京都伏見・たそがれ鉄道で会いましょう

秋月とわ

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第3会 赦しを願った駅

第9話 松野の依頼①

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「──では奥の部屋で、お話を伺います」

 ホームで声をかけた駅員は、穏やかな笑顔で俺を駅務室へと誘った。初めて入る駅務室は、一見どこにでもあるオフィスと変わらない。

 違うものがあるとすれば、壁に沿って置かれている機械たちぐらいだろうか。なんの機械かは分からないが、物々しさを漂わせているその鉄の箱は、場の雰囲気からかなり浮いている。

 駅員は、それら機械群をスルーして奥の部屋をのぞく。中に誰かいたのか、彼の足が止まる。

「あ、福寺さん。休憩中でしたか。──いえ、大丈夫です。どうぞ、そのままで」

 奥の部屋から女の声がした。きっと他の駅員だろう。

 俺を連れてきた駅員は、中にいる人間と何言か交わすと、すまなそうな顔で俺を見た。

「すいません、こちらの席でもいいですか?」

 彼が手で指したのは、オフィスに並ぶデスクのひとつ。さらに隣のデスクから椅子をもうひとつ持ってくる。

 並べられた椅子は、まるで職員室での呼び出しを連想させた。椅子が用意されているときは、長丁場を覚悟したっけ。

 駅員にすすめられて、俺は椅子に腰を下ろす。普段は会社でも座っている椅子なのに、なぜか緊張してしまう。職員室を連想したからだろうか。

 そわそわとしていると、いつのまにかいなくなっていた駅員が、紙コップを2つ携えて戻ってきた。

「粗茶ですが、どうぞ」

 ちょうど喉が渇いていたから、都合がいい。彼が差し出した1つを礼を言って受け取る。

「早速ですが──」

 俺の向かいの椅子に駅員が腰かけながら言った。

「駅のことは、どちらで?」
「……詳細はネットですが、駅の存在は伏見稲荷大社で見知らぬ女性から教えてもらいました」
「見知らぬ女性……ですか?」
「そうですね。金髪で巫女みたいな格好をした人でした」

 伏見稲荷であの女と出会ったから3週間。彼女の話を信じるには値せず、かと言って嘘だと切り捨てることもできなかった。だけど気づけば、暇な時に検索していた。

 あるとき、古い掲示板に行き当たった。そこには、あの女が言っていたことが、──それ以上に詳しく、ありありと書かれている。それを読みながら、俺の中の天秤は静かに、でも確実に“信じる”に傾いていった。

 そして、直近で仕事が早く終わる今日、“駅”を訪れることに決めたのだ。

「その女性は、変な言葉遣いをしていませんでしたか? 古風な感じで」
「……ええ。“~じゃ”とか言ってましたけど」

 俺の返答に、駅員がはっとする。それから小声で「珍しいな……」とつぶやくのが聞こえた。確かに、今どきあんな喋り方をするのは珍しい。

 あらためて駅員を見た。やっぱり何度見ても、どこにでもいるような普通の駅員だ。こんなやつが本当に死者に会わせることができるのだろうか。

 年齢も俺と同世代か少し下。多分20代前半か半ば。ひょろっとはしているが駅員の制服もしっかり着込んで誠実そうではある。ただ、気になるのが目にかかりそうな前髪だ。涼しげな目元のおかげか無造作でも不潔さは感じないが、客商売のくせに身だしなみがたるんでいる。

 駅員は、胸のポケットから黒い小さな手帳とペンを取り出すと、そこに何か書き込んだ。そして顔を上げると、さらに尋ねる。

「それでは、お客様のお名前を教えてください」

 人に名前を尋ねる前にお前が名乗るのが礼儀だろ、と突っかかりたい衝動を抑えた。ナメた態度とりやがって、と心の中で毒づく。

 咳払いをひとつして、俺は名乗った。

「……松野友輝といいます。ちなみに駅員さんのお名前は? 俺はなんて呼んだらいいですかね」

 予想外の返答だったのか、駅員は目を丸くしている。それでも俺の意図を汲んだようで、スッと背筋を伸ばした。

「ああ、そうですね。……申し遅れました。私、たそがれ鉄道、稲荷口駅改札係の深森公平と申します」
「たそがれ鉄道? ここって西本州旅客鉄道の駅ですよね?」

 目だけで彼のネームプレートを確認する。そこにはちゃんと、『西本州旅客鉄道 駅務係 深森』の文字があった。

「たそがれ鉄道ってなんなんですか? 聞いたことないけど……」
「たそがれ鉄道は、死者の方が乗車される列車のことです。普通の鉄道路線ではないですから、ご存じなくて当然でしょう」

 角のない丸い声で言うと、深森は視線を手帳に落とす。

「改めてまして、始めますね。松野さんはルールをどこまでご存じですか?」
「ネットでだいたいのことは読みましたよ。だから心配ご無用」

 伏見稲荷で会ったあの女が言っていた通り、“駅”で会える死者というのは生前の姿のままだという。イタコ的な降霊ではないらしい。ネットの書き込みだからどこまで正しいかわからないが。

「でもホントなんですか。生前の姿のままって。それってオバケってことでしょ?」
「それは違います」

 きっぱりとやつは言い切った。手帳から顔を上げると続ける。
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