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第三章
茨棘の事情
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茨棘は、美しく優しい人であった。遊女として生きるにはおっとりしていた。紅玉や茜凛は瑞葵とは違った穏やかな気持ちにさせる茨棘を慕っていた。
お客様にはプロフェッショナルに接し、お客様の要望に応える。それが少々過剰なまぐわう事であっても自分は買われた遊女だと言う立場を貫くのだ。周りがそんなことは女郎の仕事と馬鹿にしても彼は仕事として受け入れたら必ずお客様を満足させて帰って頂くことに誠心誠意尽くすのであった。妓楼『藤ノ井』の竹の位の御職のプライドが彼を支えていた。
彼の名前は、藤井茨源氏名茨棘は、母親も『藤ノ井』の遊女であった
茨棘は遊女として生きた母親果林の事を良く知らない。果林は茨棘が4歳になった時に死んだ。彼は茨棘を好きではなかったようで、仕方なく世話をしている感じだった。だから、褒められた可愛がられたことはない。果林という名の母親の事は噂程度しか知らない。
果林は『藤ノ井』の遊女であったが、派手好きで殆どの遊女が借金を随分減らして格下遊女にもならずに卒業して行くのが『藤ノ井』の遊女だが、彼は借金が残り、格下遊女となった少数派であったと茨棘は聞かされていた。だから、お前は質素に生きろと仮親はいつも言って優しく頭を撫でてくれた。だからそれを信じて派手になるような言動は謹んで生活していた。
その果林は借金が残って格下に降りる直前の定期検診で孕っていたことがわかった。Ω保護法でΩは遊女であろうとも子供を下ろす事ができない。その為に『藤ノ井』にとどまり、子供を産んだ。産後半年後に母親は子供を連れて格下遊女として格下妓楼で過ごす、αなら金になると踏んでいた彼はΩの息子を邪険に扱っていた。
子供は普通6歳までに養子に行くか母親の年期明けまで母親と一緒に暮らす。しかし、茨棘が3歳の時に母親は子供を置き去りに客を唆して足抜けをしてしまう。母親の考えの中には子供を残せば借金がその子に移るそうすれば自分は借金から逃れられると思っていた筈だと周りから聞いた。
果林の場合は相手の親から連絡があり、『足抜けをしたが途中で男を捨てて逃げた』と言う。追っ手がかかって逃げる途中に事故に遭って死んでしまう。足抜けさせた男には慰謝料を払わせて、慰謝料を格下妓楼に渡して相殺した借金を残された子供が負うことになった。これら全てが本当なのかどうか茨棘には興味がない。自分は母親には縁がなく、とんでもない人なんだと慕うどころか恨んで生きてきた。ただ良かったことは6歳を過ぎてなかったので妓楼『藤ノ井』に引き取ってもらえた。
果林生んだ子供は妓楼『藤ノ井』の子供として、仮親の下僕夫婦に育てられた茨は、母親よりも遥かに器量が良く、芸事にも勘が良い彼のことを下僕夫婦は褒めて愛情を込めて育てた。だから、今でも下僕夫婦の事を実の両親だと思ってお客様からの珍しいお菓子などを夫婦に送っている。
夫婦も茨棘に時折手作りのおはぎなどを返す仲の良さだが、茨棘の実母の借金は常に彼を苦しめている。初発情の時の売上金でも残る多大な借金がある。初発情で返せるお金は普通なら半分くらい少なくなるが、茨棘の場合は3分の1ぐらいだった。
残る3分の2を返すために18歳になってお客様を取れるようになってから必死に働いてきた。周りからは、発情期でもない日にもお客様とまぐわう事は女郎の仕事だと蔑まれても茨棘は止めることはなかった。他人を当てにして格下に落ちた母親のようにはならないと固く誓っていた。
瑞葵とは半年歳が違うけれど彼が松の位になった時に、茨棘の心が折れた。2番目の竹の位とはお金は殆ど変わらないがお客様の質が違うと茨棘は思っていた。それでも毎日お客様が入ってかよってくれる。しかしこれも後輩遊女達の弾頭で変わっていくものだと思っていた。それが一番茨棘は怖かった。
茨棘の唯一の安らぎだった三峰先生は遠くフランスに行ってしまった。彼は、絶対茨棘を抱かない。初めて出会った時に茨棘の絵の才能に驚愕して、日本画を手解きしてくれた先生だった。茨棘に絵の基本のデッサン、油絵に至るまで教えて、憂鬱になりがちの茨棘を支えていた。毎回のように貴重な絵の具や画集を持ってきてくれて、茨棘をモデルにして絵を描き、彼も生花を描く。静かに流れる時間が茨棘には至福の時間だった。
一度茨棘の絵を友禅染めして着物地に染めてくれた事もあった。あの着物は茨棘がここから出る時に着ると決めていた。無理かも知れないけど『また来るから』と言う約束を信じているのだ。
そしてもう一つ茨棘を支えているのは、茨棘が禿になった頃には良弥の事が好きと言う気持ちが芽生えていた。彼が若く楼主になった時に疲れたのかラウンジで寝てたのを見てそれを紙に描いて以来、時折デッサン帳に楼主を描く。いつも柱の陰から見ているので、横顔か後ろ姿ばかりだけど茨棘の宝物だ。
いつものように良弥の背中を見つめていた時に急に彼が振り返った、茨棘はドキドキして柱に隠れた時に声を掛けてくれた。
「茨棘か?どうした。お前はどうしていつも隠れる?」
良弥は笑った。
「恥ずかしい…ぃ…」
遊女になりたての茨棘は真っ赤な顔で下を向いた。
「お前は俺の後ろばかり見ている。それで良いのか」
良弥は揶揄い半分、嬉しさ半分で聞いた。
「背中がかっこいいから、スーツの背中」
茨棘は素直に良弥を褒めた。
「茨棘、私は背中を褒められたのは初めてだから、私の背中はお前のもので良いよ」
「本当に良いの?嬉しいです。ありがとうございます」
そう言って急いで遊女見習いとして可愛がってくれている優鈴にいさんの部屋に飛び込んだ。そして、彼にその事を言ったら『本当にお前は可愛いね』と頭を撫でられた。良弥はいつまでも笑っていた。
御職となって松の位の瑞葵が熱を出した時に彼の代わりに良弥からのお昼の挨拶を受けたことがあった。竹の位としてちゃんと茨棘は返事をするつもりだったのに、声をかけられ微笑む良弥の顔を見てそのまま固まってしまったのは不覚だった。村雨にいさんに袖を引かれてやっと答えたことを夢に見る。最後は自分の今までの所業を考え、女郎のように穢れた自分を思い落ち込んでしまうのであった。
茨棘にとって楼主は好き以上の感情を持っていた。良弥は誰よりも彼を大切に愛していた。
素直になれずに茨棘は常に無理をして自分を欺いていた。時より見る良弥の背中がかろうじて自分をこの世に留めてくれてると思っていた。しかし、残された借金を支払わなければ自由になれないと思うと良弥への気持ちを茨棘は闇に閉じ込めるしかなかった。
お客様にはプロフェッショナルに接し、お客様の要望に応える。それが少々過剰なまぐわう事であっても自分は買われた遊女だと言う立場を貫くのだ。周りがそんなことは女郎の仕事と馬鹿にしても彼は仕事として受け入れたら必ずお客様を満足させて帰って頂くことに誠心誠意尽くすのであった。妓楼『藤ノ井』の竹の位の御職のプライドが彼を支えていた。
彼の名前は、藤井茨源氏名茨棘は、母親も『藤ノ井』の遊女であった
茨棘は遊女として生きた母親果林の事を良く知らない。果林は茨棘が4歳になった時に死んだ。彼は茨棘を好きではなかったようで、仕方なく世話をしている感じだった。だから、褒められた可愛がられたことはない。果林という名の母親の事は噂程度しか知らない。
果林は『藤ノ井』の遊女であったが、派手好きで殆どの遊女が借金を随分減らして格下遊女にもならずに卒業して行くのが『藤ノ井』の遊女だが、彼は借金が残り、格下遊女となった少数派であったと茨棘は聞かされていた。だから、お前は質素に生きろと仮親はいつも言って優しく頭を撫でてくれた。だからそれを信じて派手になるような言動は謹んで生活していた。
その果林は借金が残って格下に降りる直前の定期検診で孕っていたことがわかった。Ω保護法でΩは遊女であろうとも子供を下ろす事ができない。その為に『藤ノ井』にとどまり、子供を産んだ。産後半年後に母親は子供を連れて格下遊女として格下妓楼で過ごす、αなら金になると踏んでいた彼はΩの息子を邪険に扱っていた。
子供は普通6歳までに養子に行くか母親の年期明けまで母親と一緒に暮らす。しかし、茨棘が3歳の時に母親は子供を置き去りに客を唆して足抜けをしてしまう。母親の考えの中には子供を残せば借金がその子に移るそうすれば自分は借金から逃れられると思っていた筈だと周りから聞いた。
果林の場合は相手の親から連絡があり、『足抜けをしたが途中で男を捨てて逃げた』と言う。追っ手がかかって逃げる途中に事故に遭って死んでしまう。足抜けさせた男には慰謝料を払わせて、慰謝料を格下妓楼に渡して相殺した借金を残された子供が負うことになった。これら全てが本当なのかどうか茨棘には興味がない。自分は母親には縁がなく、とんでもない人なんだと慕うどころか恨んで生きてきた。ただ良かったことは6歳を過ぎてなかったので妓楼『藤ノ井』に引き取ってもらえた。
果林生んだ子供は妓楼『藤ノ井』の子供として、仮親の下僕夫婦に育てられた茨は、母親よりも遥かに器量が良く、芸事にも勘が良い彼のことを下僕夫婦は褒めて愛情を込めて育てた。だから、今でも下僕夫婦の事を実の両親だと思ってお客様からの珍しいお菓子などを夫婦に送っている。
夫婦も茨棘に時折手作りのおはぎなどを返す仲の良さだが、茨棘の実母の借金は常に彼を苦しめている。初発情の時の売上金でも残る多大な借金がある。初発情で返せるお金は普通なら半分くらい少なくなるが、茨棘の場合は3分の1ぐらいだった。
残る3分の2を返すために18歳になってお客様を取れるようになってから必死に働いてきた。周りからは、発情期でもない日にもお客様とまぐわう事は女郎の仕事だと蔑まれても茨棘は止めることはなかった。他人を当てにして格下に落ちた母親のようにはならないと固く誓っていた。
瑞葵とは半年歳が違うけれど彼が松の位になった時に、茨棘の心が折れた。2番目の竹の位とはお金は殆ど変わらないがお客様の質が違うと茨棘は思っていた。それでも毎日お客様が入ってかよってくれる。しかしこれも後輩遊女達の弾頭で変わっていくものだと思っていた。それが一番茨棘は怖かった。
茨棘の唯一の安らぎだった三峰先生は遠くフランスに行ってしまった。彼は、絶対茨棘を抱かない。初めて出会った時に茨棘の絵の才能に驚愕して、日本画を手解きしてくれた先生だった。茨棘に絵の基本のデッサン、油絵に至るまで教えて、憂鬱になりがちの茨棘を支えていた。毎回のように貴重な絵の具や画集を持ってきてくれて、茨棘をモデルにして絵を描き、彼も生花を描く。静かに流れる時間が茨棘には至福の時間だった。
一度茨棘の絵を友禅染めして着物地に染めてくれた事もあった。あの着物は茨棘がここから出る時に着ると決めていた。無理かも知れないけど『また来るから』と言う約束を信じているのだ。
そしてもう一つ茨棘を支えているのは、茨棘が禿になった頃には良弥の事が好きと言う気持ちが芽生えていた。彼が若く楼主になった時に疲れたのかラウンジで寝てたのを見てそれを紙に描いて以来、時折デッサン帳に楼主を描く。いつも柱の陰から見ているので、横顔か後ろ姿ばかりだけど茨棘の宝物だ。
いつものように良弥の背中を見つめていた時に急に彼が振り返った、茨棘はドキドキして柱に隠れた時に声を掛けてくれた。
「茨棘か?どうした。お前はどうしていつも隠れる?」
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「恥ずかしい…ぃ…」
遊女になりたての茨棘は真っ赤な顔で下を向いた。
「お前は俺の後ろばかり見ている。それで良いのか」
良弥は揶揄い半分、嬉しさ半分で聞いた。
「背中がかっこいいから、スーツの背中」
茨棘は素直に良弥を褒めた。
「茨棘、私は背中を褒められたのは初めてだから、私の背中はお前のもので良いよ」
「本当に良いの?嬉しいです。ありがとうございます」
そう言って急いで遊女見習いとして可愛がってくれている優鈴にいさんの部屋に飛び込んだ。そして、彼にその事を言ったら『本当にお前は可愛いね』と頭を撫でられた。良弥はいつまでも笑っていた。
御職となって松の位の瑞葵が熱を出した時に彼の代わりに良弥からのお昼の挨拶を受けたことがあった。竹の位としてちゃんと茨棘は返事をするつもりだったのに、声をかけられ微笑む良弥の顔を見てそのまま固まってしまったのは不覚だった。村雨にいさんに袖を引かれてやっと答えたことを夢に見る。最後は自分の今までの所業を考え、女郎のように穢れた自分を思い落ち込んでしまうのであった。
茨棘にとって楼主は好き以上の感情を持っていた。良弥は誰よりも彼を大切に愛していた。
素直になれずに茨棘は常に無理をして自分を欺いていた。時より見る良弥の背中がかろうじて自分をこの世に留めてくれてると思っていた。しかし、残された借金を支払わなければ自由になれないと思うと良弥への気持ちを茨棘は闇に閉じ込めるしかなかった。
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