夜の公園で出会った彼女は、死のうとしていた。

秋月とわ

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3.スターライト

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 それから何度か角を曲がること六分。角張ったビル群のなか、それらとは少し毛並みが違う建物が建っていた。その建物は周りの他のビルのような角がなく、丸みを帯びた楕円状のフォルムをしていた。建物の上部の窓には「科学館」の文字が僕たちを見下ろしている。
 目の前に現れた特徴的な建物に僕は自分の予想が正しかったことを確信した。
 入口の前まで来ると野宮は「着きました」と振り返った。
「ネットで調べたら、ここの科学館のプラネタリウムは日本で五本の指に入るほどの大きさらしいです。宇宙には行けなくても、擬似体験はできるでしょ?」
 野宮はこれでもかというほどのドヤで僕を見てくる。
 なんだかここを知っていると言い出しにくい。
「プラネタリウムが『宇宙に近い体験』か。うん、悪くない」
「あれ? あんまり驚かないんですね。気に入りませんでした?」
「そういうわけじゃないんだ。実は……地元がこっちだから、子供の頃に何度も来たことがあるんだ。だから新鮮味がなくて」
「えっ! それなら早く言ってくださいよ! 恥ずかしいじゃないですか、地元の人を目の前にウンチクなんか垂れちゃって」
「いやー、せっかく調べて来たみたいだし、悪いかなと」
「もういいです。入りましょ」
 エントランス・ホールには夏休み中なこともあって、小中学生の子供を連れた家族や若いカップルでにぎわっている。
「意外と混んでますね」
「夏休みだもんな。チケット買えるかな」
 チケットカウンターを見ると案の定、行列ができていた。僕たちはその最後尾に並んだ。
「まだ、空きがあるみたいですよ」
 野宮は窓口の上に設置されたモニターを指差した。
 モニターには投影回ごとの空席状況が映し出されていた。次の投影回の場所にはほぼ満席を示す三角が表示されている。
「ホントだ。でも僕らの番まで残ってるかな」
「もし売り切れたら、その次のを買って、空いた時間は展示でも見ましょう」
 なかなか順番がまわって来ず、ようやく僕らの番になった時、投影開始時間ギリギリになってしまった。しかし、幸運にもちょうど二席だけ席が残っていた。
 お金を払ってチケットを受け取ると僕と野宮はホールの入り口まで駆け出した。
 入り口のそばに立つ係員にチケットをもぎってもらい、僕たちは無事入場した。
 ホールに入るとまず最初に白いドームが目に入った。足下から始まる白は綺麗な半球形を描いて向こう側まで続いている。
「空いてる席を探しましょう」
 シネコンのような階段状の通路をのぼりながら野宮が言った。僕も後に続いて空席がないか辺りを見回した。チケットは座席数しか販売されていないから座れないということはない。
 しかし自由席ということもあって良さそうな席はどこも埋まっている。今回は隅の方で我慢するしかないと視線をそちらへ向けると、ちょうど同じ列に二席の空きを見つけた。
「野宮、あそこ空いてる」
 野宮は僕が指差した方を見ると、肩を落とした。
「空いてますけど、一席ずつですね」
 野宮が言う通り、その席は間に二席挟んだ両側に位置していた。
「混んでるし、仕方ないよ」
 席の近くまで移動しても、野宮はしょんぼりしたままだ。
「なんだ、隣同士で座りたいのか?」
「別に。でもせっかく一緒に来たのにバラバラって言うのも寂しいなと思いまして」
 と、その時、間の二席に座っていた老夫婦がひと席奥にずれてくれた。
「どうぞ、これで二人並んで座れますよ」
 僕たちがお礼を言って席に着くと老夫婦の奥さんが言った。
「仲がいいのね。ご兄妹?」
 僕は答えに困った。まさか自殺を前にやり残したことをやってる仲間です、なんて言えない。ならなんと答えればいいんだ? 友達?
 僕が答えに困ってフリーズしていると、野宮が「はい!」と勝手に答えはじめた。
「両親が仕事で忙しくてどこにも連れて行ってくれないので、代わりに兄が連れてきてくれたんです」
「あら、いいお兄ちゃんね。私たちの孫もあなた達ぐらいだけど、すぐケンカするから一緒に出かけるなんて想像もつかないわ。あなたたちが羨ましい」
「でもケンカするほど仲がいいって言いますし、本当は仲がいいのかも」
 野宮がそう言うと老婦人も「そうだといいけど」と上品に笑った。
 老婦人と会話を終えた野宮がこちらを振り返った。
「いつから君は僕の妹になったんだ」
 奥にいる老夫婦に聞こえないように小声でツッコミを入れた。
「じゃあ、私たちの関係をなんて言うんですか! 本当のこと言ったら引かれますよ」
 僕が「だけど」と言い返そうとしたとき、ホールの照明がだんだんと薄暗くなっていった。もうすぐ投影が始まる。
 さっきまで喧騒に包まれていた室内は水を打ったかのように、しん、とした。
 僕は背もたれをぐっと倒した。ここのシートはいつ来ても座り心地が良い。
 学芸員による投影中の禁止事項の案内が終わると辺りはさらに暗くなった。首を曲げて正面を見るとドームの縁に大阪の街が映し出されている。これから今夜の星空解説が始まるのだ。
 学芸員の心地よい声が今日の夜空の見どころ、豆知識などを教えてくれる。都会は街の明かりが眩しすぎて星がよく見えない。だけどよく目を凝らせば一等星のような光の強い星は街の明かりに負けず輝いているのだ。
 解説が進むと、学芸員は「今度は街の明かりを消して見よう」と言った。
『私が十数えるので、それまで目を閉じていてくださいね』
 指示の通り目を瞑る。
『一、二、三、四』
 カウントはまだ続く。
『五、六、七、八、九』
 そして、
『十』
 目を開けてください、と言う合図と共にゆっくりまぶたを持ち上げた。

 星、星、星。

 そこには数えきれないほどたくさんの星々が視界いっぱいに輝いていた。
 客席のいたるところで感嘆の声が聞こえてくる。それは僕の隣からも。
 横目でそっと野宮を見ると、彼女はうっとりとした表情で星空を見上げていた。
 ちらちらと瞬く点は、まるで本物の星のような美しさを放っている。
 ふと夜空にほんの一瞬何かが動いた。目をよく凝らすと白い雫が星々の間を飛び交っている。
 ──流れ星!
 どこかの子供がはしゃぐ声が聞こえた。
 それから細い流れ星の筋が一つ二つと輝きはじめて、やがて幾筋もの輝きになった。星が降ってくるようだった。
 真上をすうっと流れる流れ星のその神秘的な美しさに、所詮は作りもの、と思いながらも僕は、願い事を唱えずにはいられなかった。僕の願いはただ一つ──。
 特別な人間になりたい。それこそ街明かりでも消えない「一等星」のような人間に。
 しかし願い事を言い終わる前に流れ星は消えてしまった。
 やっぱり普通にも当たり前にもなれなかった僕がそんな願いをするなんて許されないのだ。
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