最推しと結婚できました!

葉嶋ナノハ

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28 千影視点 愛しの君へ(2)

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 窓の外の暗闇を見つめながら、年末の夕美を思い出す。

 マンションに夕美を呼んだとき、彼女は外の景色に感動していた。そして千影の質問に答えようと、自分が住むアパートを指さしてくれたのだ。

「あの時の夕美、可愛かったな。一生懸命、僕に教えようとしてくれて」

 夕美の会社の社長なのだから、住所はわかっているのは承知だろう。しかし、実際にアパートを訪れることもないのだし、わざわざ特定しているとは夢にも思わないから、素直に教えてくれたのだ。

「君のことなら、なんでも知ってるのにね。アパートの部屋も、いつ帰ってくるのかも、何時に起きているのかも」

 カーテンを閉めて振り向くと、畳の上に転がっていたスマホが光った。
 先ほど玄関前に入る直前、夕美に送った「今帰ったよ」というメッセージに返信が来ている。

 ――千影さん、お帰りなさい。遅くまでお疲れ様です。家事をしていて気づくのが遅れちゃった。夕ご飯は食べたの?

 彼女の気遣いに、千影の胸が甘酸っぱく痛む。

「軽く済ませたけど、本当は夕美のご飯が食べたいな……と」

 送信してすぐに、通話ボタンを押した。急に彼女の声が聞きたくなってしまったのだ。

『千影さん? どうしたの? ビックリした』

 夕美の可憐な声が届く。

「夕美の声が聞きたくなったんだ。このあとは、もう寝るだけ?」

『ううん、これからお風呂。そろそろお湯が溜まる頃かな? 最近、本当に寒いからシャワーだけだと温まらなくて』

「また一緒に入りたいね」

『えっ!? う、うん……入りたい』

 正月休みに一緒に入ったことを思い出したのだろう。恥ずかしがっている彼女の様子が目に浮かぶ。

「僕もこれから入るところなんだ。お互いしっかり温まって風邪引かないように気を付けよう」

『そうね。……あの、千影さん』

「どうした?」

 夕美の声に戸惑いを感じ、優しい声で問いかける。

『古民家再生のT社さんのことなんだけど……。私にも責任があるんじゃないかと思って」

 千影の心臓がドクンと鳴り、腹の奥が熱くなる。
 夕美に負い目まで感じさせたT社に対して、吐き気まで催しそうだった。

「夕美は何も気にしなくていい。今の時代、ああいうコンプラに緩い考えを持つ会社は、こちらにとっても危険だからね。飛び火を食らわないためにも、早めに切ることができて良かったくらいだ」

 腹に納めた気持ちとは真逆の、明るい声で彼女を励ました。

「夕美が頑張っていたのも知っている。相手が悪かっただけだ。また別の仕事で頑張ればいい」

『ありがとう、千影さん。そう言ってもらえると、頑張れる。これからもよろしくお願いします』

「急に仕事モードに変わったな」

『だ、だってお仕事の話しだし、千影さんは社長だし……!』 

「ありがとう、夕美。頼りにしてるよ」

 夕美のこういう真面目なところも大好きだった。社内で健気に働く彼女を見るたびに、周囲に構わず抱きしめたくなってしまうくらいに。

「じゃあまた明日。しっかり温まってから寝るんだよ?」

『ありがとう。千影さんも、ゆっくりお風呂に入ってね。おやすみなさい』

「おやすみ。愛してるよ」

『えっ! わ、私も』

 きっと赤面している夕美を想像し、その可愛さに思わず笑いが漏れてしまう。

「私も、何? 言ってくれないとわからないなぁ」

『……あ、愛してる』

「うん。これでよく眠れそうだ。じゃあね」

『おやすみなさい』 

 通話はそこで終わった。
 千影はため息を吐きながら、自分の手首に着いている腕時計を反対の手でさする。

「ああ、夕美……。いつになったら君は、僕のことを思い出してくれるんだ」

 このまま気づいてくれないのなら、無理矢理にでも気づかせるしかないのだろうか。

 ここまで夕美に執着するようになったのは、彼女が千影を救ってくれた女神だからだ。なのに、そのことを夕美はすっかり忘れている。

 千影はこの数年間、一日たりとも忘れたことはないというのに。

 唇を噛んだ千影は、ゆらりと立ち上がり、風呂場へ向かった。


 スーツを脱いで、風呂場へ入る。夕美と同じで、こちらもちょうど湯船に湯が溜まったところだ。
 シャワーを浴びた千影は湯船に浸かり、冷えた体を温める。じわじわと温まっていくごとに体のこわばりが取れていった。そうして、彼女も今頃入浴しているという興奮に、欲望が頭をもたげる。

 聞いたばかりの夕美の声を思い出し、風呂に入っている彼女の体を想像しながら、硬くなった自身を掴むと、それはさらに大きく張り詰めた。

「……夕美、可愛いね、夕美、夕美……ああ」

 夕美の名を小声で呼びながら、動きを早めていく。
 限界を迎えて立ち上がった千影は、夕美を思い浮かべながら、洗い場の床にそれを吐き出した。

 夕美の顔や胸を汚した、旅行の夜のように。
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