薄明を待つ天女達~南川下町診療所浮世草子

風鈴

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第二章

医師鮫島祥吾との出会い

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 遊女には、月に一回定期検診の日がある。それは、毎月1週目の月火水の3日間で、その週は紅玉も診療所には行かず、寄合所にある診療室で医師の手伝いをする。
 遊女の中には自覚症状があるとわかっていても検査を受けないで済まそうと考える者がいる。見つかれば治るまで働け無いだけでなく、診療に係る経費も全て借金となる。『藤ノ井』の遊女は特に厳重に診察される。
 定期検診を受け持つ医師・鮫島祥吾さめじましょうごはαには珍しいバース専門医師でΩ産婦人科医の資格を持っていた。彼は、バースの研究者としても世界で注目されているが、久乃は幼いころの主治医であったために彼女の依頼を無下に断ることができなかった。それで、仕方がなく定期健診の医師をしていた。
 紅玉が、初めて定期健診の手伝いに看護師として派遣された時、祥吾は紅玉を見て言った。
「君が、これからの俺のお目付け役なんだな」
「はっ、はい?そんな事はないと思いますが…」
 紅は、思いがけない言葉に驚く。
「いいよ、俺がαだからと言ってΩになんて何もしないのに、ムカつく。俺の興味はバースなんだ、αとΩとβの三つに分かれた過程に興味があるが、俺にとってΩの発情期の仕組みは主たる研究対象であるだけで、他には何も考えていないと言うのに信用されていない事に腹を立てているだけだよ。君に怒っているわけではない、だからと言って久乃大先生に怒っているわけでもないんだ。だからあまり気にするな」
 祥吾はうつうつとした感情を爆発させた。『こんな偉い先生でも愚痴るのか』と思った。
「そうですか、わかりました。だけど先生、とても香水がきついですね」
「カモフラージュだよ。これからもここの看護師を続けるなら知っていて欲しいことがある」
 秘密を暴露しておくと言わんばかりに紅を見つめる。
「はい」
「俺は、瑞葵の初発情の相手だった、たまたま俺の横で発情期が始まったんだよ。だから、彼からこっちの匂いに気づかせないように厳重に久乃大先生からお達しがあって、瑞葵にばれない様にしている。バレると当事者以上に周りが動揺するからだ」
 鮫島はここに来る自分のストレスの正体を明かした。紅玉は大変だと思ったが、これには触れずにと考えた。しかし、不測の事態が起きた時の為にと思って一応聞いておいた。
「はい、先生の気持ちは充分に理解したのですが、実際、先生は瑞葵さんの事をどうお考えでしょうか?」
 紅玉のストレートな質問に祥吾は少し驚いた。そして、祥吾は変な噂を立てないであろう紅玉の事を一発で気に入った。
「俺が出会った時は高校生くらいだった。それから色々あって遊女になったのだろうから磨かれて美しいΩの遊女になったとは思うけど、彼を苦界から助けるなんて事は俺にはできない。高嶺の花すぎて逆立ちしても届かない。それより研究だよ。それは遊女を何人救済するより金が必要なんだ、それが上手くいって新しい抑制剤を開発できれば、親父を見返すことができる。その方が今の俺には大切なんでね」
「そうなんですね」
「おまえもそのうちわかるよ、本当の愛を手に入れるなんて馬鹿の挑戦だと言うことを」
 紅玉は、祥吾の見栄っ張りで本心を見せたくないシャイなこの天才医師の事が好きになった。
 『鮫島先生は、大手の鮫島薬品工業株式会社の御曹司で、研究をしたい為に医者になり、大学の研究室に暮らしている』と言われていると久乃が紅玉に言っていた事を思い出した。『久乃先生の事だから、外にも出ずに研究室にいる鮫島先生の事を考えてのこのなんだろう。瑞葵さんが本当に気づいていないのか今の自分にはわからないが、この事は理解しておかないと』と思うのであった。
 祥吾は、久乃の心配は良くわかっていた。自分も実地に出て研究の為にと思って受けた仕事で、瑞葵に会うとは思っていなかった。鮫島が、定期検診前に友人から頼まれてαの匂いを中和するコロンをつけてΩの反応を見るという実験台になっていたので、偶然に再会した定期検診中は顔を覚えていない瑞葵にはバレなかった。しかし、間違いがあれば自分の研究に差し支えが出るので、久乃達と話し合って、α臭を消すコロンを使用することが決まった。
「それじゃこれからそれをつけて別のコロンでカモフラージュしておけば良いわね」
 と簡単に久乃が決めてしまった。祥吾も次の日に送られた男性用香水には閉口したが、それを今も使って定期検診をしている。告白したあの日に聞かされた瑞葵の背負っているものの大きさを考えると、この再会が彼の邪魔になるのではないかと考えてしまう。だが、彼に1か月に一回直接でなくとも垣間見れるのを辞めれない。それが瑞葵への愛情なのかと思ってしまうのであった。
 紅玉の人の話を疎かにせず聞き鋭く洞察する、何も言わずに俺と瑞葵の関係理解し懐に入れた。彼の守秘義務に感心すると祥吾は思った。
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