薄明を待つ天女達~南川下町診療所浮世草子

風鈴

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第二章

遊女の恋(茜凛)(2)

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 茜凛に転機が来る。初発情を終えて未成年の間は抑制剤を併用しながら、一か月に一回旦那様が、お相手をされる。1週間に金曜日と土曜日のラウンジにも顔を出すが特定のお客様の相手をするのではなく、テーブルに飲み物等を上げ下げするだけで顔を売るのがメインの仕事だ。7時から9時で終わる。
 18歳誕生日が過ぎてラウンジでの接待が始まった。お接待も終わり、そろそろお泊まりする初めての発情期が来る頃に、急に『藤ノ井』に南川組の親分を通じて音楽プロモーター会社からの茜凛への身請けみうけの話が来たのだった。
 茜凛の歌声に魅了された音楽家が音楽プロモーター会社の社長に企画を出して通った話で、できれば床入り前に身請けしたいと言って来た。遊女が手垢がついていない間に外に出ることは悪い話ではない。今は抑制剤もお金を出せば発情期も難なく過ごせるようになっている。茜凛が見受けされてた後は新人歌手として働くだけで、音楽のプロモーターが後ろ盾になり、完全独り立ちなのだ。
 良弥は茜凛の事を家族だと思っている。自分の母親が可愛いがって育てていたのを横で見ていた。両親が、亡くなった時には成人で遊郭の外で別の仕事をしていた彼は直接茜凛を庇えなかった。良弥は茜凛の行く末を家族としていつも心配していた。
 今回の身請け話は、茜凛を外の世界へ出すためにも良い話だと思った。楼主としても三つの位に4人の遊女と言う歪な形を上手く回避できるからだった。良弥は家族として慎重に事を進めないと遊郭より暗い芸能界の闇をしっかり見極めるため知り合いに調査を依頼した。
 茜凛の身請け話は平太を焦らせた。茜凛と秘密の関係を持ってもう半年、初めはお客様にもらったお菓子を渡された。結構珍しいお菓子だったので、少し嬉しく思った。ささやかな触れ合いだった。それからお使いに行く帰りに茜凛が好きだったお菓子を買ってきて渡した。それも同じくささやかな触れ合いだった。
 侍従の平太には、紅玉の世話をする傍ら支配人の仕事の手伝いをして3年が過ぎ、紅玉が部屋付き遊女となったので、普段は他の遊女の世話と支配人の手伝い等益々忙しくなった。茜凛は身請け話が出ているので、ラウンジや部屋でのお接待は中止になっていた。
 茜凛は、焦っていた。今回の身請け話は南川組組長のお知り合いの方々からの歌手にならないかと言うお話だった。楼主は自分の気持ちを大事にするように言っていたが、楼主としては簡単に断れない話だと思う。茜凛は優しく育ててくれた奥方の恩を忘れた事はない。だから、前回のように我が儘を言えないと思っていた。そう思えば思うほどに平太への想いが募る。
 焦る茜凛は、思い詰めて部屋の中に平太を呼んだ。素直に平太への自分の気持ちをぶつけたが、平太は、何も言わずにそそくさと逃げていった。それでも諦めたくなかった。だから、少しずつ小さな触れ合いを重ねてようやく自分の気持ちを込めて平太に告白した時、一晩一緒に居てくれた。何もせずに茜凛の不安な気持ちと昔話に付き合ってくれた。それでも茜凛は、嬉しくて嬉しくて有頂天だった。
 そんな時に、紅玉から平太が微熱を出しているが、律儀に仕事をしている。支配人には言ったが、熱を侮っていたら取り返しのつかないことが起こると聞いて心配になる。自分の我が儘が平太には負担だから熱が出たけと真剣に考えていた。
 紅玉を診療所に連れて行く前夜、平太はいつも以上に頭が痛く身体中を何者かが暴れ回るように感じ殆ど眠れなかった。1週間前から血が身体中をぐるぐる音を立てて回っているように心臓はドキドキするし、身体に痺れと痛みが交互に起きて眠れない日々が続いていた。
 平太は朝、頭に鈍痛が残っていた。風邪なら遊女に移してはならないのでマスクをして支配人にその症状を伝えた。紅玉を送った後に安堂総合病院に行くことにした。紅玉を送って診療所に着くと外に出た。平太は途端に頭の芯が立っていられない程に痛くなり蹲った。紅玉はそれを見て叫ぶ、久乃先生が運転手と一緒に平太を診察室に運ぶと、紅玉に対して叫んでいるのを聞きながら平太は意識を失った。
「紅玉、すぐに出て行け、すぐに『藤ノ井』に戻る様に、運転手さん、彼を連れ帰って欲しい」
 久乃は叫んだ。彼女は、紅玉の話を思い出しながら点滴を用意した。
「はい、わかりました」
 運転手は久乃の緊迫した物言いに驚いて紅玉を連れて出発した。久乃の必死の声に紅玉もただならない気配を感じて素直に車に乗って戻った。
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