京都伏見・たそがれ鉄道で会いましょう

秋月とわ

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第4会 姉の願いに気づく駅

第3話 雫の依頼③

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「それでは、依頼をお聞きします。まず、お客様の名前を教えてください」
「い、井川雫です。鴨川西高校1年生です」
「井川さん、どこでこの駅のことを知りましたか?」
「が、学校です。都市伝説になってますよ、この駅。ネットでも調べて駅名まで特定しました。……そ、それとさっきも言いましたけど、小さい時に誰かから聞きました」
「誰か?」

 胸ポケットから手帳とペンを出して、何か書き込んでいた深森さんの手が止まる。顔を上げると、私をじっと見た。

「それが誰かまでは思い出せませんか?」
「……は、はい。すいません……」
「謝らなくて、大丈夫ですよ。気楽に」

 そのあと、私は深森さんに駅のルールをどこまで知っているのか尋ねられた。私が知る限りだと、会えるのは一生に一回だけ、憑依ではなく実際に故人本人に会える、など学校の噂とネットの海で拾った話をすると、彼は無言で手帳に何かを書き記す。

「次ですが、会いたい死者の方──お姉様の名前と死亡年月日を教えてください」
「あ、姉の名前は、井川咲良。5年前のゴールデンウィークに亡くなりました」

 思い出したくもないあの日の出来事。あの日のことを思うと、胸が苦しくてどうしようもなくなる。お姉ちゃんは中学3年生という若さでこの世を去った。それも溺愛していた私のせいで。

 深森さんが、ペンを動かす。多分、お姉ちゃんの名前を書き込んでいるんだろう。ふとその手が止まったところで、お節介かもしれないけれど、つい「“さくら”は咲く良くと書きます」と漢字を説明する。

 ペンが動き始め、深森さんが「ありがとうございます」と微笑んだ。彼の柔らかい笑顔は見るものを癒す効果があると思う。

「最後に、会いたい理由を教えてください」
「……お姉ちゃんに、謝りたいから、です」

 謝りたい。私は、お姉ちゃんに謝らなくてはいけない。あの日から、ずっと私は私を責め続けている。しかしそれだけじゃあ、何も変わらない。ちゃんとお姉ちゃんの目を見て、謝りたい。もう叶わないそんなことを、願い続けていた。

 記入が終わると深森さんは手帳を閉じて、ペンと一緒に胸ポケットにしまう。それを合図にしたように部屋の空気がゆるりと変わる。決して深森さんから圧を感じていたわけじゃないけれど、話すことを全部話したと思うとひと仕事終えたような脱力感があった。

「依頼を正式に受ける前にご説明しなければいけない点がいくつかございます」
「……せ、説明?」

 深森さんは、また机の上で手を組むと顔を上げた。その顔が真剣な表情をしていることに気がついて、ふた仕事目が始まったことを悟る。しばしの脱力に別れを告げ、背筋を伸ばした。

「ご依頼の内容は死者の方にお伝えさせていただきます。その上で、死者の方に依頼を受けるかどうか判断していただきます。最終的に死者──今回ですとお姉様の意向が反映されるかたちになります」
「お、お姉ちゃんが、会いたくないって言ったらどうなるんです……?」
「その場合、依頼は不成立となり再会はできません」

 私が会いたいと言ったら、お姉ちゃんならなんて言うだろうと想像する。

 いつも明るくて、快活だったお姉ちゃん。そのお姉ちゃんが、怖い顔で拒否する姿は想像つかない。たとえ怒っていたとしても会うことを拒否するんじゃなくて、顔を突き合わせて、はっきり文句を言うタイプ。

 私とは正反対だ。

「次に、再会は一度きりの機会になります。生者ひとりに対し、死者ひとり。すでに他の誰かがその死者と再会していた場合、その死者とはもう誰も会えません。もしお姉様が、すでに別の誰かと再会されていた場合、井川さんとの再会は叶いません」
「え、お姉ちゃん。誰かにもう会ってる可能性があるんですか!?」
「可能性はあります。ただ正確に再会の有無を申し上げることはできません」

 きっぱり言い切る深森さんに、一抹の不安を感じる。お姉ちゃんは、人気者だったから会いたい人がもう出てきていても不思議じゃない。それにまだ誰にも会っていないとしても、私がその機会を使ってもいいんだろうか。

 私より会うべき人──お母さんやお父さんのために、とっておいた方がいいのかもしれない。私の自己満足な謝罪のために、そんな貴重な機会を使うのは忍びない。

 でもそんな不安を深森さんは吹き飛ばした。

 なんでも彼が言うには、死者は会いたい生者を指名できないらしく、目的の人が会いにきてくれるまで、あえてそのほかの依頼を断ることがあるそうだ。

 そして断られた際は、依頼不成立として、生者は別の依頼にその機会を使うことができるらしい。

 なら、お姉ちゃんが私より他の人に会いたかったら、断るはず。そして、そうなったとしても私の貴重な1回は失われない。

 安心する私に、深森さんが重ねるように言う。芯のある眼差しで私を見つめて。

「これは生者にも言えることなんです。死者に会えるチャンスは一度しかありません。そのため、本当に今、その人に会うべきなのか。あるいは、もっと年を重ねたときのために、その一度きりの機会をとっておくべきではないのか──よく考える必要があります」
「──だ、大丈夫です」

 考えるまでもなかった。お姉ちゃんが私の立場なら、そう胸を張って答えたはずだ。そして私自身の考えもお姉ちゃんと同じ。これだけは演じなくてもいい。

「はい、承知しました。──最後に死者の方と会えるのは終電から始発までの一晩だけです。これから先方と交渉して了承を得られれば、今のダイヤだと午前0時ごろから午前5時ごろまでとなります。日取りにつきましては後日、調整いたします」
「は、はい。お願いします!」

 思わず立ち上がってお辞儀する。頭を上げたとき、またふらりとした。視界が歪むのを感じながら、どさりと倒れ込むように椅子に座る。せっかくマシになってきたのに、急に動いたからかもしれない。

 ぐにゃぐにゃの視界の中で深森さんが「大丈夫ですか!?」と驚いた様子でこちらをのぞき込むのが見えた。私は人差し指をこめかみに添えるように押さえて、ゆっくり息を吐く。

「──だ、大丈夫です。でももう少し休んでいっていいですか?」
「はい、ごゆっくりどうぞ」

 深森さんの心配を含んだ穏やかな声に心を落ち着かせながら、ふた仕事目が終わったことに私は、ようやく安堵した。
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