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第4会 姉の願いに気づく駅
第2話 雫の依頼②
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「福寺さん、お客様の具合はどうですか?」
「いま、水を飲ませたとこっす。本人も少し休んだら大丈夫って言ってますから、そこまで酷くないと思います」
ほっとした安心が、深森さんの顔に笑みとなって浮かぶ。私も思わず、胸の奥のこわばりが緩むのを感じた。
深森さんは部屋に入ってくると、膝をついて、座る私に視線を合わせる。さっきはしんどくて、それどころじゃなかったけれど、よく見ると涼しい目元をしている。
「大事がなくて何よりです。ひとりで帰れますか? 必要ならおうちの人に連絡することもできますよ」
慈悲に満ちた目を向けられ、私はそっと視線を逸らした。大人の男の人と話すことなんて、お父さんか学校の先生以外あまりない。しかもこんなお兄さんなんてもっと。
心臓がまた鼓動を速めた。今度は別の意味で倒れそうだ。
「……は、はい。大丈夫です。ご迷惑おかけしました……」
「気にしなくて大丈夫ですよ。お客様の安全を守るのが私どもの役目ですから」
歯を輝かせて笑う彼に、頬が熱くなる。実際は普通の笑顔だったかもしれないけれど、私にはアイドルがカメラ目線で笑うのと同じように見えた。
また緊張が戻ってきたところで、本来の用事を思い出す。
──そうだ、私はあれを訊きにきたんだ。
でも、内容が内容だけに変に思われるかもしれない。深森さんが苦笑いするのを想像して、言おうかどうか躊躇する。
心の中で、お姉ちゃんの声が聞こえる気がした。
──雫、言わなきゃ始まらないよ。
私はゆっくり顔を上げた。
「あ、あの……その……お姉ちゃんに……会いたくて、来たんです」
その場にいた2人の駅員さんは、一瞬きょとんとした顔をした。そりゃ、そうだ。いきなりそんなことを言われても、意味がわからないに決まってる。
「……えーっと、お姉ちゃんに迎えに来てもらえばいいってことかな?」
戸惑いながらも福寺さんが、私の言葉を現実的に解釈する。それに私は首を横に振る。
「……あの、この駅は死んだ人に会えるって……。お姉ちゃん、私が小さい頃に亡くなってて……」
福寺さんの表情が凍りついた。いや頭の中が処理しきれずにフリーズしたというほうが正しいかもしれない。
とにかく理解できない、という風に、笑みを浮かべたまま凍りついている。
……やっぱり。こうなると思っていたんだ。ああ、もう怖くて深森さんを見ることができない。
それでも彼の反応が気になって、横目でちらりと見てしまう。きっと後悔するはずなのに。
しかし、深森さんの反応は想像と違った。
彼は、目を点にすることなく、しっかりと私を見据えている。その目の奥には、私への理解があった。
「……えっと、やっぱり家の人呼んだほうがいいっすかね?」
「いや、ここは僕が担当します。福寺さんは、通常業務に戻ってください」
ようやく氷が解けた福寺さんに深森さんが、そう指示を飛ばす。
ぎこちない動作で部屋を出ていく福寺さんの私を見る顔がさっきまでとは違う。こうなるのが普通だ。私だって、見知らぬ女子高生がこんなこと言い出したら、同じ反応になる。
深森さんとふたりっきりになったところで、ようやく彼が立ち上がった。そして、私の向かい側の椅子に座る。
何かが始まりそうな雰囲気に、背筋を伸ばさずにはいられない。私はこの人が理解を示してくれていると勝手に解釈したけれど、今さらになって他のパターンがあるんじゃないかと不安になる。
荒れ狂う立てこもり犯に、怒号を浴びせずに優しく投降を迫る交渉人のように、私を刺激しないようにしているんじゃないかと。
何を言い出すか注意深く彼を観察する。別に敵意はなさそうだけれど……。
「お客さまは──」
机の上で手を組んだ深森さんが口を開く。
「たそがれ鉄道のご依頼でしょうか?」
「……たそがれ鉄道!」
聞き覚えのある言葉に、思わず声が大きくなる。記憶の奥底に眠っていたその名前を私は昔、聞いたことがあったはず。
私のリアクションが意外だったのか、深森さんは目を見開く。少し声が大きすぎたかもしれない。申し訳なくなって、縮こまる。それから、普通のトーンで尋ねた。
「あ、あの、死者に合わせてくれる駅って、たそがれ鉄道の駅なんですか。私、姉に会いたいんです」
「──ええ。その通りです。生きている者と死んだ者を一度だけ引き合わせることができる。それがたそがれ鉄道です。初めからその名前を知っている人はなかなかいないので、驚きました……」
「昔、誰かに教えてもらったんです。たそがれ鉄道の駅に行けば、死んだお姉ちゃんに会えるって。路線の名前までは、いまの今まで忘れてたけど、“たそがれ鉄道”って名前聞いて、一発で思い出しました」
そうだった。遠い昔。お姉ちゃんが亡くなって悲しむ私に誰かが言ったのだ。それが誰かは、はっきり思い出せないけれど。
駅と鉄道、違いがあれど、なぜ学校で“死者と会える駅”の噂を聞いた時に思い出さなかったのだろう。対象物が微妙に違うからかな。
「え、駅員さん──深森さんは、たそがれ鉄道の人なんですか?」
「はい。私がご依頼を承っています。お客様は、お姉様に会いたいとのことですが、ご依頼されますか?」
「は、はい! します! 依頼!」
取れるんじゃないかっていうぐらい首を振って同意した。また声が大きくなってしまって、深森さんが小さく驚いていた。
私は、はっとして口に手を当てた。今さら遅いけど。でも急にテンションが上がるのはお姉ちゃんっぽいかも。
「いま、水を飲ませたとこっす。本人も少し休んだら大丈夫って言ってますから、そこまで酷くないと思います」
ほっとした安心が、深森さんの顔に笑みとなって浮かぶ。私も思わず、胸の奥のこわばりが緩むのを感じた。
深森さんは部屋に入ってくると、膝をついて、座る私に視線を合わせる。さっきはしんどくて、それどころじゃなかったけれど、よく見ると涼しい目元をしている。
「大事がなくて何よりです。ひとりで帰れますか? 必要ならおうちの人に連絡することもできますよ」
慈悲に満ちた目を向けられ、私はそっと視線を逸らした。大人の男の人と話すことなんて、お父さんか学校の先生以外あまりない。しかもこんなお兄さんなんてもっと。
心臓がまた鼓動を速めた。今度は別の意味で倒れそうだ。
「……は、はい。大丈夫です。ご迷惑おかけしました……」
「気にしなくて大丈夫ですよ。お客様の安全を守るのが私どもの役目ですから」
歯を輝かせて笑う彼に、頬が熱くなる。実際は普通の笑顔だったかもしれないけれど、私にはアイドルがカメラ目線で笑うのと同じように見えた。
また緊張が戻ってきたところで、本来の用事を思い出す。
──そうだ、私はあれを訊きにきたんだ。
でも、内容が内容だけに変に思われるかもしれない。深森さんが苦笑いするのを想像して、言おうかどうか躊躇する。
心の中で、お姉ちゃんの声が聞こえる気がした。
──雫、言わなきゃ始まらないよ。
私はゆっくり顔を上げた。
「あ、あの……その……お姉ちゃんに……会いたくて、来たんです」
その場にいた2人の駅員さんは、一瞬きょとんとした顔をした。そりゃ、そうだ。いきなりそんなことを言われても、意味がわからないに決まってる。
「……えーっと、お姉ちゃんに迎えに来てもらえばいいってことかな?」
戸惑いながらも福寺さんが、私の言葉を現実的に解釈する。それに私は首を横に振る。
「……あの、この駅は死んだ人に会えるって……。お姉ちゃん、私が小さい頃に亡くなってて……」
福寺さんの表情が凍りついた。いや頭の中が処理しきれずにフリーズしたというほうが正しいかもしれない。
とにかく理解できない、という風に、笑みを浮かべたまま凍りついている。
……やっぱり。こうなると思っていたんだ。ああ、もう怖くて深森さんを見ることができない。
それでも彼の反応が気になって、横目でちらりと見てしまう。きっと後悔するはずなのに。
しかし、深森さんの反応は想像と違った。
彼は、目を点にすることなく、しっかりと私を見据えている。その目の奥には、私への理解があった。
「……えっと、やっぱり家の人呼んだほうがいいっすかね?」
「いや、ここは僕が担当します。福寺さんは、通常業務に戻ってください」
ようやく氷が解けた福寺さんに深森さんが、そう指示を飛ばす。
ぎこちない動作で部屋を出ていく福寺さんの私を見る顔がさっきまでとは違う。こうなるのが普通だ。私だって、見知らぬ女子高生がこんなこと言い出したら、同じ反応になる。
深森さんとふたりっきりになったところで、ようやく彼が立ち上がった。そして、私の向かい側の椅子に座る。
何かが始まりそうな雰囲気に、背筋を伸ばさずにはいられない。私はこの人が理解を示してくれていると勝手に解釈したけれど、今さらになって他のパターンがあるんじゃないかと不安になる。
荒れ狂う立てこもり犯に、怒号を浴びせずに優しく投降を迫る交渉人のように、私を刺激しないようにしているんじゃないかと。
何を言い出すか注意深く彼を観察する。別に敵意はなさそうだけれど……。
「お客さまは──」
机の上で手を組んだ深森さんが口を開く。
「たそがれ鉄道のご依頼でしょうか?」
「……たそがれ鉄道!」
聞き覚えのある言葉に、思わず声が大きくなる。記憶の奥底に眠っていたその名前を私は昔、聞いたことがあったはず。
私のリアクションが意外だったのか、深森さんは目を見開く。少し声が大きすぎたかもしれない。申し訳なくなって、縮こまる。それから、普通のトーンで尋ねた。
「あ、あの、死者に合わせてくれる駅って、たそがれ鉄道の駅なんですか。私、姉に会いたいんです」
「──ええ。その通りです。生きている者と死んだ者を一度だけ引き合わせることができる。それがたそがれ鉄道です。初めからその名前を知っている人はなかなかいないので、驚きました……」
「昔、誰かに教えてもらったんです。たそがれ鉄道の駅に行けば、死んだお姉ちゃんに会えるって。路線の名前までは、いまの今まで忘れてたけど、“たそがれ鉄道”って名前聞いて、一発で思い出しました」
そうだった。遠い昔。お姉ちゃんが亡くなって悲しむ私に誰かが言ったのだ。それが誰かは、はっきり思い出せないけれど。
駅と鉄道、違いがあれど、なぜ学校で“死者と会える駅”の噂を聞いた時に思い出さなかったのだろう。対象物が微妙に違うからかな。
「え、駅員さん──深森さんは、たそがれ鉄道の人なんですか?」
「はい。私がご依頼を承っています。お客様は、お姉様に会いたいとのことですが、ご依頼されますか?」
「は、はい! します! 依頼!」
取れるんじゃないかっていうぐらい首を振って同意した。また声が大きくなってしまって、深森さんが小さく驚いていた。
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