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chapter 1 // 悪徳貴族の人身売買事件

12話 エピローグ

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 ルーラル伯爵邸強制捜査の日から数日。地下にあった魔法陣の分析をしていたクリフは、魔法陣の写し絵を見てうっとりとした息を吐いていた。

「すごいな……これだけ大規模なのに、破綻もなくて……」

 そんな熱心なクリフとは対照的に、報告書の山に埋もれつつある12号はだらしなく執務机に伸びている。ちょうど、マリアは事後対応の打ち合わせで外出中だからこその態度だった。12号とクリフしかいない執務室には、どことなく休日のような空気が流れている。

「クリフ~その魔法陣、そんなに面白い?」
「面白いですよッ! これをあんな少女が一人で描いて、起動しただなんて信じられません!」
「まあなあ。父親もダメ元でやらせたら、本当に成功しちまった、って口らしいし」

 あれからキャック・ド・ルーラル伯爵には厳しい取り調べが行われた。大筋は警察が調査した内容と一致しており、今は、裏付けと外国に売られてしまった子供を買い戻す作業に警察は東奔西走しているらしい。

 悪魔が言った通り、悪魔召喚をカミラにやらせたのは父親である伯爵であった。膨大な魔力を前に、もしかしたらできるかもしれない、と思い至って、禁書を王立図書館から無断で持ち出し娘に見せたらしい。……そこで一つ、伯爵の罪状が地味に追加された。
 
 伯爵が考える以上に優秀だったカミラは、悪魔を召喚してしまった。その悪魔に唆されたのか、それとも悪魔が言ったように元から伯爵が『悪魔』だったのか。とにかく、その日を境に、伯爵は考えに耽ることが増えたらしい。そして、数週間後。伯爵は、ついに人身売買に手を染める決断をする。

「カミラ嬢は何も知らなかった。知らなさすぎたんだ、歪んだ伯爵家で誰にも常識を教えて貰わなかったから。カミラ嬢にとっては、あの父親だけが正しい世界だったんだろうよ」
「悲しい話ですよ……。カミラ嬢も、魔力と足りない分は自分の命をすべて差し出して悪魔と契約したようですから」

 魔法陣の一部を指でなぞりながら、クリフは憂鬱な溜息を吐く。カミラはどうしても父親の期待に応えたかった。それが自分の命を差し出すことになったとしても。

 無能でありながらも野心だけは人一倍に持っていたキャック・ド・ルーラルという男。その男のもとに生まれてしまった膨大な魔力を持ったカミラ・ド・ルーラルという少女。運命は、こうも残酷であったのか。

「あの、カミラ嬢はどうなるんでしょうか……」
「んー、まだ未成年なことと、自我が確立する前から明らかに虐待状態に置かれ、父親に洗脳されていたこと。父親から誘拐の事実を知らされず、人身売買の片棒と知らずに協力していたこと。そういった事から、無罪は難しいけど罪は相当軽くなるってよ」
「良かったぁ……」

 ルーラル伯爵本人の死罪はすでに決定している。人身売買だけならとにかく、貴族街で禁忌とされる悪魔召喚を行った事実が、他の貴族からも重視されたのだ。ただ取り潰したところで、伯爵本人がまたどこかで、カミラのような能力者を取り込んで悪魔を召喚しないとも言い切れない。そう考えた際に、国外追放などという生半可な対応をするよりは、悪魔召喚の知識ごと葬った方が安全との判断だ。
 ……と言うのは建前で。皇帝の国策に唾を吐いたことに対する見せしめとしての粛清。それから、伯爵ほどと言わずとも無能な貴族達の尻を叩くための材料。

 カミラを都合よく使おうとしたキャック・ド・ルーラルは、自身も政争の道具として都合よく使われて死ぬことになったのだった。

「ルーラル伯爵家は取り潰し。カミラ嬢はただの平民に。んでもって、悪魔召喚を成功させた実績と知識があるから、しばらくは魔術研究所の方で軟禁状態。まあ、地下で一日中障壁を張っていた生活と比べたら、たいして変わらないのかもしれないけどな」

 12号のぼやきに、クリフは曖昧に相槌を打つ。悲しいが、カミラにとってはこれからの軟禁生活の方がまだマシなのかもしれない。

「……これでよし、と。隊長、報告書が出来上がったんで確認してもらえますか?」
「おーよくやったよくやった。前半はマリアが確認したんだろ? 俺は後半を、と……」

 クリフから提出された魔法陣の分析結果報告書を、ぺらぺらと捲りながら12号は確認をする。そして最後まで目を通し終えた後に、難しい顔をした。

「うーん、中身はあってるんだけどな」
「え、どこかおかしいですか?」
「いやおかしくないんだよ、正しすぎるんだな……」

 12号はぼりぼりと頭をかく。この実直な青年に、悪の手伝いをさせるのもなんとも。

「クリフが解析した魔法陣の結果からすると、6号が契約を強制解除したのは合ってるよな?」
「はい。その通りです。6号隊長の魔力が魔法陣を焼いた痕跡がありました」
「うん、だから、その辺はもっと主張してほしい。っていうか、ほら、元々の合同作戦の意義が、6号の実績作りだし」
「あっ、そうでした……はい、わかりました。6号隊長の腕前でなければ厳しかった、という主旨のことを追加すればいいですかね?」

 クリフが悩みながら下書きにペンを入れるのを見て、12号は嬉しそうに頷く。そもそもが悪魔の契約を強制解除するだなんて、人類の歴史上おそらく初めてのことだ。やろうと思えば自分も出来ただろうが、それは書く必要はない。ただ、6号でなければ無傷での解除は不可能だっただろう、と事実を追加するにすぎない。
 問題は、その次のポイントだ。

「で、この……悪魔とカミラ嬢の友好に関する項目な」

 一ページ分にびっしりと書かれた、12号の証言と魔法陣の書き込みからクリフが推察した、悪魔とカミラ嬢の友好関係について。

 あれだけの大規模な魔法陣をカミラが一人で維持するには難しく、悪魔の魔力を借りたのは間違いない。では、その変換式は――と調べていて、クリフは気が付いたのだ。その部分の術式筆跡が違うことに。
 それを見つけてから、よくよく魔法陣を見返して分析してみると、ところどころ術式に手が入っていた。それは、例えばカミラの魔力を限界以上に吸い上げる術式であったり。契約が反故にされた瞬間に、契約者、つまりカミラの命を奪う部分であったり。主に、契約者に害が出る箇所の術式が。どれもこれも『ほぼ無害』になるように調整されていたのだった。
 あの伯爵邸の中で、魔法陣を書き換えることができるほどの技術を持った者はただ一人。

 カミラが召喚した、悪魔だ。

 その事実と、現場を目撃した12号の証言。それを組み合わせれば、悪魔はカミラの事を守ろうとしていたように推察される。それは、人間を搾取するだけであったはずの悪魔という存在に、一石を投じる大発見であった。

 クリフの熱意が籠った分析報告書のその1ページを、12号は気まずそうな顔をして手にしている。

「これ、全面削除したらクリフ怒る?」
「……えっ!? なぜです!? だ、だって、これは悪魔に関する大発見ですよ!?」
「いやぁそりゃそうなんだけど」

 慌てたようにクリフが立ち上がって、12号に詰め寄る。執務机に勢いよく置かれたクリフの両手で、机に積んであった書類の山が一つ、崩れた。まあまあ、とクリフをいなしながら12号は「あくまでも俺の考えで、これは別に命令でも何でもないんだが」と前置きをして続けた。

「悪魔召喚に成功した少女、現時点ですでに不穏分子として観察対象になっている。そんな少女が、悪魔のことを好き、しかも悪魔と両想い! ……だなんて話が上がってきたら、上はカミラを処刑せざるをえなくなるだろう。だって父親の方を『悪魔召喚の罪』で処刑したんだ。その娘については、『父親に命令されて仕方なく』という点で、情状酌量されているんだぞ」
「あっ……」
「命令されて、ではなかったら。……そうではなくて、次はカミラが自分の意志で悪魔召喚をする可能性がある、となったら。その時点で、カミラは父親と同じ未来を辿ることになっちまう」

 すでに収容先で、カミラが悪魔を探して夜な夜な泣いているという話は12号の耳にも入ってきている。しかし、まだ12号が口を噤んでいる今、それは『悪魔の囁きに洗脳されているだけ』と見なされるだけで済んでいるのだ。故に、聖職者との対話時間を多く作るだけで済んでいる。
 それが洗脳でも強制魅了でもなく、真なる『友愛の情』であることが発覚したら?
 12号は、このクリフが作った報告書からそれが露見することを恐れていた。

「だから、できればこのレポートは封印して欲しいなぁ、と。だがな、クリフの考えも気持ちもわかる。世紀の大発見だし、そうすりゃこのレポートを作ったお前も素晴らしい功績を手に入れることができるし」
「はい……」
「どっちでもいい。お前の意思に任せる。……お前が責任を負いたくないっていうなら、俺が上司として、その報告書の行く先を命令するから安心しろ」

 優しい声音でそう言った12号は持っていた報告書をクリフへ返した。クリフはそれを強く握りしめて、俯く。

「僕は……」
「ああ」
「僕は封印、しようと思います」

 クリフは震える声で、そう言った。12号は目を細めながら「理由は?」と聞く。

 大きく一度、深呼吸をしたクリフは顔を上げた。強い眼差しで、12号を見返す。

「カミラ嬢の将来を潰したくないから。それだけです。そもそも、悪魔と友好関係が築けると発覚したところで、悪魔召喚が緩和されるとは考えられませんし。むしろ、無駄に可能性を広げて、悪魔召喚を失敗する事例を増やすだけと懸念します」
「なるほど」
「この内容を公開したところで、誰のためにもならない。僕は、そう思いました」

 だから、とクリフは一度言葉を切る。また、心を落ち着かせるように深呼吸をして、再び口を開いた。

「僕は、これについては、見なかったことにします。隊長もそれにご協力をお願いします」
「……わかった。俺の証言と、お前の分析結果だけが、その事実を示しているからな。二人で一緒に黙っときゃ、バレやしねえよ」

 12号はふっと空気を緩め、ニヤリとクリフに笑いかけた。頼もしさをその笑顔に見出し、クリフはよろめきながらも自席に戻る。
 世紀の大発見を見なかったことに。それが惜しい、と思う気持ちもないわけではない。あるべき事実を隠ぺいする罪悪感がないわけでもない。それでも、クリフは自分の判断が一人の少女を救うだろうということに、自分の小さな正義感を見ていた。

「そういうわけで、その1ページを丸っと抜いて、他のところも帳尻合わせしてもらえるか?」
「了解です。今から直します」
「お、まてまて」

 早速とりかかろうとするクリフに12号は待ったの声をかけた。まだ何かあるのか、とクリフは不審そうに12号を見る。12号は席を立つと、外出用のロングコートを親指で指した。

「その前に、軽く飯行こうぜ。お前に二度手間かけさせた詫びも含めて、ちょっと高めのランチ奢ってやるよ」
「……はい!」

 少し昼には早いが、頭をリセットするにはちょうど良い。ついでに自分より生活費に潤いがある隊長の言う『高めのランチ』なら、なおさら期待感は持てる。
 伊達にクリフとて、異国に移住し士官を目指すという茨の道を進むからにはそれなりの度胸も割り切りも持っているのだ。

 ちなみに、そのランチの店が後に12号と6号のディナーデート(12号隊長談)に使われたと聞いた時には「僕で偵察したのかぁ……」と何とも言えない気分になったクリフがいたとか……。




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これにて第一章完結です!
あとは閑話的なものをいくつか追加して、そのうち第二章を始めると思います(気が向いたら……)
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
詳細なあとがきや裏話、今後の予定などは近況ボードの方に書く予定です。もしよかったらそちらもどうぞ。

ついでに(?)BL小説大賞への投票もして頂けるととても嬉しいです!
全然ラブしてないですが!
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