薄明を待つ天女達~南川下町診療所浮世草子

風鈴

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第二章

妓楼『藤ノ井』の日常

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 紅玉の『藤ノ井』での毎日は、外での暮らしとは180度違っていた。
 野末病院での准看護師の仕事をしていた時は殺伐とした空気が嫌だった。病棟にいる老人の方々は気分にムラはあるものの比較的に普通の人が多かったと思うが、そこに勤める医師や看護師は慢性化していた人員不足に不満を持ち非常に疲れていて常にイライラしていた。
 今、紅が通っている診療所では医院長の久乃の明るさが、患者や付き添いの家族を支えていた。紅は久乃の横で彼女の診断に従って治療の手伝いをしているだけなのに、患者は紅にまで感謝してくれるのに初めは戸惑った。『お大事にしてくださいね』と言う言葉が自分から自然に出て来て、笑顔でお見送りするのが自然にできる人間関係に紅はこれが人を癒すには大切な事だと思った。全てが紅には勉強になった。
 『藤ノ井』では初め紅を遠巻きに見ていた遊女たちもしばらくすると紅玉を受け入れてくれた。働く人々は遊女も従業員も互いに自分たちの分をわきまえていて、それを踏み外す事はしないがお互いに見守りあっている家族のような優しさがあった。紅玉は誰彼なしに挨拶をして自分からコミュニケーションをとっていくので、下僕や下女の中には気安く話をする者もいた。
 『藤ノ井』の1日のスケジュールは、朝7時に起きると思いのほか沢山の従業員が働いている。特に掃除夫は多く、各部屋の掃除、寝具の交換は毎日しているようで、3、4階の手すりにかけて干して使った匂いを飛ばす。そしてひとまとめにして防臭倉庫に入れて2、3日かけて無臭にする。ありとあらゆる床や階段の手すりも手で拭き上げる。
 そんな中、月水金は朝食を食べて平太と一緒に診療所に行く。火木は茨棘が10時には竹の間で過ごすことが多いので紅玉も茨棘の世話をして過ごす。土日は休みになるが、外のパーティの仕事や『藤ノ井』での接待などお泊まりはないが細々な仕事をこなすことになる。
 竹の間で過ごす茨棘は、新聞を読み雑誌や小説まで読む。特に新聞の星占いを見て本日のラッキーカラーは必ず取り入れたりしてお客様と上手くいくように努力していた。
ただ、彼はほぼ毎日お客様と寝る=のだ。Ωはそんなにセックスには向いていない身体とされている。茨棘の事を心配してそこまで身体を張って働く理由を教えてもらった。『私には、普通以上の借金があり誰にも迷惑かけたくない。こんな多額の借金を見受けする酔狂な人はいない。だから自分が払って遊郭から出て行くのだ。だから、その為に必死になって男達と。それで自分が死ねば、借金はもう取り立てもできない。だから、借金の為に子供を作るなんてことも絶対しないし、子供もいらない』そう言い切る。それはとても無理をしているようには見えないが、それでも紅玉はとても心配だった。
 好きな人はいないのか聞くと『私は、Ωに群がる男が嫌い。それらはΩを裏切らないと言いながら裏切っていくのを幼い頃から見過ぎたのかもしれない。どうせ見受けもできない男に惚れる訳無いじゃないか』そう言って茨棘は、遠くを見る。そこには何かいるのだと紅玉は思ったが、誰なのかわからないままだった。
 お昼の後は、今日の予定を各自確認して二階の部屋に入る。紅玉は遊女見習いの為に茨棘の部屋で準備をする。時間に余裕がある時は必ず茨棘は竹の間の前に座って庭越しに見える風景を写生し出す。偶にお客様の予約がない日は茨棘の自室に篭もって油絵を描いているようだが、ささっと気晴らしに書く水彩画はとても美しい。彼の画力は本物の画家の先生が絶賛するほどの腕前だった。だから、お客様の中には画家も多く、静物画のデッサンを2人でひたすらして過ごしている事もあった。
 だから、茨棘の着る着物の色使いは本当に絶妙なバランスで品良くまとめられていた。
 絵を描く時や着物の色合わせをしている時の茨棘の真剣な顔は、お客様を相手にふざけて笑っている時より美しいと紅玉は思った。
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