京都伏見・たそがれ鉄道で会いましょう

秋月とわ

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第3会 赦しを願った駅

第10話 松野の依頼②

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「オバケや幽霊は人の想いが集合したもので実体を持ちません。ですが当駅を訪れる死者の魂には一時的に実体が付与されるんです。イメージとしては“生き返り”に近いですね。ですから生前とまったく同じ姿で、触れることもできます」

 まだ、いまいち信用はできないが、もしこれが事実だとすれば、俺はあいつに会って、触れることができる。それはまさに“生き返り”だ。

「あ、でも。相手はもう火葬されているはずですよ。場所は知らないけど墓にも入っているはず。どうやって連れてくるんですか?」
「仕組みについては答えられません。ですが生前と変わらない姿で現れるのは保証します」

 言い慣れているのか、深森はスラスラと息を吐くが如く断言する。げんなりした様子はないが、淡々とした口調はその質問が聞き飽きていることを物語っている。

「改札係は、生きている人間から依頼を受け、持ち帰ります。そして指名された死者の方と交渉して了承を得られた場合、彼岸行きの列車を手配します」

 了承を得るという言葉が耳に引っかかった。ということは得られないこともあるのか? もし死者に選択の余地があるなら、俺の依頼は成立しない可能性が高い。

「了承を得られない場合もあるんですか?」

 おそるおそる訊くと深森は、これも事務的に答える。まるでカンペでも読んでいるみたいに。

「あります。これは後で説明しようと思っていたんですけど、死者の方も生きている方も再会できるチャンスは1度だけです。死者の方が先に他の誰かにチャンスを使っていたら、もう会えません。そして死者の方は、生者を指名できません。会いたい人が呼んでくれるまで、辛抱強く待つ必要があります。ですからチャンスが残っていたとしても戦略的に要請を断ることも考えられます」

 その瞬間、俺の希望はついえた。そんな貴重な機会をあいつが俺のために使うわけがない。

「……断られたら、どうなるんですか? チャンスは1回なんでしょ?」
「拒否されたら依頼は不成立となり、1回にはカウントされません。再度依頼は可能です。他の方でも、もちろん同じ人でも。何度も回数を重ねるうちに相手も心変わりするということもありますから、あまり悲観的にはならないでください」

 まるで俺の心を見透かしたように深森は、柔らかい笑みを浮かべている。あの女にしてもこいつにしても、たそがれ鉄道に関係するやつは不気味なやつばかりだ。

「それから、これは生きている方にも言えることなんです」

 途端に深森の表情が真剣になる。やつの刺すような視線がこちらに向けられ、俺は思わず息をのんだ。

「死者に会えるチャンスは一度しかありません。そのため、本当に今、その人に会うべきなのか。あるいは、もっと年を重ねたときのために、その一度きりの機会を取っておくべきではないのか──よく考える必要があります。それでも依頼されますか?」

 たった一度きりの機会──。それでも俺は会うべきだと思う。過去を清算して父親になるためには。

「ええ、依頼します」

 頷くと、深森は手帳に視線を戻した。そしてペンを構える。

「承知しました。では、会いたい相手の名前と死亡年月日、ご関係、それと会いたい理由を教えてください」

 飲み込んだ唾が喉で音を立てるのを感じながら、俺はついにあいつの名前を告げる。心にずっと引っかかっていたあの名前を──。

「会いたい相手は、新田悟。中学の同級生。死んだのは今から12年前だ。理由は……理由は必要ですか」
「理由を持って相手に交渉するので必要です。松野さんも理由も言いたがらない人と会いたいとは思わないでしょ?」

 顔を上げた深森が目を細める。こいつの言うことがもっともなのも、いちいち癪に障る。

 咳払いをして、気を取り直す。

「じゃあ、理由は……伝えたいことがあるから、で」

 何か書き込み終えると深森は、手帳をパタンと閉じた。そしてスッと俺を見る。

「ご依頼を正式に受け付けました。死者の方と会えるのは終電から始発までの一晩だけです。これから先方と交渉して了承を得られれば、今のダイヤだと午前0時ごろから午前5時ごろまでとなります」

 手帳とペンを胸ポケットにしまいながら、深森は続ける。

「日取りにつきましては後日、調整いたします。他に何かご質問ありますか? なければ以上となりますが」

 ひとつ大事な話がされていないことに俺は気づいていた。金だ。料金の話。見積もりだけでも金を取られるのが世の常。それが死者と合わせてくれるというのに金の話が出ないなんておかしい。何かしらの詐欺じゃないのか。

 ここまで来て詐欺の可能性を疑っていなかった自分を恥じた。どう考えても、真っ先に詐欺を疑う案件じゃないか。

 ぎっ、と深森を睨む。やつは柔らかい雰囲気をまといながら、俺の返事を待っている。あんな無害そうな顔をしながら、やっていることは悪どいじゃないか。

「深森さん、俺は騙されませんよ。詐欺なんでしょ? 一体、いくらふんだくるつもりだったんですか」

 裁判中の検事のように眉を寄せて追及する。それなのに深森は狼狽えることもなく、笑顔を崩さない。

「料金は発生しません。慈善事業のようなものです。…ただし、得られるものがある分、失うものもあるかもしれませんが」

 含みを持たせた言い草が鼻についた。やけに芝居がかった言い回しだ。

 どちらにせよ、無料なのはいいことだ。タダより怖いものはないとも言うから油断は禁物だが、たとえ詐欺だったら、補償を鉄道会社に要求すればいいだけのこと。

 いい弁護士を探すところからになるのが厄介だが、知り合いにそういう方面に強いやつがいるし、なんとかなるだろう。

 他に質問はないですか、という深森の問いに俺は頷いた。


 駅務室の出口まで見送りについてきた深森に、俺は尋ねる。

「やけに女のことを訊いてましたけど、何か心当たりあるんですか? この界隈では有名な変人だとか」
「まあ、少し。知り合いかもと思いまして」

 類は友を呼ぶという言葉通りだな、と思いながら俺は駅を後にした。
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