夜の公園で出会った彼女は、死のうとしていた。

秋月とわ

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11.一等星と優しい月

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 暗い国道を僕たちは歩いていた。沿線は田畑ばたりで夜は通る人間がいないのか街灯の間隔も広く、薄暗い。
 野宮の言う星が見れる場所は、小学校から数駅先にあるという。
 時刻にしては早すぎる最終電車に乗って、その駅まで移動した。
 そして今、駅から続く国道を野宮の先導でずっと歩いている。まさかここに来てこんなに歩かされるとは思っていなかった。野宮曰く、この先山道になるらしい。
 片側一車線の国道を時折走って来る乗用車のヘッドライトが僕たちを明るく照らして去っていく。
 また一台、対向車線の車から光を浴びる。眩しさに思わず手のひらで影を作った。
「あっ」
 僕の声に半歩先を歩く野宮が「どうしたんですか」という顔をこちらに向けて立ち止まった。
「誕生日になっちゃった」
 深夜零時を指した腕時計を野宮に向ける。
 野宮は「おっ」と目を踊らせると、胸元で小さく拍手をした。
「おめでとうございます。これで晴れて成人ですね!」
「そうか……。もう大人になったのか。先まで子供で今は大人……なんか変な感じ」
「お祝いしないと。人生で最後の誕生日なんですし」
「お祝いなら、今言ってもらったよ?」
 野宮は顔の前に人差し指を突き出すと「チッチッチ」と動かした。
「そんなんじゃダメです。パーティーをしましょう。ケーキとか買って!」
 まるで自分の誕生日を祝うかのようにテンションを上げる野宮に、冷静な一言を浴びせた。
「いやいや、そんな物どこで売ってるのさ。畑ばっかじゃん」
 実際、さっきから風景は変わっていない。見える限り畑、畑、畑だ。たまに民家がぽつりと現れるが店らしきものは見当たらない。
「売ってますよ。あそこで」
 野宮が横の畑の方に向かって指差した。指先が指し示す先を見ると広がる畑の暗闇の向こうにぽっかりと光が見えた。
 民家にしては眩しすぎる。眉間にシワを作って目を凝らすと、それはコンビニから放たれた明かりだと分かった。
 そう、道路の筋は違うが僕たちの前に計ったかのようにコンビニが現れたのだ。
「あれは……コンビニ?」
「あそこならケーキも売ってるでしょ」
「まあ、コンビニエンスなんだからあるだろうけど……」
 国道をそれて僕たちはコンビニへ寄り道した。
 店内にはトラックドライバーとおぼしきおじさんが夜食を買いあさっているだけでガランとしていた。
 店に入って突き当たりにあるおにぎりコーナーの前を曲がり、その隣のスイーツコーナーで足を止めた。
 深夜だからか商品棚は歯抜け状態だったが、白いクリームに赤いイチゴが乗ったショートケーキがあった。
「ほら、売ってる」
「しかも残り二つだ。ラッキーだな」
 ショートケーキを二つカゴに入れた。
「これも誕生日パワーですよ」
 それから店内を回って、ロウソクとライターを探した。ライターはすぐに見つかったのだが、ロウソクは誕生日用はなく、白い仏壇用だけだった。ロウソクは諦めようと考えたが、野宮が「ロウソクを吹き消せない誕生会は誕生会じゃありません!」と熱弁するので仏壇用で代用することとしてカゴに入れた。
「ケーキとロウソク、ライターと揃えば、後は飲み物ですね」
 ガラス戸がついた飲み物用の商品棚にはお茶、ジュース、お酒とラインナップされている。ガラス戸を開けるとひやっとした冷気が僕の体を通り過ぎる。とりあえず、野宮用にオレンジジュースを手に取った。そして自分用には紅茶を、と手を伸ばした時、野宮が耳元でボソッと呟いた。
「せっかくなんですから、大人の特権を使いましょうよ」
 僕は、はじめ彼女が何を言っているのかよく分からなかった。が、野宮が目顔で指す先にビールを見つけて彼女の意図を理解した。
「大人の特権、か」
 言葉の響きだけでもカッコいい。
 紅茶を商品棚に戻して、隣のガラス戸を開けた。中から三五〇ミリリットル缶のビールを取り出してカゴに入れた。
「わ、私の分もお願いします」
 興味津々といった口調で野宮は言う。
「君はダメだろ? まだ高校生じゃないか。未成年の飲酒は違法だぞ」
「今さら何言ってんですか。不法侵入に器物破損、違法なことなんてごまんとしたじゃないですか。それにあと数時間の命なんだから、別にいいでしょ。私がビールを飲んだことで誰かに迷惑かけるわけでもないんだし」
「……そうだな。僕たちはもう自由だ」
 僕たちは今日死ぬ。それもあと数時間、日が昇るよりも先に。
 僕は商品棚からもう一本ビールを出してカゴに入れた。
 それを見て野宮は弾けんばかりの笑顔になった。彼女も少し背伸びがしたい年頃なんだろう。
「ありがとうございます!」
 眩しい笑顔を向けられると、心臓の後ろあたりからもぞもぞした感覚が湧き上がって来る。この時間がただ僕はとって幸せだった。
 公園で初めて会った夜、野宮が僕にこんな表情を向けることになると誰が想像しただろう。そして僕が彼女にこんな感情を抱くなんて——想像もしなかった。
「野宮、そのまま」
 僕は首から下げたカメラを構えて、幸せな時間を永遠の一枚にした。
 それからレジでの年齢確認も難なくこなし、店を後にした。
 店から離れるとまた灯りが無くなった。月明かりだけが僕たちを優しく照らす。
「さて、これをどこで食べようか」
 レジ袋に視線を落とす。袋の中にはイチゴのショートケーキが二つ、ロウソクとライター、そしてビール二本を保冷材の代わりにケーキに添わして入れてある。
「それならこれから向かう場所がぴったりです」
「それって星が見えるっていう?」
 はい、と野宮は頷いた。
「国道をもう少し行ったところにある山道を二十分も歩けば到着です」
「まだ歩くの……」
 肩を落とす僕を嘲笑うかのように、一台の乗用車がエンジンを唸らせて通り過ぎた。
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