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chapter 1 // 悪徳貴族の人身売買事件
1話 12号という男
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『お兄ちゃん!』
抱きついた足は華奢な少年のもの。料理の匂いがついた手が頭上に下りてきて、頭を優しく撫でてくれる。
『今日はお肉をたくさん買えたぞ! さあxxxx、食事の準備をしてくれないか』
『ねえねえお兄ちゃん、今日のご飯は何?』
お兄ちゃん、と言われた少年は、足元の小さな子供を抱き上げてくれる。目の前のコンロに置かれた鍋には、コトコトと良い音と匂いを立ち昇らせたクリームシチューが。少年の言う通り、肉がごろごろと入っている。
『シチュー!』
『そうだ、大好物だろう? パンもあるから、たくさん食べて――』
ぐにゃり、と視界が歪む。目の前の兄が、消えていく。
『――大きくなりなさい、xxxx』
「夢かあ……」
目を開いた12号は深いため息をついた。昔からよく見る、兄との生活のワンシーン。夢の中ではあれほどに幸せであるというのに、起きた瞬間にそれが虚構である事に気づくという落差が、12号のやる気を朝から奪っていた。
とは言え、二度寝をする気にもならず。大あくびをしながらも洗面所で顔を洗う。軽く伸びたひげも剃り、寝ぐせで鳥の巣になっているような髪の毛をブラシでとかした。
ここは12号の住んでいるマンションの一室。帝国指定の、12号達猟犬を含む警察の高官や帝国軍の将軍が住んでいるマンションだ。それなりにセキュリティも良く、高級住宅街とも言える場所に立地しているマンションは家賃の高さもあってほとんどが空き部屋だ。12号のように高給取りでありながら金を使う当てもなく貯まる一方という奇特な人間ぐらいしか住んでいないだろう。
もちろん、12号が住んでいるフロアには彼しか住民はいない。全室空き部屋だ。……もしかしたら、猟犬と同じフロアに住みたくないという意思が働いているのかもしれないが。
猟犬、それはアレグリア帝国における皇帝陛下直属の特殊治安維持部隊の通称。特に、12号を含めた『番号持ち』のことを指すことが多い。
仕事は主に警察や帝国軍、騎士団といった各組織が対応できなかった悪事に介入して対処すること。時に超法規的措置が許され、付与されている特権も非常に多い。
それ故に、『皇帝の犬』と呼ばれることもある。蔑む人から恐れる人、ヒーローのように扱う人まで様々な複雑な感情が向けられているのが常だ。
12号は一応の制服である動きいやすい特殊な生地でできているスラックスとワイシャツなどを着用。その上から防刃防弾、その他様々な防御性能を持つ黒のロングコートを羽織る。
支給されている装備品は、量産されている一般的な銃とナイフのみ。その他の装備はないが、魔法や超能力といった異能を各種取り揃えている12号にはどのみち不要なものであった。
最後に玄関で鉄のプレートが入った安全靴を履く。ついでに、姿見で軽く身だしなみを確認することも忘れない。
玄関を開け、マンションを出れば朝の静かな空気が流れる首都ラッサの市街地だ。12号隊の詰め所には徒歩で出勤している。その気になればテレポートでも、魔法を使った転移でも、何でもできるのだが。12号は、この平和な街並みを歩いて楽しむのが好きだった。
犬の散歩をしている市民もいれば、12号同様、仕事に出勤するのかカバン片手に急ぎ足の市民も。店の前を掃除しているおじさんと目が合い、軽く会釈をする。
そんな通勤の途中、12号は馴染みのパン屋に顔を出した。
「いらっしゃいませー!」
店員はにこやかな笑みを浮かべ、焼き立てのパンを案内してくれる。一度、クレーマーらしき人間に店長が絡まれているところを助けてから、ここの店は12号に好意的だ。
「んー、そのホットコーヒーとトーストのセット一つ」
「テイクアウトもできますがどうされます? 食べて行きますか?」
「あ、テイクアウトできんの? じゃあ持って行くよ」
かしこまりました! と元気よく礼をされ、思わず12号も笑みを浮かべる。いつでも、楽しそうに働いている人間を見るのは良いことだ。こちらまで気分が明るくなってくる。
渡されたコーヒーとトーストを両手に、行儀悪く口に運びながら詰め所へと歩く。時に顔見知りの市民に朝の挨拶をし、時に猟犬に不快感を持つ人間から不躾な視線を向けられつつ。
いつもと変わりのない、穏やかな12号の出勤風景だった。
特殊治安維持部隊に所属する12号隊。12号を隊長とし、そこに副官や手足となって働く部下や事務員が所属しているそれなりの人数がいる一つのチームだ。いや、チームというには少し大がかりすぎるかもしれない。中堅どころの商会ほどの規模はありそうだ。そんな12号隊はちょっとした建屋を借り上げて、詰め所としている。
12号を認めて敬礼をしてくる部下たちに軽く返礼をしつつ、12号は自分の執務室に向かった。恐らく、真面目な副官はすでに執務室で仕事に取り掛かっているだろう。
……え? 12号はこの時間でいいのかって? そりゃあもちろん重役出勤というやつで……、というやり取りが何度交わされたかは、扉の向こうにいるマリアだけが知っているだろう。
「ういーっす、おはよーおはよー」
気の抜けた挨拶とともに扉を開ければ、ビシッとスーツを着て腕組みをしたマリアが仁王立ちしていた。
「遅刻ですよ」
「いや~ちょっと通勤中に迷子のカモメを海まで送ってきてさあ……」
へらへらとあからさますぎる嘘をついた12号に、マリアは大きなため息をついた。
「あれ、クリフは?」
「支給品関連の手続きで事務に行っているだけです。すぐに戻ります」
あ、そう、と12号が無関心そうな声を上げると同時に、マリアの吊り上がった目がギラリと光る。
「クリフ君の手前、もう少し隊長らしい態度をお見せください! 新人の彼に悪影響が出ます!」
「いやいやほら、ウチの隊はこういうところだよーってわかってもらうのにちょうどいいじゃない」
「よくありません! こういうところだ、の一言で済まされては困るのです!」
「ああ~ほらマリアちゃん、そんな怒ってると血圧が……」
「余計なお世話です!」
12号は首を竦めた。マリアにはよく助けられているし、非常に頼りになる副官ではあると思うが……12号からしてみれば、生真面目すぎるようにも思う。続くマリアの12号の勤務態度を咎める小言の数々を右から左へと何とか受け流す12号。そこに現れた救世主は、事務手続きを終えたクリフだった。
「ただいま戻りました!」
元気よく敬礼をするクリフに、待ってました! と言わんばかりににこやかに声をかける12号と、それを見て額に手を当てて嘆息するマリア。新人であるクリフが配属されてからはお馴染みになった光景である。
「クリフ君も戻ってきたし、朝のミーティングやろうよミーティング。マリア、なんか今日仕事ある? ない? ないなら俺6号とデートしに帰るけど」
「あります」
12号のふざけた態度をマリアはばっさりと切って捨てた。席を立とうとする12号の前に、書類の束をどさっと置いた。顔をしかめる12号だったが――書類の一枚目、表紙のタイトルを見て動きを止める。
「『ルーラル伯爵の人身売買容疑について』……へえ、こいつは穏やかじゃないねえ」
12号が纏っている空気、それが一変する。自然と、執務室内の空気も引き締まった。クリフは12号の豹変に目を丸くしつつ、マリアを見上げる。マリアは小柄なクリフの耳元に口を近づけると「12号隊長、なんだかんだでやる時はちゃんとやる人なのよ」と面白そうに囁いた。
抱きついた足は華奢な少年のもの。料理の匂いがついた手が頭上に下りてきて、頭を優しく撫でてくれる。
『今日はお肉をたくさん買えたぞ! さあxxxx、食事の準備をしてくれないか』
『ねえねえお兄ちゃん、今日のご飯は何?』
お兄ちゃん、と言われた少年は、足元の小さな子供を抱き上げてくれる。目の前のコンロに置かれた鍋には、コトコトと良い音と匂いを立ち昇らせたクリームシチューが。少年の言う通り、肉がごろごろと入っている。
『シチュー!』
『そうだ、大好物だろう? パンもあるから、たくさん食べて――』
ぐにゃり、と視界が歪む。目の前の兄が、消えていく。
『――大きくなりなさい、xxxx』
「夢かあ……」
目を開いた12号は深いため息をついた。昔からよく見る、兄との生活のワンシーン。夢の中ではあれほどに幸せであるというのに、起きた瞬間にそれが虚構である事に気づくという落差が、12号のやる気を朝から奪っていた。
とは言え、二度寝をする気にもならず。大あくびをしながらも洗面所で顔を洗う。軽く伸びたひげも剃り、寝ぐせで鳥の巣になっているような髪の毛をブラシでとかした。
ここは12号の住んでいるマンションの一室。帝国指定の、12号達猟犬を含む警察の高官や帝国軍の将軍が住んでいるマンションだ。それなりにセキュリティも良く、高級住宅街とも言える場所に立地しているマンションは家賃の高さもあってほとんどが空き部屋だ。12号のように高給取りでありながら金を使う当てもなく貯まる一方という奇特な人間ぐらいしか住んでいないだろう。
もちろん、12号が住んでいるフロアには彼しか住民はいない。全室空き部屋だ。……もしかしたら、猟犬と同じフロアに住みたくないという意思が働いているのかもしれないが。
猟犬、それはアレグリア帝国における皇帝陛下直属の特殊治安維持部隊の通称。特に、12号を含めた『番号持ち』のことを指すことが多い。
仕事は主に警察や帝国軍、騎士団といった各組織が対応できなかった悪事に介入して対処すること。時に超法規的措置が許され、付与されている特権も非常に多い。
それ故に、『皇帝の犬』と呼ばれることもある。蔑む人から恐れる人、ヒーローのように扱う人まで様々な複雑な感情が向けられているのが常だ。
12号は一応の制服である動きいやすい特殊な生地でできているスラックスとワイシャツなどを着用。その上から防刃防弾、その他様々な防御性能を持つ黒のロングコートを羽織る。
支給されている装備品は、量産されている一般的な銃とナイフのみ。その他の装備はないが、魔法や超能力といった異能を各種取り揃えている12号にはどのみち不要なものであった。
最後に玄関で鉄のプレートが入った安全靴を履く。ついでに、姿見で軽く身だしなみを確認することも忘れない。
玄関を開け、マンションを出れば朝の静かな空気が流れる首都ラッサの市街地だ。12号隊の詰め所には徒歩で出勤している。その気になればテレポートでも、魔法を使った転移でも、何でもできるのだが。12号は、この平和な街並みを歩いて楽しむのが好きだった。
犬の散歩をしている市民もいれば、12号同様、仕事に出勤するのかカバン片手に急ぎ足の市民も。店の前を掃除しているおじさんと目が合い、軽く会釈をする。
そんな通勤の途中、12号は馴染みのパン屋に顔を出した。
「いらっしゃいませー!」
店員はにこやかな笑みを浮かべ、焼き立てのパンを案内してくれる。一度、クレーマーらしき人間に店長が絡まれているところを助けてから、ここの店は12号に好意的だ。
「んー、そのホットコーヒーとトーストのセット一つ」
「テイクアウトもできますがどうされます? 食べて行きますか?」
「あ、テイクアウトできんの? じゃあ持って行くよ」
かしこまりました! と元気よく礼をされ、思わず12号も笑みを浮かべる。いつでも、楽しそうに働いている人間を見るのは良いことだ。こちらまで気分が明るくなってくる。
渡されたコーヒーとトーストを両手に、行儀悪く口に運びながら詰め所へと歩く。時に顔見知りの市民に朝の挨拶をし、時に猟犬に不快感を持つ人間から不躾な視線を向けられつつ。
いつもと変わりのない、穏やかな12号の出勤風景だった。
特殊治安維持部隊に所属する12号隊。12号を隊長とし、そこに副官や手足となって働く部下や事務員が所属しているそれなりの人数がいる一つのチームだ。いや、チームというには少し大がかりすぎるかもしれない。中堅どころの商会ほどの規模はありそうだ。そんな12号隊はちょっとした建屋を借り上げて、詰め所としている。
12号を認めて敬礼をしてくる部下たちに軽く返礼をしつつ、12号は自分の執務室に向かった。恐らく、真面目な副官はすでに執務室で仕事に取り掛かっているだろう。
……え? 12号はこの時間でいいのかって? そりゃあもちろん重役出勤というやつで……、というやり取りが何度交わされたかは、扉の向こうにいるマリアだけが知っているだろう。
「ういーっす、おはよーおはよー」
気の抜けた挨拶とともに扉を開ければ、ビシッとスーツを着て腕組みをしたマリアが仁王立ちしていた。
「遅刻ですよ」
「いや~ちょっと通勤中に迷子のカモメを海まで送ってきてさあ……」
へらへらとあからさますぎる嘘をついた12号に、マリアは大きなため息をついた。
「あれ、クリフは?」
「支給品関連の手続きで事務に行っているだけです。すぐに戻ります」
あ、そう、と12号が無関心そうな声を上げると同時に、マリアの吊り上がった目がギラリと光る。
「クリフ君の手前、もう少し隊長らしい態度をお見せください! 新人の彼に悪影響が出ます!」
「いやいやほら、ウチの隊はこういうところだよーってわかってもらうのにちょうどいいじゃない」
「よくありません! こういうところだ、の一言で済まされては困るのです!」
「ああ~ほらマリアちゃん、そんな怒ってると血圧が……」
「余計なお世話です!」
12号は首を竦めた。マリアにはよく助けられているし、非常に頼りになる副官ではあると思うが……12号からしてみれば、生真面目すぎるようにも思う。続くマリアの12号の勤務態度を咎める小言の数々を右から左へと何とか受け流す12号。そこに現れた救世主は、事務手続きを終えたクリフだった。
「ただいま戻りました!」
元気よく敬礼をするクリフに、待ってました! と言わんばかりににこやかに声をかける12号と、それを見て額に手を当てて嘆息するマリア。新人であるクリフが配属されてからはお馴染みになった光景である。
「クリフ君も戻ってきたし、朝のミーティングやろうよミーティング。マリア、なんか今日仕事ある? ない? ないなら俺6号とデートしに帰るけど」
「あります」
12号のふざけた態度をマリアはばっさりと切って捨てた。席を立とうとする12号の前に、書類の束をどさっと置いた。顔をしかめる12号だったが――書類の一枚目、表紙のタイトルを見て動きを止める。
「『ルーラル伯爵の人身売買容疑について』……へえ、こいつは穏やかじゃないねえ」
12号が纏っている空気、それが一変する。自然と、執務室内の空気も引き締まった。クリフは12号の豹変に目を丸くしつつ、マリアを見上げる。マリアは小柄なクリフの耳元に口を近づけると「12号隊長、なんだかんだでやる時はちゃんとやる人なのよ」と面白そうに囁いた。
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