夜の公園で出会った彼女は、死のうとしていた。

秋月とわ

文字の大きさ
9 / 50
2.一人目

6

しおりを挟む
 それから二人で帰路についたが、駅まで向かう道でも電車の中でも僕たちの間に一切会話はなかった。先行する僕の後ろを二、三歩間隔をあけて野宮がついてくる。そんな距離感のまま家の最寄り駅まで戻ってきた。
 改札口を出ると外は夜の闇がさらに濃くなっていた。時間も時間なので駅前の人出もほとんどない。
 野宮にひと言だけ別れを告げて歩き出すと、すぐに背後から声がした。
「送ってくれないんですか?」
「あんなことを言ったあとで、よくそんなことが言えるな」
 不満そうな野宮に冷たく言い放つと僕は家に向かって歩みを進めた。
 すると再び背後から「個人情報、どのサイトにしよう……」と野宮が呟くのが聞こえた。その魔法の言葉で僕は回れ右をして野宮の元に舞い戻った。
「……送っていくよ」
「えっー。本当ですか? ありがとうございます」
 わざとらしい野宮を見て僕はあの日公園に行ったことを激しく後悔した。
 それでも弱みを握れている以上、言うことを聞かなければならない。僕は野宮とともに歩き始めた。
 野宮の家は、駅から十分くらいの住宅街にあった。
 野宮があそこです、と指した家は赤茶色の屋根をした一軒家だった。壁面は一部レンガを基調としたデザインで、ガレージにはシルバーのセダンが停められていた。家族はもう寝てしまったのか家の明かりは消えてひっそりとしている。
「ここでいいです。送ってくれてありがとうございました」
 野宮はそれだけ言うと明かりの消えた家に入っていった。
 野宮の姿が完全に見えなくなるのを見届けて僕はやっと帰路につくことができた。
 街灯が照らす夜道を歩きながら、石山のことを考えていた。まさか、石山が僕の大学の近くにある大学に通っていたなんて驚きだ。まあ、片や日本を代表する国立大学、片や馬鹿ばっかりの三流私立大学と学力の差はあるが、そんなことは気にしない。久しぶりにメールができただけで十分だ。
 メールでは期末考査が終わったら遊ぼうとあった。僕の大学では期末考査は来週から始まる。たぶんどこの大学も似たような時期だろう。そうなると一番早くて来週末といったところか。
 久しぶりに石山と会って何をしよう。中学時代と違って今は大学生だ。あの頃よりたくさんのことができるようになったはずだ。さて、計画を立てないと……。
 そう思ったが、石山以外友達がいない僕は「友達と遊びに行く」という経験がまったくなく、何をすればいいのかわからなかった。よく考えてみれば「あの頃」である中学時代ですら石山と一緒に遊びに行ったことはなかった。いつもクラス上位の成績を誇っていた石山は勉強に忙しく、遊びに誘ってもいつも塾があるからと申し訳なさそうにしていた。

『本当に石山さんとは仲が良かったんですか』

 不意に野宮の不穏な言葉が頭の中でリフレインした。
 いやいや、そんなはずない。僕と石山は正真正銘の親友だ。だって学校では常に一緒にいたし、話だってたくさんした。仲がよくなかったらこんなことはしない。
 たかが女子高生の戯言に惑わされるなんてどうかしている。僕は頭を左右に振って野宮の不穏な言葉を払い退けた。
 何をするかは後でネットで調べよう。そういえば石山は見た目こそ地味だったが、僕と違って友達が多かった。遊びの一つや二つ彼ならすぐ思いつくだろう。それに何をしたって石山となら楽しいはずだ。約四年ぶりの再会に思わず口もとが緩んでしまう。
 アパートに着くと、ちょうど加賀さんが通路に続く階段を降りてくるところだった。相変わらずヨレヨレのシャツでカメラの収納ボックスを肩にかけている。これから撮影なんだろうか。
 いつものように軽く頭をさげて挨拶をした。すると「なんだか嬉しそうだね」とめずらしく向こうから話しかけてきた。
「えっ?」と僕が戸惑っていると、加賀さんは「いつもと違って表情が明るいから」とやわらかい声でつけたした。この人の声がこんなにふんわりとした感じだったことをはじめて知った。
「実は、久しぶりに親友と会うことになったんです」
「それはいい。私も長らく友人とは会ってないなあ。まだ向こうが私のこと覚えていてくれたらいいけど」
 加賀さんは懐かしむように遠くを見つめた。
「そうそう友達の顔を忘れませんよ」
「そうだとうれしいね」
 そろそろ撮影に行かないと、と加賀さんは別れの挨拶をして闇夜に消えていった。
 部屋に戻ると今日の疲れが一気に押し寄せてきた。今すぐにでも横になりたいがこの格好では窮屈だ。重い体を動かしてなんとか部屋着に着替えた。布団を敷く気力もなく僕は押し入れからタオルケットと枕を取り出して畳に寝転ぶ。
 まぶたを閉じるとすぐに僕の意識は眠りに落ちていった。

 翌日、僕は「友達との遊び」についてパソコンを使って調べた。せっかく石山がオーケーしてくれたんだ。がっかりさせるようなことにはしたくない。そのための下準備だ。
 いろいろなページを転々とした結果、映画やカラオケ、ゲームセンターなどが無難らしい。他にも共通の趣味があるなら、それに関するショップや施設に行くのもいいそうだ。
 しかし今回は久しぶりに会うんだ。マニアックなのはやめて無難にいこう。
 そうだ、映画を観に行くことを軸として、あとは街をぶらぶらするのはどうだろう。観たい映画が公開するしちょうどいい。
 スマホが鳴ったのは、そう考えて最寄りの映画館の上映スケジュールを調べようとしたときだった。
 スマホを手に取ると、野宮からのメールだった。
 昨日のことを謝罪するメールかな? と思いながら本文を開けるとそこには『今日の十二時半にうちの高校まで来てください』とだけ書かれていた。
 また、あいつの〈やりたいこと〉を手伝わされるのか。昨日のこともあって腹が立ったが、弱味を握られているぶん反抗のしようがない。
 僕は、しかたなく出かけることにした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

処理中です...