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2.一人目
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それから二人で帰路についたが、駅まで向かう道でも電車の中でも僕たちの間に一切会話はなかった。先行する僕の後ろを二、三歩間隔をあけて野宮がついてくる。そんな距離感のまま家の最寄り駅まで戻ってきた。
改札口を出ると外は夜の闇がさらに濃くなっていた。時間も時間なので駅前の人出もほとんどない。
野宮にひと言だけ別れを告げて歩き出すと、すぐに背後から声がした。
「送ってくれないんですか?」
「あんなことを言ったあとで、よくそんなことが言えるな」
不満そうな野宮に冷たく言い放つと僕は家に向かって歩みを進めた。
すると再び背後から「個人情報、どのサイトにしよう……」と野宮が呟くのが聞こえた。その魔法の言葉で僕は回れ右をして野宮の元に舞い戻った。
「……送っていくよ」
「えっー。本当ですか? ありがとうございます」
わざとらしい野宮を見て僕はあの日公園に行ったことを激しく後悔した。
それでも弱みを握れている以上、言うことを聞かなければならない。僕は野宮とともに歩き始めた。
野宮の家は、駅から十分くらいの住宅街にあった。
野宮があそこです、と指した家は赤茶色の屋根をした一軒家だった。壁面は一部レンガを基調としたデザインで、ガレージにはシルバーのセダンが停められていた。家族はもう寝てしまったのか家の明かりは消えてひっそりとしている。
「ここでいいです。送ってくれてありがとうございました」
野宮はそれだけ言うと明かりの消えた家に入っていった。
野宮の姿が完全に見えなくなるのを見届けて僕はやっと帰路につくことができた。
街灯が照らす夜道を歩きながら、石山のことを考えていた。まさか、石山が僕の大学の近くにある大学に通っていたなんて驚きだ。まあ、片や日本を代表する国立大学、片や馬鹿ばっかりの三流私立大学と学力の差はあるが、そんなことは気にしない。久しぶりにメールができただけで十分だ。
メールでは期末考査が終わったら遊ぼうとあった。僕の大学では期末考査は来週から始まる。たぶんどこの大学も似たような時期だろう。そうなると一番早くて来週末といったところか。
久しぶりに石山と会って何をしよう。中学時代と違って今は大学生だ。あの頃よりたくさんのことができるようになったはずだ。さて、計画を立てないと……。
そう思ったが、石山以外友達がいない僕は「友達と遊びに行く」という経験がまったくなく、何をすればいいのかわからなかった。よく考えてみれば「あの頃」である中学時代ですら石山と一緒に遊びに行ったことはなかった。いつもクラス上位の成績を誇っていた石山は勉強に忙しく、遊びに誘ってもいつも塾があるからと申し訳なさそうにしていた。
『本当に石山さんとは仲が良かったんですか』
不意に野宮の不穏な言葉が頭の中でリフレインした。
いやいや、そんなはずない。僕と石山は正真正銘の親友だ。だって学校では常に一緒にいたし、話だってたくさんした。仲がよくなかったらこんなことはしない。
たかが女子高生の戯言に惑わされるなんてどうかしている。僕は頭を左右に振って野宮の不穏な言葉を払い退けた。
何をするかは後でネットで調べよう。そういえば石山は見た目こそ地味だったが、僕と違って友達が多かった。遊びの一つや二つ彼ならすぐ思いつくだろう。それに何をしたって石山となら楽しいはずだ。約四年ぶりの再会に思わず口もとが緩んでしまう。
アパートに着くと、ちょうど加賀さんが通路に続く階段を降りてくるところだった。相変わらずヨレヨレのシャツでカメラの収納ボックスを肩にかけている。これから撮影なんだろうか。
いつものように軽く頭をさげて挨拶をした。すると「なんだか嬉しそうだね」とめずらしく向こうから話しかけてきた。
「えっ?」と僕が戸惑っていると、加賀さんは「いつもと違って表情が明るいから」とやわらかい声でつけたした。この人の声がこんなにふんわりとした感じだったことをはじめて知った。
「実は、久しぶりに親友と会うことになったんです」
「それはいい。私も長らく友人とは会ってないなあ。まだ向こうが私のこと覚えていてくれたらいいけど」
加賀さんは懐かしむように遠くを見つめた。
「そうそう友達の顔を忘れませんよ」
「そうだとうれしいね」
そろそろ撮影に行かないと、と加賀さんは別れの挨拶をして闇夜に消えていった。
部屋に戻ると今日の疲れが一気に押し寄せてきた。今すぐにでも横になりたいがこの格好では窮屈だ。重い体を動かしてなんとか部屋着に着替えた。布団を敷く気力もなく僕は押し入れからタオルケットと枕を取り出して畳に寝転ぶ。
まぶたを閉じるとすぐに僕の意識は眠りに落ちていった。
翌日、僕は「友達との遊び」についてパソコンを使って調べた。せっかく石山がオーケーしてくれたんだ。がっかりさせるようなことにはしたくない。そのための下準備だ。
いろいろなページを転々とした結果、映画やカラオケ、ゲームセンターなどが無難らしい。他にも共通の趣味があるなら、それに関するショップや施設に行くのもいいそうだ。
しかし今回は久しぶりに会うんだ。マニアックなのはやめて無難にいこう。
そうだ、映画を観に行くことを軸として、あとは街をぶらぶらするのはどうだろう。観たい映画が公開するしちょうどいい。
スマホが鳴ったのは、そう考えて最寄りの映画館の上映スケジュールを調べようとしたときだった。
スマホを手に取ると、野宮からのメールだった。
昨日のことを謝罪するメールかな? と思いながら本文を開けるとそこには『今日の十二時半にうちの高校まで来てください』とだけ書かれていた。
また、あいつの〈やりたいこと〉を手伝わされるのか。昨日のこともあって腹が立ったが、弱味を握られているぶん反抗のしようがない。
僕は、しかたなく出かけることにした。
改札口を出ると外は夜の闇がさらに濃くなっていた。時間も時間なので駅前の人出もほとんどない。
野宮にひと言だけ別れを告げて歩き出すと、すぐに背後から声がした。
「送ってくれないんですか?」
「あんなことを言ったあとで、よくそんなことが言えるな」
不満そうな野宮に冷たく言い放つと僕は家に向かって歩みを進めた。
すると再び背後から「個人情報、どのサイトにしよう……」と野宮が呟くのが聞こえた。その魔法の言葉で僕は回れ右をして野宮の元に舞い戻った。
「……送っていくよ」
「えっー。本当ですか? ありがとうございます」
わざとらしい野宮を見て僕はあの日公園に行ったことを激しく後悔した。
それでも弱みを握れている以上、言うことを聞かなければならない。僕は野宮とともに歩き始めた。
野宮の家は、駅から十分くらいの住宅街にあった。
野宮があそこです、と指した家は赤茶色の屋根をした一軒家だった。壁面は一部レンガを基調としたデザインで、ガレージにはシルバーのセダンが停められていた。家族はもう寝てしまったのか家の明かりは消えてひっそりとしている。
「ここでいいです。送ってくれてありがとうございました」
野宮はそれだけ言うと明かりの消えた家に入っていった。
野宮の姿が完全に見えなくなるのを見届けて僕はやっと帰路につくことができた。
街灯が照らす夜道を歩きながら、石山のことを考えていた。まさか、石山が僕の大学の近くにある大学に通っていたなんて驚きだ。まあ、片や日本を代表する国立大学、片や馬鹿ばっかりの三流私立大学と学力の差はあるが、そんなことは気にしない。久しぶりにメールができただけで十分だ。
メールでは期末考査が終わったら遊ぼうとあった。僕の大学では期末考査は来週から始まる。たぶんどこの大学も似たような時期だろう。そうなると一番早くて来週末といったところか。
久しぶりに石山と会って何をしよう。中学時代と違って今は大学生だ。あの頃よりたくさんのことができるようになったはずだ。さて、計画を立てないと……。
そう思ったが、石山以外友達がいない僕は「友達と遊びに行く」という経験がまったくなく、何をすればいいのかわからなかった。よく考えてみれば「あの頃」である中学時代ですら石山と一緒に遊びに行ったことはなかった。いつもクラス上位の成績を誇っていた石山は勉強に忙しく、遊びに誘ってもいつも塾があるからと申し訳なさそうにしていた。
『本当に石山さんとは仲が良かったんですか』
不意に野宮の不穏な言葉が頭の中でリフレインした。
いやいや、そんなはずない。僕と石山は正真正銘の親友だ。だって学校では常に一緒にいたし、話だってたくさんした。仲がよくなかったらこんなことはしない。
たかが女子高生の戯言に惑わされるなんてどうかしている。僕は頭を左右に振って野宮の不穏な言葉を払い退けた。
何をするかは後でネットで調べよう。そういえば石山は見た目こそ地味だったが、僕と違って友達が多かった。遊びの一つや二つ彼ならすぐ思いつくだろう。それに何をしたって石山となら楽しいはずだ。約四年ぶりの再会に思わず口もとが緩んでしまう。
アパートに着くと、ちょうど加賀さんが通路に続く階段を降りてくるところだった。相変わらずヨレヨレのシャツでカメラの収納ボックスを肩にかけている。これから撮影なんだろうか。
いつものように軽く頭をさげて挨拶をした。すると「なんだか嬉しそうだね」とめずらしく向こうから話しかけてきた。
「えっ?」と僕が戸惑っていると、加賀さんは「いつもと違って表情が明るいから」とやわらかい声でつけたした。この人の声がこんなにふんわりとした感じだったことをはじめて知った。
「実は、久しぶりに親友と会うことになったんです」
「それはいい。私も長らく友人とは会ってないなあ。まだ向こうが私のこと覚えていてくれたらいいけど」
加賀さんは懐かしむように遠くを見つめた。
「そうそう友達の顔を忘れませんよ」
「そうだとうれしいね」
そろそろ撮影に行かないと、と加賀さんは別れの挨拶をして闇夜に消えていった。
部屋に戻ると今日の疲れが一気に押し寄せてきた。今すぐにでも横になりたいがこの格好では窮屈だ。重い体を動かしてなんとか部屋着に着替えた。布団を敷く気力もなく僕は押し入れからタオルケットと枕を取り出して畳に寝転ぶ。
まぶたを閉じるとすぐに僕の意識は眠りに落ちていった。
翌日、僕は「友達との遊び」についてパソコンを使って調べた。せっかく石山がオーケーしてくれたんだ。がっかりさせるようなことにはしたくない。そのための下準備だ。
いろいろなページを転々とした結果、映画やカラオケ、ゲームセンターなどが無難らしい。他にも共通の趣味があるなら、それに関するショップや施設に行くのもいいそうだ。
しかし今回は久しぶりに会うんだ。マニアックなのはやめて無難にいこう。
そうだ、映画を観に行くことを軸として、あとは街をぶらぶらするのはどうだろう。観たい映画が公開するしちょうどいい。
スマホが鳴ったのは、そう考えて最寄りの映画館の上映スケジュールを調べようとしたときだった。
スマホを手に取ると、野宮からのメールだった。
昨日のことを謝罪するメールかな? と思いながら本文を開けるとそこには『今日の十二時半にうちの高校まで来てください』とだけ書かれていた。
また、あいつの〈やりたいこと〉を手伝わされるのか。昨日のこともあって腹が立ったが、弱味を握られているぶん反抗のしようがない。
僕は、しかたなく出かけることにした。
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