私を心配してくれているみたいだ。
「どうされますか?」
もう一度、彼が繰り返す。私は即座に首を横に振って答えた。
「いえ、すいません。キャンセルはしません。続けてください。すいません」
「では、続けさせてもらいますね」
手帳をまた開き、彼は次の質問に移る。
「まずは、お客様のお名前を教えてください」
「……えっと、吉口玲子です」
「それでは吉口さん。──ルールはどの程度ご存じですか?」
「だいたいのことは調べました。信憑性は分かりませんけど」
まるで刑事ドラマで見る聞き込み調査みたいに、深森さんは私が話すたびに手元の手帳に何かを書き加える。表面上だけ見ると、彼は本当に誠実そうだ。でも詐欺師というのは──と考えになりかけて、思考のブレーキを踏んだ。
これでは堂々巡りになってしまう。そもそも騙されてもいいという覚悟でここに来たんじゃなかったのか。“死者と会える”なんて夢みたいな話に縋らなきゃいけないほどに──追い詰められている。
今はより好みしている場合じゃない。頼れそうなものはなんでも頼らなければ。
「……ネットで見た話だと、憑依型ではないんですよね。イタコみたいな。本当に実際に死んだ人が目の前に現れるって」
「その通りです。死者の方とは生前と同じ姿で面会することになります」
「でも彼──私の会いたい人は、とっくの前に亡くなっていて、お墓に入っています。身体もお骨だけになってますよ。それでも大丈夫なんですか」
「大丈夫です。仕組みはお話しできませんが、生前と変わらない姿で直接お会いになれます」
ネットで調べたとき、何かの比喩だろうとあまり深く考えていなかったことだけに、唖然とする。そりゃあ、直接会えるなら越したことはないけれど。死者の言葉が聞きたいだけなら、私はこの駅なんかに来ずに、恐山に行っている。
けれど、常識的にありえない。それだけが、胸に引っかかる。
また確認してしまいそうになって、ぐっと喉に力を入れた。力を込めすぎて、むせてしまう。
──私は信じると決めたんだ。
「大丈夫ですか。やっぱりお茶、いれますね」
慌てて立ち上がった深森さんは冷蔵庫からペットボトルを取り出して持ってくる。どこにでもある、ごく普通の市販の緑茶だった。
彼はキャップを取ると、私の紙コップに中身を注ぐ。トクトクと小気味のいい音を立てて黄緑の液体が紙コップを満たす。
「さあ、飲んでください」
言われるがまま、紙コップに口をつけた。ひんやりとした緑茶が喉を通って胃に落ちていくのを感じながら、私は徐々に余裕を取り戻す。
「……落ち着きましたか」
「はい。すいません、わざわざ」
バッグの中からハンカチを取り出し、口もとを拭いながら言う。ハンカチをバッグに戻し、一度だけ深呼吸をした。かすかにほこりっぽさが鼻をくすぐる中で、目を閉じる。──もう大丈夫。
私が目を開いたとき、深森さんはもう自分の席に戻っていた。「続けても?」という彼からのアイコンタクトに、私は頷いた。
咳払いをひとつして、彼が続ける。
「改札係は、生きている人間から依頼を受け、持ち帰ります。そして指名された死者の方と交渉して了承を得られた場合、彼岸行きの列車を手配します」
「死者は電車でやって来る、ということですか」
「はい。彼岸発の臨時列車にご乗車いただきます」
私の脳内にオバケがゾロゾロと電車に乗り込むイメージが浮かぶ。シーツを被ったような姿のオバケが、朝の通勤ラッシュみたいに整列乗車する姿は、少し笑える。車内にパンパンに詰め込まれた彼らは、一体何を思うのだろう。
「死者は生前の姿を模した霊体で現れると考えていいですか?」
「霊体……」と深森さんがつぶやいた。それから、小さく息を吐く。
「霊体、というより本人という方が正しいです。この駅を訪れる死者の方は、幽霊やオバケの類いではなく、ちゃんと実体を持って現れます。なので触れることもできますよ」
「生身の人間ということですか?」
「はい。だからどちらか言うと一時的な“生き返り”と表現する方が近いですね」
深森さんはきっぱりと断言した。その口調から、圧倒的な自信が垣間見える。
「“生き返り”……ですか。ごめんなさい、ちょっとまだ実感が湧かなくて」
「依頼については最善を尽くしますので、ご心配なさらずに。ただ、相手のあることですから、絶対に会えるとは断言できませんが」
思わぬ方向からの言葉にはっとさせられる。よく考えてみれば、死んでいるとはいえ死者も人間なのだ。会いたいかどうかという本人の気持ちだってある。そこまで考えが及ばなかったのは、やはり私が死者を死者としか見ていなかったということだろう。
だって彼──私の大切な人は、もう呼びかけても応えてくれないし、私が寂しがっていてもそばにいてくれない。死というのはそういうものだから。
「それでは再会したい相手のお名前と死亡年月日を教えてください」
「……名前は、氷見聡介さん。4年前の夏に亡くなりました」
4年前の夏──。あのときから、私の中で時計の針は進んでいない。ずっと私は4年前の夏にいる。
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