薄明を待つ天女達~南川下町診療所浮世草子

風鈴

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第一章

出会い(1)

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 あれは今日と同じで春の嵐が町に咲いていた満開の桜を風と雨とで吹き飛ばして花びらを撒き散らしながら、人を外に出さないようにしているような夜だった。
 診療所に詰めていた久乃は、今夜はもう来院する人はいないだろうと仮眠室に入ろうとしていた時に、診療所の玄関のベルが鳴ってびっくりした。久乃が時計を確認したら10時を過ぎていたので急病ならできれば本院の方に行って貰おうと思って声をかけた。
 診療所の玄関に立つ背が高い人影は少し焦っているようだった。
「どちら様ですか? 怪我人ですか? 病人ですか?」
「あっ、久乃先生ですか、『藤の井』の良弥です、怪我人です、Ωなのでここに連れてきました」
 久乃は、妓楼『藤ノ井』ぎろう『ふじのい』藤井良弥ふじいりょうやの焦っている声に驚いたが、彼が言ったΩという言葉に久乃は急いで診療所の玄関の扉を開けていた。そこにはぐったりとしたΩの青年が良弥に横抱きされいた。
 診療室のドアを開けてベッドに寝かせると白いズボンが血液で真っ赤に染まっていた。他の衣服も雨でぐっしょりと濡れている。体温を測ると低く低体温ではなかったが、何度呼びかけても意識がない。よく見ると万年栄養不足の身体つきに生命の危機を感じた。彼は一目でレイプされたと思われるΩであった。久乃は状態を確認しながら早口で良弥に尋ねる。
「良弥さん、この子をどこで」
「今日は、早くに遊郭を締める事が決定したので、自分の本業の仕事を遅くまでして自宅に帰る途中でした。杉本町の辺りの道端に倒れている人を見つけたので、車を降りて声を掛けても反応が無かった。それ以上に車のライトが映し出す彼の様子を見てズボンが血液で汚れているのが見て取れたので、雨の中救急車を待つよりも車に乗せてここに連れてきた方が早いと思って連れてきました」
 久乃は、本院の産婦人科医である娘の靖子やすこに直接電話しながら良弥の話を聞いていた。
「すぐに、靖子が来てくれるので、警察を呼んで欲しい、彼がΩだと言うのはその番い避けの首輪でわかるけど念のため血液検査も必要だわね」
 久乃に指示された良弥は頷いて、警察に事件の連絡を入れる。そして、Ωが被害者だと告げて、専門の警察官をお願いする。
 診療室では、久乃がカメラで彼の被害状況を写真に撮り、ズボンを下げると下着もつけていなかった。下半身からは出血が見て取れた。それに加えて上半身にも打撲痕数か所あり、顔も目のあたりと唇が腫れていた。治療を始めてしばらくすると本院の産婦人科と外科を受け持つ安堂靖子あんどうやすこが応援にやって来て肛門や直腸、Ωの子宮までの傷口を丹念に内視鏡スコープで確認しながら治療を進めた。
 レントゲンの撮影もしたが、内臓からの出血は見られなかった。下半身の出血は、Ωの子宮外側の部分を深く傷つけられてそこからの出血だった。かろうじて子宮内からは出血していなかったので、久乃も靖子も一安心する。若いΩの子宮は発情期や妊娠中以外は小さく、発情期以外でレイプを受けた場合子宮内部に無理やり挿入されて子宮を傷つけ、子宮内からの大量出血する場合がある。その場合診療所では処置ができずに本院での手術になり、傷が深いと不妊の原因や最悪子宮全摘する場合もあり同意書云々の手続きが必要となる。下手すると命の危険に繋がることもある。それを思うと最悪は回避できて良かったと靖子と胸を撫で下ろした。
 彼は、点滴に入れた抗生剤と睡眠薬が効いて眠っている。警察官は来たが、今日は良弥の話だけを聞いて、久乃の写真データと、彼の身体にあった残滓ざんしを持って、彼への聴取は明後日以降に彼の状態を見て行う事になり帰っていった。
 診療所の奥にある簡易の病室に移動させて、久乃はその横に簡易ベッドを置いた。
 彼は、寝付くまで悪夢にうなされていたが、しばらくして眠りが深くなったのを確認して久乃はほっとして眠った。
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