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【第二部】魔王覚醒編
9)付き人・フランクリン
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フランクリン・カリス。爵位は伯爵。クランストン辺境伯領の近隣領を治めるカリス伯爵本人だ。
若いながらも伯爵となったのはもちろんクランストンの反乱が原因である。先代カリス伯爵、つまりフランクリンの父親はそれなりにクランストン辺境伯家に対して嫌がらせと言ってよい施策をしていたのだ。
しかしながら貴族としては比較的真っ当な活動をしていたため、代替わりしてフランクリンがグレンに対して恭順を示したことで、カリス伯爵家自体は守られている。
付け加えるなら、グレンの兄であるレオンとも以前に親友と呼べるほどに付き合いがあったことも考慮されたというところだろうか。
そんなフランクリンは今、王都のカリス伯爵家の持つ小さなタウンハウスでグレン宛ての大量の手紙と日夜格闘しているのだった。
「ああもう、こんな国難の時に夜会なんてやってられるか! 馬鹿か!」
しかも疫病騒動だというのに! と、フランクリンは某伯爵から届いたグレンへの夜会の招待状を口汚く罵りながら、さらさらとペンを走らせ、貴族言葉を使って相手を立てつつグレンの名前に傷がつかないようなお断りの返事をしたためる。
「次!」
鼻息荒く次の手紙を読み始め――フランクリンは秒でその手紙を机に叩きつけた。またしても、夜会のお誘いだった。今度はとある子爵。
「どいつもこいつも! 疫病が広がってると言っているだろう!!」
このままではフランクリンの頭髪と胃が危ない。息抜きのために、とメイドが貴重な砂糖を多めに入れた高級な紅茶を差し出せば、フランクリンはその有難みを感じる前に一気に飲み干した。
ダンッ! と力強く木製のカップを机に置き、フランクリンは子爵用のそれなり品質な便箋につらつらと断りの返事をしたためる。署名はグレン・クランストン代理フランクリン・カリス。
フランクリンはグレンの付き人だ。旧ガゼッタ王国のしきたりを引き継いで、クラスティエーロ王国にも現存する付き人制度。
これは上位貴族が自分に代わってある程度の社交をこなす人間を指名する制度だ。特に給金が発生するわけでも優遇制度があるわけでもないが、上位貴族の付き人となれば様々な面で便宜を図って貰える。また、上からの覚えがめでたければ、おこぼれにも多く預かれるというもの。
元々、フランクリンは次期クランストン辺境伯に内定していたレオンの付き人になる予定で、フランクリン自身も伯爵家当主としての仕事を覚える事と並行して付き人の仕事も勉強していた。
それがクランストン辺境伯家の没落でご破算になり。同時にクランストン辺境伯家とも距離を置き、強き上位貴族の作った流れにのって他と同じようにクランストン辺境領への嫌がらせともとれる施策を打ち出すようになり。
そうなってしまった後、戻ってきたレオンにまた付き人にして欲しいと自ら言い出せるほどフランクリンは図々しい人間ではなかった。
しかしながらレオンの方はそのフランクリンの努力と才能を惜しんだようで。自分の代わりにクランストン辺境伯を受け継いだグレンに、このフランクリンを付き人として推薦したのだった。
グレンには超万能秘書官のドーヴィがいる。が、ドーヴィも貴族相手の社交となると、お世辞にも得意とは言えなかった。また、身分が平民と言うのも足かせになってしまう。
そこに現れたのが、貴族の文化に詳しく、身分も十分、さらにグレンが敬愛する兄の推薦付きというフランクリンだった。フランクリンも一度は消えた辺境伯の付き人という立場に再び返り咲けるなら願っても無い話である。
そういうわけで、フランクリンはグレンの付き人となり、こうして国中から届く社交の手紙に返事を書く仕事をしているのだ。
……本当は。付き人が貴族間のパワーバランスや自分が使える上位貴族の影響力を考慮して、いくつかの手紙は上位貴族本人へ通すのが通例だが。グレンにおいては「とりあえず全て断っておいて欲しい」との指示が出ているので、フランクリンはひたすらお断りの返事のみを書き続けているのだ。
「辺境伯閣下も多少は社交を、と思った矢先にコレだからなぁ……」
兄であるレオンや両親が貴族界に復帰したことと、国内が落ち着きを取り戻し始めたことでそろそろ……と言う話も一応はドーヴィとの間で持ち上がってはいたのだが。残念ながら、またしばらくお流れになりそうだ。
「フランクリン様、午後の分でございます」
「午後の分も何も、午前どころか昨日の分すら終わっていないのだが?」
部屋に入ってきた執事がどさり、と手紙の束を机に置いた。その量を見て、思わずフランクリンは大きなため息をつく。
「やはり疫病の流行に伴い、貴族の間でも動揺が広がっている様ですねえ」
「……ああ。何とかクランストン辺境伯に取り入って自分だけでも助かろうと言う輩が多すぎる」
「あの方はそのような差別をしませんでしょうに……」
フランクリンはもう一度大きく息を吐いて、頭痛を抑えるように額に手を当てた。新しい木箱の手間にある、昨日の分から一通を手に取る。
「そうは言っても、簡単に以前の慣習から脱却もできないだろう。代替わりした家でも、蟄居中のはずの親の影がちらついているところもある」
手に取った封筒の封を開ければ、中から出てきたのは疫病の特効薬を送ってくれれば金銭を支払うと言う内容のもの。
もちろん、今流行っている疫病に特効薬は存在しない。ところが、下位貴族の伯爵や男爵の中には「王族と上位貴族が特効薬を秘密裏に所持している」と信じている人間がいる。そうでなくても、以前がそうだったからきっと今回もそうだろう、と半信半疑ながらも手紙を出す層も多い。
フランクリンは新しい便箋にそのような特効薬は存在しない事、賄賂は受け取らない事、だが貴方の『国のために』金銭を差し出す心意気は歓迎する、と言った内容を丁寧な貴族言葉で書き綴り、返信の封筒に入れて封をした。
今、グレン宛てに届く手紙の内容はこういった疫病に関する便宜を図って欲しい、と言うのが半分。空気の読めない夜会の誘いが残り半分のさらに半分。そして残り分が、疫病に対して有益な情報を持っているからクランストン宰相本人に合わせて欲しい、というとんでもない内容となっている。
フランクリンはそう言った輩を堰き止める責任がある。当然、そういう手紙には「ではその情報をこちらで精査したいのでまずは自分に教えて欲しい、公平性を期すために王立騎士団の騎士にも立会して貰う」と返事を書く。すると……それ以降、その手の者はだんまりをするのだ。
騎士を立ち会わせるという事は、もしその場でその情報が偽であれば首を刎ねるぞ、という脅し文にあたる。最上級の警告をされて、それでものこのこと出てくる阿呆はそうそういない。
万が一、本当に有益な情報である可能性も捨てきれないので、一応のフォローとして「情報の正確性に自信がなければ、いつでも協力する。その上で宰相閣下にお伝えしよう」とは言ってあるのだが。
それで本当に言い出してきた人間が今のところゼロ人なのだから、いかに貴族や商会がこの国難を舐め腐っているのかがわかるというものだ。
……むしろ、フランクリンとしてはここで追い返された事に感謝して欲しいと思う。以前の貴族と同じ考えで、適当な嘘情報を今のグレンの元に持って行ってみろ、場合によってはその場で灰も残らず燃やし尽くされるぞ。
フランクリンも付き人になってからそれなりにグレンの熾烈な面を見てきた。だからこそ、こういったゴマすりとしか思えない手紙には厳しく対応するのだ。相手と自分の命を守るために。
執事はその一通を含め、フランクリンがこれまでに書いた『お返事』の数々を軽くチェックした後、発送のために退室して行った。入れ替わりに、事務を行ってくれている使用人が入室してくる。
「どうした?」
「すみません、検査用の魔道具がもう魔力切れになってしまって……」
「おお、そうか。すぐに補充に行こう」
ちょうどいい気晴らしにもなる、とフランクリンは凝った肩をほぐすように伸びをしてから、使用人の後に続いた。
検査用の魔道具と言うのは、フランクリン宛に届く手紙に毒や呪術が使われていないか検査するための魔道具だ。上位貴族ならどの家でも持っているものであり、伯爵家でもフランクリンの様に付き人に選ばれた家であれば、仕える貴族から渡されるものである。
それを使ってフランクリンの手元に届く前に、使用人達が手紙をある程度は仕分けしている。……ちなみに、驚くべきことにグレン宛ての手紙の3割は不合格となっている。それだけ、命を狙われているということだ。
そういった危険から主を守るのも、付き人の仕事でもある。
フランクリンは使用人達が手紙を仕分けしている部屋に設置された、検査用の魔道具の前に立つ。部屋の四分の一を埋める魔道具……いや、もはや魔道機械とでも呼んだ方が良さそうだが……その機械では一度に3通の手紙を検査できる。
「なかなか、量が必要そうだな……」
すっかり色が薄くなって魔力切れを表している魔晶石を確認し、フランクリンは顎を摩る。そっと手を当て、魔力を流し込み始めた。吸い取られる感覚からしても、疲労を覚える程度には魔力を持っていかれそうだ。
貴族が貴族であるには、魔力が必要である。それが、平民との最も大きな違いだから。
魔力があれば、魔法を使える。それだけではない、こうして魔晶石に魔力を補充して、魔道具を使えるからだ。
その差はあまりにも大きい。平民が貴族になろうとも思いもよらないほどに。
ここで検査をしている使用人は全て平民だ。何かあった場合、それこそ爆破魔術でも仕込まれた手紙が届いた場合、一番に被害が出る場所だからだ。もちろん、その分他の仕事よりも給金は良い。
幸いにして、そこまで過激なものは今のところ届いたことはなかった。さすがに、そのような愚行を犯す者は今のクラスティエーロ王国にはいないということなのだろう。
魔力を籠め終わったフランクリンは、再度伸びをしてからその検査用の機械が正常に動くかをチェックする。試験用の無害な呪術が組み込まれた手紙を魔道機械に通せば、機械は埋め込まれたランプを赤く発光させた。
「しっかり動いているな」
「ありがとうございます!」
「うむ。量が多くて大変だろうが検査の方はしっかり頼むぞ。もうすぐ追加人員も届くからな」
そう言いおいて、フランクリンは検査室を後にする。
あまりにもグレン宛て、および付き人となったフランクリン本人宛の手紙が多すぎて、これまでの人手では足らなくなってきたのだ。故に、カリス伯爵家は人員募集をしていた。
命の危険はあるが、給金は良い。となれば、この仕事を希望する平民も多い。
カリス伯爵家では、もちろん身分調査も念入りに行っている。その上で合格した平民だけが、この仕事に就けるのだ。
その厳しい採用試験を突破した平民が二人ほど、来週から来てくれることになっている。
「でもなあ、そうしてそこの検査スピードを上げたところで、対応するのが俺だけだからなぁ……」
結局のところ、検査スピードが上がれば、その分フランクリンの仕事は増えるだけ。いや、どのみちいつかはやらなければならない仕事なのだが。手紙が山になるスピードが速くなるとでも言えば良いだろうか。
今より手紙の山が高くなる自身の机の上を想像して、フランクリンは思わず顔を顰めた。そして胃のあたりを手で摩る。
付き人になってから、胃を痛くすることが増えたフランクリンだ。人員の追加以外に、胃薬の追加も頼もう、と思いながら仕事部屋に戻って行った。
----
R15編の方を読んだ方は重複した内容多めですがご容赦くださいませ
キャラクターの見た目なんも決まってないので皆さんご自由に妄想してください
逆に作者も把握してないのでなんか急に髪の色とか目の色とか髪型とか姿かたちが変わるキャラがいるかもしれません
いたら教えてください
若いながらも伯爵となったのはもちろんクランストンの反乱が原因である。先代カリス伯爵、つまりフランクリンの父親はそれなりにクランストン辺境伯家に対して嫌がらせと言ってよい施策をしていたのだ。
しかしながら貴族としては比較的真っ当な活動をしていたため、代替わりしてフランクリンがグレンに対して恭順を示したことで、カリス伯爵家自体は守られている。
付け加えるなら、グレンの兄であるレオンとも以前に親友と呼べるほどに付き合いがあったことも考慮されたというところだろうか。
そんなフランクリンは今、王都のカリス伯爵家の持つ小さなタウンハウスでグレン宛ての大量の手紙と日夜格闘しているのだった。
「ああもう、こんな国難の時に夜会なんてやってられるか! 馬鹿か!」
しかも疫病騒動だというのに! と、フランクリンは某伯爵から届いたグレンへの夜会の招待状を口汚く罵りながら、さらさらとペンを走らせ、貴族言葉を使って相手を立てつつグレンの名前に傷がつかないようなお断りの返事をしたためる。
「次!」
鼻息荒く次の手紙を読み始め――フランクリンは秒でその手紙を机に叩きつけた。またしても、夜会のお誘いだった。今度はとある子爵。
「どいつもこいつも! 疫病が広がってると言っているだろう!!」
このままではフランクリンの頭髪と胃が危ない。息抜きのために、とメイドが貴重な砂糖を多めに入れた高級な紅茶を差し出せば、フランクリンはその有難みを感じる前に一気に飲み干した。
ダンッ! と力強く木製のカップを机に置き、フランクリンは子爵用のそれなり品質な便箋につらつらと断りの返事をしたためる。署名はグレン・クランストン代理フランクリン・カリス。
フランクリンはグレンの付き人だ。旧ガゼッタ王国のしきたりを引き継いで、クラスティエーロ王国にも現存する付き人制度。
これは上位貴族が自分に代わってある程度の社交をこなす人間を指名する制度だ。特に給金が発生するわけでも優遇制度があるわけでもないが、上位貴族の付き人となれば様々な面で便宜を図って貰える。また、上からの覚えがめでたければ、おこぼれにも多く預かれるというもの。
元々、フランクリンは次期クランストン辺境伯に内定していたレオンの付き人になる予定で、フランクリン自身も伯爵家当主としての仕事を覚える事と並行して付き人の仕事も勉強していた。
それがクランストン辺境伯家の没落でご破算になり。同時にクランストン辺境伯家とも距離を置き、強き上位貴族の作った流れにのって他と同じようにクランストン辺境領への嫌がらせともとれる施策を打ち出すようになり。
そうなってしまった後、戻ってきたレオンにまた付き人にして欲しいと自ら言い出せるほどフランクリンは図々しい人間ではなかった。
しかしながらレオンの方はそのフランクリンの努力と才能を惜しんだようで。自分の代わりにクランストン辺境伯を受け継いだグレンに、このフランクリンを付き人として推薦したのだった。
グレンには超万能秘書官のドーヴィがいる。が、ドーヴィも貴族相手の社交となると、お世辞にも得意とは言えなかった。また、身分が平民と言うのも足かせになってしまう。
そこに現れたのが、貴族の文化に詳しく、身分も十分、さらにグレンが敬愛する兄の推薦付きというフランクリンだった。フランクリンも一度は消えた辺境伯の付き人という立場に再び返り咲けるなら願っても無い話である。
そういうわけで、フランクリンはグレンの付き人となり、こうして国中から届く社交の手紙に返事を書く仕事をしているのだ。
……本当は。付き人が貴族間のパワーバランスや自分が使える上位貴族の影響力を考慮して、いくつかの手紙は上位貴族本人へ通すのが通例だが。グレンにおいては「とりあえず全て断っておいて欲しい」との指示が出ているので、フランクリンはひたすらお断りの返事のみを書き続けているのだ。
「辺境伯閣下も多少は社交を、と思った矢先にコレだからなぁ……」
兄であるレオンや両親が貴族界に復帰したことと、国内が落ち着きを取り戻し始めたことでそろそろ……と言う話も一応はドーヴィとの間で持ち上がってはいたのだが。残念ながら、またしばらくお流れになりそうだ。
「フランクリン様、午後の分でございます」
「午後の分も何も、午前どころか昨日の分すら終わっていないのだが?」
部屋に入ってきた執事がどさり、と手紙の束を机に置いた。その量を見て、思わずフランクリンは大きなため息をつく。
「やはり疫病の流行に伴い、貴族の間でも動揺が広がっている様ですねえ」
「……ああ。何とかクランストン辺境伯に取り入って自分だけでも助かろうと言う輩が多すぎる」
「あの方はそのような差別をしませんでしょうに……」
フランクリンはもう一度大きく息を吐いて、頭痛を抑えるように額に手を当てた。新しい木箱の手間にある、昨日の分から一通を手に取る。
「そうは言っても、簡単に以前の慣習から脱却もできないだろう。代替わりした家でも、蟄居中のはずの親の影がちらついているところもある」
手に取った封筒の封を開ければ、中から出てきたのは疫病の特効薬を送ってくれれば金銭を支払うと言う内容のもの。
もちろん、今流行っている疫病に特効薬は存在しない。ところが、下位貴族の伯爵や男爵の中には「王族と上位貴族が特効薬を秘密裏に所持している」と信じている人間がいる。そうでなくても、以前がそうだったからきっと今回もそうだろう、と半信半疑ながらも手紙を出す層も多い。
フランクリンは新しい便箋にそのような特効薬は存在しない事、賄賂は受け取らない事、だが貴方の『国のために』金銭を差し出す心意気は歓迎する、と言った内容を丁寧な貴族言葉で書き綴り、返信の封筒に入れて封をした。
今、グレン宛てに届く手紙の内容はこういった疫病に関する便宜を図って欲しい、と言うのが半分。空気の読めない夜会の誘いが残り半分のさらに半分。そして残り分が、疫病に対して有益な情報を持っているからクランストン宰相本人に合わせて欲しい、というとんでもない内容となっている。
フランクリンはそう言った輩を堰き止める責任がある。当然、そういう手紙には「ではその情報をこちらで精査したいのでまずは自分に教えて欲しい、公平性を期すために王立騎士団の騎士にも立会して貰う」と返事を書く。すると……それ以降、その手の者はだんまりをするのだ。
騎士を立ち会わせるという事は、もしその場でその情報が偽であれば首を刎ねるぞ、という脅し文にあたる。最上級の警告をされて、それでものこのこと出てくる阿呆はそうそういない。
万が一、本当に有益な情報である可能性も捨てきれないので、一応のフォローとして「情報の正確性に自信がなければ、いつでも協力する。その上で宰相閣下にお伝えしよう」とは言ってあるのだが。
それで本当に言い出してきた人間が今のところゼロ人なのだから、いかに貴族や商会がこの国難を舐め腐っているのかがわかるというものだ。
……むしろ、フランクリンとしてはここで追い返された事に感謝して欲しいと思う。以前の貴族と同じ考えで、適当な嘘情報を今のグレンの元に持って行ってみろ、場合によってはその場で灰も残らず燃やし尽くされるぞ。
フランクリンも付き人になってからそれなりにグレンの熾烈な面を見てきた。だからこそ、こういったゴマすりとしか思えない手紙には厳しく対応するのだ。相手と自分の命を守るために。
執事はその一通を含め、フランクリンがこれまでに書いた『お返事』の数々を軽くチェックした後、発送のために退室して行った。入れ替わりに、事務を行ってくれている使用人が入室してくる。
「どうした?」
「すみません、検査用の魔道具がもう魔力切れになってしまって……」
「おお、そうか。すぐに補充に行こう」
ちょうどいい気晴らしにもなる、とフランクリンは凝った肩をほぐすように伸びをしてから、使用人の後に続いた。
検査用の魔道具と言うのは、フランクリン宛に届く手紙に毒や呪術が使われていないか検査するための魔道具だ。上位貴族ならどの家でも持っているものであり、伯爵家でもフランクリンの様に付き人に選ばれた家であれば、仕える貴族から渡されるものである。
それを使ってフランクリンの手元に届く前に、使用人達が手紙をある程度は仕分けしている。……ちなみに、驚くべきことにグレン宛ての手紙の3割は不合格となっている。それだけ、命を狙われているということだ。
そういった危険から主を守るのも、付き人の仕事でもある。
フランクリンは使用人達が手紙を仕分けしている部屋に設置された、検査用の魔道具の前に立つ。部屋の四分の一を埋める魔道具……いや、もはや魔道機械とでも呼んだ方が良さそうだが……その機械では一度に3通の手紙を検査できる。
「なかなか、量が必要そうだな……」
すっかり色が薄くなって魔力切れを表している魔晶石を確認し、フランクリンは顎を摩る。そっと手を当て、魔力を流し込み始めた。吸い取られる感覚からしても、疲労を覚える程度には魔力を持っていかれそうだ。
貴族が貴族であるには、魔力が必要である。それが、平民との最も大きな違いだから。
魔力があれば、魔法を使える。それだけではない、こうして魔晶石に魔力を補充して、魔道具を使えるからだ。
その差はあまりにも大きい。平民が貴族になろうとも思いもよらないほどに。
ここで検査をしている使用人は全て平民だ。何かあった場合、それこそ爆破魔術でも仕込まれた手紙が届いた場合、一番に被害が出る場所だからだ。もちろん、その分他の仕事よりも給金は良い。
幸いにして、そこまで過激なものは今のところ届いたことはなかった。さすがに、そのような愚行を犯す者は今のクラスティエーロ王国にはいないということなのだろう。
魔力を籠め終わったフランクリンは、再度伸びをしてからその検査用の機械が正常に動くかをチェックする。試験用の無害な呪術が組み込まれた手紙を魔道機械に通せば、機械は埋め込まれたランプを赤く発光させた。
「しっかり動いているな」
「ありがとうございます!」
「うむ。量が多くて大変だろうが検査の方はしっかり頼むぞ。もうすぐ追加人員も届くからな」
そう言いおいて、フランクリンは検査室を後にする。
あまりにもグレン宛て、および付き人となったフランクリン本人宛の手紙が多すぎて、これまでの人手では足らなくなってきたのだ。故に、カリス伯爵家は人員募集をしていた。
命の危険はあるが、給金は良い。となれば、この仕事を希望する平民も多い。
カリス伯爵家では、もちろん身分調査も念入りに行っている。その上で合格した平民だけが、この仕事に就けるのだ。
その厳しい採用試験を突破した平民が二人ほど、来週から来てくれることになっている。
「でもなあ、そうしてそこの検査スピードを上げたところで、対応するのが俺だけだからなぁ……」
結局のところ、検査スピードが上がれば、その分フランクリンの仕事は増えるだけ。いや、どのみちいつかはやらなければならない仕事なのだが。手紙が山になるスピードが速くなるとでも言えば良いだろうか。
今より手紙の山が高くなる自身の机の上を想像して、フランクリンは思わず顔を顰めた。そして胃のあたりを手で摩る。
付き人になってから、胃を痛くすることが増えたフランクリンだ。人員の追加以外に、胃薬の追加も頼もう、と思いながら仕事部屋に戻って行った。
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R15編の方を読んだ方は重複した内容多めですがご容赦くださいませ
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