美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身

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本編

3(完結)

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教師陣と先輩たちは慌ただしく消えていった。俺たちも少しの間残るように言われたが、後日話を聞くことになって今日はもういいと先ほど追い出されたばかりだ。
状況についていけずまだ足取りの覚束ない俺を前にしても露骨に「早く帰れ」と態度が示していたが、俺を介抱する朝凪が「少し保健室で休んで行ってもいいですか」と言えば、渋々ながらも許可が出た。
やっぱり美人は損得の収支で言えば得のが多いのかもなと、保健室の天井を見上げながら考える。

「つまり、俺はお前が襲われたとき冤罪の証人になってたってこと?」
「ここの校舎、中央の何もない空間を囲うようなコの字になっているでしょう? 偶然向かいの廊下から俺が先輩方に囲まれてるのが見えたって証言してくれたのだと聞きました」

確かに、そんなことを言った覚えがある。随分と妙な質問をしてくる先生だな、と思ったからだ。しかも質問の意図に関しては聞き返しても一切教えてくれなかった。今にして思えば、朝凪のプライバシーに配慮してそうするしかなかったのだろうが。

「あんた、どこまで知っててどこから仕組んでた?」

監視カメラがあると言ったって、24時間誰かが見張っているはずがない。教職にそんな暇はないだろう。
どうして朝凪が教師陣より先に音楽室に辿り着いたのか。簡単な話だ。今日、俺が襲われるのだと知っていたから。朝凪本人だって先輩たちを相手にご丁寧な説明を披露していた。俺を相手にしても隠す気すらないのだ。
俺が襲われるとわかってて、わかった上で襲わせた。先輩たちに囲まれたときとは種類の違う、形容し難い気持ち悪さが腹の底を這いずり回る。
俺は瞳を逸さなかった。彼が「俺のほうから逸らせない」と言った三白眼でじっと見つめる。朝凪は俺の瞳を見つめ返し、感情を殺した声色で静かに口を開いた。

「全部と言ったら、俺のことを軽蔑しますか」

自嘲とはこういう表情を言うのだろう。朝凪は唇を歪ませてもなお美しい顔で笑うと、滔々と言葉を続ける。

「直接面識はないし、覚えてないか知らないのだろうなと思いました。むしろそのほうが都合がよかった。警戒されて今回のことが上手くいかなければどうしようかと心配しましたから」
「さっきの話だと、大事にする気なかったらしいじゃん。あんたが俺と付き合おうなんて茶番繰り広げて焚きつけなきゃ、大人しく卒業していったんじゃないか?」
「学校側に握り潰されているだけで、細々とした事件は俺以降もずっと起こっていたからです。主犯を動かさなければトカゲの尻尾切りに合うばかり。どうしても、一番悪い人に動いてもらう必要がありました」

この様子だと、大事にしたくないと言ったのは朝凪の意思というよりも学校側の判断なのかもしれない。もしくは、最初は朝凪もそのつもりだったが、後になって事の大きさに気づいて意見を変えたのか。
どちらかなのかはわからなかったが、どちらでもよかった。俺にとって重要なのは、こいつは俺を使ってトカゲの本体を捕まえるつもりでいたことだけだ。

「へえ、あんな堂々とした先輩たち追い詰めた様子も全部演技かよ。あんた凄いな。役者の才能あるよ」
「……すみません」
「それは何に対しての謝罪だ? 全部まるっとその一言で俺は水に流せってのかよ」
「許してもらえるまで何度でも。本当に、申し訳ないことをしました」

朝凪は悲痛な面持ちで謝罪の言葉を口にする。
違う、こいつだって被害者だ。それも泣き寝入りなんかせず、俺のように流れに逆らえず冤罪をふっかけられることもなく犯人を捕まえた。こいつの計画通りなら俺は冤罪の証明が確実だったし、実際その通りに行ったのだ。
頭ではわかっている。わかっているのに、心が付いて行かない。

「……もう帰ってくれる」
「すみません、雪さんのこと家に送り届けるまで安心できません」
「そういうの要らないから。帰って」
「…………ごめんなさい」

寝返りを打ち、朝凪に背を向ける。小さな謝罪が聞こえたが、そのあと立ち上がる様子はなかった。
思考がまとまらない。落ち着かない。一人で考えたい。存在そのものを無視したいのに、その場にとどまる気配ばかりを拾ってしまう。
物音一つさせないまま、朝凪は俺を家に送り届けるまでこの場を動かないだろう。彼と俺の付き合いなんて昨日の今日のはずなのに、妙に確信してしまった。こいつの執念深さと計画の周到さ、演技力は信用に値する。

「そのまま帰らないつもりなら、俺がいいって言うまで謝って。俺はそれBGMに気持ち落ち着かせるから」

理不尽な物言いにも朝凪は文句一つ言うことなく、つらつらと書いた原稿を読み上げるような調子で謝罪の言葉を口にした。
俺へと向けた言葉に嘘偽りがないこと。俺が告白を受け入れなければ本当に先輩たちに関わる気がなかったこと。それでもどこかで報復の機会があったら、今度は自分が加害者側になってでも先輩たちを排除するつもりでいたこと。

「あんた、すごい淀みなく喋るのな。昨日のたどたどしい褒め言葉なんだったんだよ」
「あれは……本当に必死にあの場で考えたんです。今言っている言葉は、いつかこうして懺悔する日が来るのだと覚悟を決めていましたから」
「ふぅん。じゃあ演技力と一緒にアドリブ力も磨けば。短い舌が可愛いってなんだよ、マジで変態くさい。普通そこは顔立ち褒めるところだろ。ブスでもファニーフェイスとか言って誤魔化せ」
「雪さん相手に嘘は言えませんよ」
「最初から嘘しかないじゃん」

俺の口は思ったより回るようになっていたが、見えない背後の様子を気にかける余裕までなかった。俺の言葉に朝凪がどんな顔をしていたのか、気にも留めなかったのだ。

「嘘……?」
「嘘だろ。最初から全部、俺のこと好きだってのも。付き合おうなんて言ってさ」
「雪さん、雪さん……?」
「なんだよ」
「俺たち……本当に付き合ってるんですよね」
「はあ? その設定引き摺る気か? もういいだろ、目的果たしたんなら俺とあんたの関わりもここで終わ、り……」

言葉が途中で出てこなかった。突然視界が翳り、頭だけ天井を向くと朝凪が俺に覆い被さっていたからだ。
低い、色気を含んだ独特の声で囁かれる。

「俺が貴方相手に嘘を吐かないのも、好きだと言ったのも、付き合えるとなったとき抱き締めるほど喜んだのも、全部ぜんぶ、俺の本心ですよ」
「……ッ、そんなの、嘘だ……ッ」

本気にするな。好きになるな。
頭ではわかってて、何度も何度も念じても、思考を捻じ伏せる強い感情が胸を焼く。

「ねえ? どうすれば信じてもらえますか。俺がこの顔でなければ、もっと本心からの言葉だと真剣に取り合ってもらえましたか」

不意に朝凪の視線が俺から外れる。至近距離から見た朝凪の瞳は、瞳孔をブラックホールにしてそのまわりに星の光が伸びたような虹彩をしていた。彼の瞳には宇宙がある。その小さな宇宙が示した先には棚があった。
なんてことはない、必要なとき以外は鍵がかけてある薬品の並べられた棚だ。どの容器に何が入っているのか、素人目には薬品名を見ただけでその効能や危険性までわからない。
手の届く位置にある包帯やガーゼ等は使えるが、保健医が不在の今、保健室はベッドの上で身を休める以外にできることが限られている。彼が今すぐそれ(傍点)を実行できる可能性は低い。だが0じゃない。
俺がやれと言えばやるだろう。きっと朝凪渚はそんな男だ。
女性めいた顔立ちのくせに、それに似合わないくらい思い切りが良くて男らしい。卑屈で、ぼっちで、空気の読めない俺とは大違いだ。
こいつはやる。わかってる。だからこんな問いかけをしてはいけない。
頭ではわかっているのに、とめられない。

「例えば、あんたのそのお綺麗な顔を焼くとか?」

薄いガラスの割れる音が、二人きりの保健室に大きく響いた。





結論から言うと、俺の恋人は『男子生徒の制服を着てる長身の美女』と噂される同じ学校の後輩だ。男だけど、美人だ。
そう、美人は美人なままなのだ。
たとえ朝凪渚は男の趣味が悪くても、嘘吐きでも、自分が美人なことに自覚があるくせにそんな自分の顔が嫌いでも、美人は美人なだけで全てが帳消しできる。美人は人生における損得の収支で言えば得しかしてない。

「何にやにやしてるんですか?」
「今日もあんたは美人だなって思ってたところ」
「もう……!」

最近になってわかったことだが、朝凪のやつは俺が褒めると満更でもないという顔をする。やっぱり、その顔によって何かに巻き込まれたり遠巻きにされるのが嫌なだけで造形自体は嫌いじゃないのだろう。

「手、そろそろ包帯外せそうですか?」
「まあ……ちょっと動かしにくいけど」
「今日もお昼ご飯食べさせに行きますね」
「やっぱり場所変えないか? 教室のど真ん中で、その……恥ずかしいんだよ」
「でも雪さん、俺があーんってしなきゃ自分で食べれませんよね?」
「パンとかなら片手で食えるし」
「栄養偏るから駄目です! とにかく完治するまでは、大人しく世話を焼かせてください。俺が取れる責任なんてそれくらいなんですから」

あのとき、予想のつく中で最悪の行動パターンを再現した朝凪は棚のガラス部分を叩き割ると中からいくつもの容器を取り出した。薬品名を読んだところでそれが何かわからなかったが、とにかく薬品なのだから顔に掛けていいものなんて無いはずだ。
遅れて俺がベッドから立ち上がり制止の手を伸ばす頃には、白い容器から傾いて注がれる液体が顔面に触れる寸前だった。
俺ができたことなんて、制止するために伸ばした手で朝凪の顔を覆うことくらいだ。

「しかし……今思い出してもかなり無茶な性格してるよな、あんた。あのあと先生すっ飛んできて俺まで滅茶苦茶説教されたし」
「それが、どうしてか皆俺と話すと印象と違うとか勝手なことばかり言って離れるんですよねぇ……俺は昔から一貫して変わりないつもりなんですけど」
「ひょっとして自分の顔が嫌いな理由それもある?」
「それもというより、正しくそれしか無いかと」

ひょっとして、こいつもぼっち属性なんじゃなかろうか。意外な共通点を見つけてしまった。てっきり高嶺の花だと周囲が遠巻きにしたり、朝凪自身が孤独を愛する性分なのかとばかり思っていたが。

「こんな俺ですけど、雪さんからは身を挺して庇ってくれるくらいには好感度あるのでしょう? それなら他の人の意見なんてどうでもいいです」
「そういうところだぞ。どうでもいいんじゃなくて、ちょっと順位が下がるくらいにしとけって」
「俺、雪さんのそういうところ好きですよ。平等にしろって強制しないところなんて最高ですね」
「まあ、人と仲良くなんて俺が言えたことじゃないし」

相変わらず俺は卑屈ぼっちの社会性皆無なスクールカースト底辺である。頂点とつるむようになったからと言って、俺の地位は変わらない。かといって朝凪が頂点から落ちないのも納得がいかないが。

「俺思うんだけど、人間社会にある美醜の指標ってバトル漫画で言うところの強さみたいだよな。大多数が強くなりたいと思ってるし、生まれながらに強い奴の中にはこんな力欲しくなかったって言う奴もいる」
「成る程……? 強ければ強いほど厄介ごとに巻き込まれやすくて、問題は次から次へと降って来るってことですか」
「そういうこと。だから俺なんかはイレギュラーだよ。それかいいとこ主人公に守られるお荷物ヒロイン役って感じか?」
「それなら俺、作中の強キャラにでもなった気分です。なんなら主人公ですね。俺より美人、見たことないので」
「発言が強すぎる」
「事実なので」

照れり照れりと恥じらった顔をしているが、この顔面じゃなきゃ相当な自惚れだ。朝凪の場合事実なのだろうから腹も立たないが、少々呆れる。

「けどまあ、それがいいよ。朝凪が美人なのは朝凪のせいじゃないけど、その顔で引き起こされる厄介ごとは全部朝凪の責任になっちまうからな」

元はと言えば、例の先輩たちが朝凪を襲ったのも、目立つ新入生が怖い先輩に目をつけられたせいだ。ついこの間まで中学校に通っていた子を相手に『告ってワンチャン1発、無理なら脅してその場で押し倒してヤったあとユスって皆で共有しよう』って話だったらしい。とんでもない下衆だ。俺の女への幻想が音を立てて崩れ去った。
俺の場合は囲まれてホイホイ言うことを聞いてしまったからあんな状況に追い込まれたが、朝凪の場合は多分拘束されてひん剥かれるくらいされてる。
考えるだけで怖かった。一方で納得が行った。だから余計、意図せず冤罪の証人になってしまった俺に肩入れしてしまっているのだろう。

「顔面最強主人公の朝凪くんよ、本当にヒロイン俺でいいの? 自分で言うのもなんだけど、俺ってずるい奴だよ」

俺自身はほとんど何もしてないと言うのが正しい。運良くことが運んで、都合よく解釈しただけだ。朝凪の豪運が成した技だろう。
それを分かった上で、俺はこいつと別れてやれない。朝凪が振るのを待っている。付き合ってくださいと言った口で別れましょうと言うのを待っていて、きっとそのときが来たら女々しくみっともなく縋り付くのだ。
悔しいが認める。俺は本気で好きになってしまったから。
俺が彼を好きにならないと頑なだったのは、それが罰ゲームだと言われたとき傷つかないための防波堤だったからだ。それが必要ない今、俺が俺を好きだと言ってくれる人を好きにならない理由なんて存在しなかった。それもこんな美人が。嫌いになれってほうが無理だ。

「雪さんでいいも何も、俺には貴方しかいないと思っていましたから。俺、告白するときに振られるかもって怯えたのあの日が初めてですよ」

はにかむ笑顔で「ついでに告白する側なのもあの日が初めてです」と付け足されて、思わずその場にしゃがみ込んだ。

「雪さん!?」
「うん、いや何でもない。ちょっと待って。今たぶん顔赤いから」

顔を覗き込もうとする朝凪を必死に制し、自分の落ち着いたタイミングで顔を上げる。強い顔面が目の前にあって心臓に悪い。

「顔面偏差値って言うからには数値化して測れたらいいのに」
「数値というか、視覚や感覚的にわかりやすくした職業がタレントや俳優業とかじゃないですか?」
「じゃ朝凪、高校卒業したら俳優なってよ。それかモデル。俺にあんたの強さを見せてくれ」

軽口を叩いてけたけたと笑う俺に、朝凪は無言でにこりと微笑んだ。



俺はもっと早くに気づくべきだったのだ。朝凪渚に実現可能な範囲の冗談は禁物だと。利き手を焼いたくせに全く学習していなかった。
数年後、俺は街のど真ん中にある大型ビジョンに映し出される恋人の姿を見て笑うしかなかった。

『20xx年上半期注目のイケメン若手俳優!』

フォントの大きなテロップが俺に気付かなかったふりすら許してくれない。乾いた笑いをする俺の隣には朝凪がいて、嬉しそうに俺の肩を抱き寄せてきた。

「俺、雪さんのお願いなら何でも言うこと聞けますよ」

俺はとんでもないやつに好かれたのかもしれない。それを気付くのも遅すぎた。
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