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chapter 1 // 悪徳貴族の人身売買事件
11話 vs悪魔
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事実を告げられたカミラは、顔を真っ白にして唇を震わせていた。認めたくない、とゆっくりと首を横に振る。
そこに。
事実に怯えるカミラに。
甘く囁くのは――やはり、悪魔であった。
「カミラ。この二人を殺してしまえば、お父様は助かるのではないかい?」
「!」
その言葉に6号が「いや、警察も動くからそれは無理な話だ」と声をかけようとしたものを、悪魔はカミラの耳を塞いで聞こえないようにする。
悪魔のその動きに、12号は顔をしかめた。あれは、悪魔が契約者を『引きずり落とす』時の動きだ。悪魔の都合の良い言葉だけを契約者に囁き、契約者を諫める言葉をすべて遮断する。契約者は、悪魔の甘言に絡めとられてどこまでも堕ちていく。悪魔が美味しく食べごろになるまで、堕ちていく。
「そうね……そうだわ! 悪魔さんの言う通りよ! あなたたちを殺してなかったことにする!」
「馬鹿を言え、我々が倒れても悪事は明るみに出ているのだ。君がすることは、無駄だ」
しかし。悪魔の囁きに耳を貸したカミラには、6号の正論は届かない。カミラの顔に、異様な黒い紋様が浮かび始める。……悪魔が、カミラへ浸食を始めたのだ。命を生きたまま啜るために。
「チッ!」
12号は装備のナイフを悪魔に向けて投げつける。が、悪魔の大きな翼が、硬い音を立ててナイフを弾き落とした。カミラの周辺は、魔力が暴走し始めて、唸り声をあげている。あれだけ不安定なところに魔法を叩き込めば……カミラの保護、という目的が達成できなくなるかもしれない。
そう考えたのは12号だけではなく、6号も、だった。手を出さずに状況を注視し、次の手を検討する。ちらり、と12号にアイコンタクトを送れば、12号はこくり、と頷いた。
「わたしが、ちゃんとしないと……お父様のお役に立ちたい……立たないと……」
ぶつぶつと呟き続けるカミラは、目をぎょろりと見開いて目の前の12号をにらみつけた。
「コロス!」
唾を吐き飛ばす勢いで、カミラが叫んだ。呼応するように足元の魔法陣が黒く光り、黒い蔦が何本も生えてきた。それらはカミラを絡めとり、魔力を吸い上げ――魔法陣を経由して、悪魔へと流れ込んだ。
静かに、カミラの様子を見守っていた悪魔が、優雅にお辞儀をする。体に流れてくる、カミラの膨大な魔力に舌鼓を打ちつつ。
「――契約者の仰せのままに」
ぺろり、と舌で唇を舐め上げた悪魔は、目にも止まらぬ速さで12号へと襲い掛かっていった。
「おおっと!」
12号は悪魔の攻撃を軽やかに避けつつ、足元で転がっていた兵士に防御障壁を掛けてやった。悪魔の鋭い爪は宙を切り、12号が作り上げた障壁にガチリとぶつかる。
「ほう。人間にしては立派な障壁を作るではないか」
「そいつはどうも。ついでに、俺も6号の真似して正しい情報を教えてやるよ」
愉快そうに口元を吊り上げながら、12号は軽く手を振った。その瞬間、空間が歪み、子供一人分の大きさはありそうなほどの大剣を取り出す。
「俺、人間じゃなくて、『猟犬』なんだよなァッ!」
犬らしく大きな吠え声をあげ、12号は取り出した大剣で悪魔に切りかかった。鋭い爪で受け止めようとした悪魔は、直前で血相を変えて、防御から回避へと行動を変更する。
12号が取り出した大剣は白く輝く光を帯びている。見る者の心を浄化させるような、神聖さ。それを改めて確認した悪魔は、不機嫌そうに尻尾を振った。
「聖鉄で作られた剣か」
「ご名答。じゃあ、これで切られたらどうなるかもわかってるよな?」
言い終わる前に、12号はまたしても悪魔に切りかかる。悪魔は剣に触れぬように炎の弾を撃ち出すが、12号はそれらを全て剣で叩き潰した。
「チッ!」
悪魔は舌打ちをして、魔法のレベルを上げることを決める。先ほどから、精神汚染や石化の魔法をかけているが、いずれも失敗に終わっていた。状態異常関連の魔法に異様に耐性がある人間のようだ。そのような人間を、悪魔は初めて見た。
カミラから吸い上げる魔力を増やし、広範囲魔法を火で編み出す。
「おいおい、そんなことしたら契約主が死んじゃうでしょ」
12号は呆れた様に言いつつ、カミラやその他の兵士に火の粉一つかからぬように、空中に悪魔の魔法と相殺する規模の水を編み出した。
悪魔が驚愕に目を見開くと同時に、火と水は空中でぶつかり合い、水蒸気のみを残して消えていった。そして、その視界を阻む大量の水蒸気すら、12号が起こした風魔法で取り払われる。
「……ずいぶんと規格外な人間だ。いや、猟犬と言っていたか」
「お、ちゃんと名乗り聞いてくれてたんだ。じゃあ、俺の次の話も大人しく聞けよ、契約を破棄してとっとと魔界に帰んな」
12号の言葉に悪魔は片眉をあげた。そして、やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめて両手を大げさに肩の位置に天井を向けてあげる。まあつまり、わかりやすく12号を馬鹿にしていたのであった。12号の額に、青筋が走ったのは気のせいではない。
「契約を私の責で破棄するのは、美学に反するのでね。君の命をもって、契約遂行完了としたいところだ」
「あ、そう」
互いに茶化すような言い合いの果てに、また空中で魔法がぶつかりあって弾ける。その隙間を縫い、12号が雷撃を放ち、追撃を狙うが悪魔は障壁でそれを防ぎ、一部を反射してホール内を雷撃が駆け巡った。
ちら、と12号は心配そうに囚われた子供達の方へ目を向けるが。そこはやはり、6号がしっかりと障壁を張って守っていた。それをわかっていたからこそ、心おきなく悪魔を相手取れていたということ。
さらに、6号はカミラの下にある魔法陣に手をかけていた。
6号は、悪魔契約の解除を試みている。
そう判断した12号は思わず笑みを零した。悪魔の契約を、履行でも破棄でもなく、解除しようとする。そのような事が歴史上できたとは、聞いたことがない。それでも6号ならやってみせるだろう。人間どころか悪魔を超えた魔力を持ち、この世の中にある全ての魔法を収め、魔術式に精通し開発も改造も難なくこなす彼なら。
「でも、ああいう繊細な作業、苦手なんだろうなあ……四苦八苦してるのに頑張ってるの、可愛いなぁ……」
でれっとした顔と呟きを12号は思わず漏らしてしまった。他の人間に聞けば満場一致で「眼科へ行け」と言われそうだが……何となく、12号の目には実を取り出そうと懸命に手元でくるみをくるくると回すリスの様に見えていた。
「どこを見ているッ!」
「うおっと!」
苛立った悪魔の攻撃をひょい、と交わして12号は悪魔へ向き直った。先ほどから、カミラの魔力を使って何度も大魔法を連発している。が、それを12号はよそ見しながら軽々と防いでいたのだから、悪魔としてもたまったものではない。
カミラの魔力を使い果たせば、次はカミラの命に手がかかる。悪魔にとって、人間の命はぞんざいなもの。多少は使ってもいいだろう、との考えて、何十年もの寿命をあっさり消費されては、あまりにもカミラがかわいそうだ。……資料や、あの態度からするに、ろくな人生でもなかっただろうに。
そう考えて、12号はふう、と息を吐いた。時間稼ぎはこの辺で良いだろう。
「どこを見てるかって? そりゃあもう、可愛い可愛い――」
12号の姿が悪魔の目の前から消える。敵を見失った悪魔は、焦ったように周囲を見回す。いない、どこにもいない。
そんな悪魔の耳元に。猟犬が囁く。
「――俺の兄貴だよ」
驚いた悪魔が振り返るより早く、12号の大剣が悪魔を切り裂く。悪魔から獣じみた悲鳴があがり、地面に墜落。切られた傷口からはじゅうじゅうと肉が焼ける音と、匂いが立ち上っていた。見た目も人間らしいが、肉が焼ける匂いも人間らしい。初めて知った、12号は地面に倒れ伏した無様な悪魔を見下ろした。
大剣の切っ先を悪魔の鼻先に向ける。
「くっ、いいのか、私を殺せば、私と契約を結んでいるそこの娘は――」
「問題ない」
6号の静かな声が地下ホールに響いた。それと同時に、ガラスが割れるような音が魔法陣から発せられる。音に振り返った悪魔は驚愕に目を丸く見開いた。
「私の契約を、強制解除、だと!?」
「意外とできるものだな。お前とカミラ嬢の生命結合はすでに解けている」
「さっすが6号。やるじゃん」
大剣を地面に突き刺し、12号はパチパチと拍手した。場違いな軽い音が緊迫した地下ホールに流れていく。
見れば、カミラの顔に浮かんでいた紋様は消え去り、歪んで暴走し掛けていた魔力も安定していた。それを見た悪魔は、大きなため息を吐いた。
「人間も、なかなかやるものだな」
攻撃もせずにただゆっくりと立ち上がる悪魔を警戒しつつも、12号はその様子を観察する。もし、12号の予想が正しければ、この悪魔は。
「契約がなければ悪魔は動かない、私の用はもう終わり、ということだ」
「あ、どうぞおかえりください」
12号の平然とした声に、逆に悪魔が片眉を上げて不思議そうに12号を見返す。
「なんだ、てっきりそのまま私を始末するのかと思ったぞ」
「まさか。別にアンタは今回の討伐対象じゃないし、わざわざ帰宅する相手を追いかけて殺しても俺には何のメリットもないしな」
むしろ、と12号は6号に助け起こされたカミラに視線を送って、それから悪魔を見た。悪魔も同じように視線を辿り、12号の視線を受け止めてから嘆息の域を漏らす。
「アンタを殺しちまったら、あのお嬢ちゃんに恨まれそうでなぁ」
「……フン、人間の考えることは、私にはわからん」
悪魔の背後に、突然、華美な装飾で飾られた黒き門が現れる。禍々しいオーラを放つ門に12号と6号はぞわりと背筋を粟立たせた。そんな二人の様子を気に留めることもなく、悪魔の手の一振りで、門が軋んだ音を立てながら開く。
「ひとつ、面白い事を教えてやろう。私を召喚した儀式は、そこの娘が一人で行ったわけではない。娘が愛して欲しいと願った、あの『悪魔』のごとき父親がやらせたのだ」
悪魔はそう言って面白そうに12号を見た後に、踵を返して門を潜っていった。12号がつけたはずの切り傷は、すでに跡形もなく消えている。いかに、あの人型悪魔が規格外であったか、よくわかるというものだ。
「って言っても、俺が負けるわけないけどね~」
大剣を亜空間に収納して手ぶらになった12号は、気絶したままのカミラ嬢の顔を覗き込んだ。
「まあなんというか、このお嬢さんもずいぶんな被害者みたいだなぁ」
「そうだな。あの悪魔の言った事が本当であれば、情状酌量の余地は十分にあるだろう」
「子供たちは?」
「深い眠りについている。どうやら、悪魔によって眠らされていたようだ」
健康に問題はない、と6号は鑑定した結果を伝え、12号もほっと胸を撫で下ろした。カミラの方も、魔力を使い果たして気を失っているだけ。書類上の年齢の割には痩せており、とても貴族令嬢とは思えない見すぼらしい姿であるのは気になるところだが、何にせよ。
「これで一件落着、ってところかあ」
12号はぐっと伸びをして、ひとつ、大あくびをするのだった。
そこに。
事実に怯えるカミラに。
甘く囁くのは――やはり、悪魔であった。
「カミラ。この二人を殺してしまえば、お父様は助かるのではないかい?」
「!」
その言葉に6号が「いや、警察も動くからそれは無理な話だ」と声をかけようとしたものを、悪魔はカミラの耳を塞いで聞こえないようにする。
悪魔のその動きに、12号は顔をしかめた。あれは、悪魔が契約者を『引きずり落とす』時の動きだ。悪魔の都合の良い言葉だけを契約者に囁き、契約者を諫める言葉をすべて遮断する。契約者は、悪魔の甘言に絡めとられてどこまでも堕ちていく。悪魔が美味しく食べごろになるまで、堕ちていく。
「そうね……そうだわ! 悪魔さんの言う通りよ! あなたたちを殺してなかったことにする!」
「馬鹿を言え、我々が倒れても悪事は明るみに出ているのだ。君がすることは、無駄だ」
しかし。悪魔の囁きに耳を貸したカミラには、6号の正論は届かない。カミラの顔に、異様な黒い紋様が浮かび始める。……悪魔が、カミラへ浸食を始めたのだ。命を生きたまま啜るために。
「チッ!」
12号は装備のナイフを悪魔に向けて投げつける。が、悪魔の大きな翼が、硬い音を立ててナイフを弾き落とした。カミラの周辺は、魔力が暴走し始めて、唸り声をあげている。あれだけ不安定なところに魔法を叩き込めば……カミラの保護、という目的が達成できなくなるかもしれない。
そう考えたのは12号だけではなく、6号も、だった。手を出さずに状況を注視し、次の手を検討する。ちらり、と12号にアイコンタクトを送れば、12号はこくり、と頷いた。
「わたしが、ちゃんとしないと……お父様のお役に立ちたい……立たないと……」
ぶつぶつと呟き続けるカミラは、目をぎょろりと見開いて目の前の12号をにらみつけた。
「コロス!」
唾を吐き飛ばす勢いで、カミラが叫んだ。呼応するように足元の魔法陣が黒く光り、黒い蔦が何本も生えてきた。それらはカミラを絡めとり、魔力を吸い上げ――魔法陣を経由して、悪魔へと流れ込んだ。
静かに、カミラの様子を見守っていた悪魔が、優雅にお辞儀をする。体に流れてくる、カミラの膨大な魔力に舌鼓を打ちつつ。
「――契約者の仰せのままに」
ぺろり、と舌で唇を舐め上げた悪魔は、目にも止まらぬ速さで12号へと襲い掛かっていった。
「おおっと!」
12号は悪魔の攻撃を軽やかに避けつつ、足元で転がっていた兵士に防御障壁を掛けてやった。悪魔の鋭い爪は宙を切り、12号が作り上げた障壁にガチリとぶつかる。
「ほう。人間にしては立派な障壁を作るではないか」
「そいつはどうも。ついでに、俺も6号の真似して正しい情報を教えてやるよ」
愉快そうに口元を吊り上げながら、12号は軽く手を振った。その瞬間、空間が歪み、子供一人分の大きさはありそうなほどの大剣を取り出す。
「俺、人間じゃなくて、『猟犬』なんだよなァッ!」
犬らしく大きな吠え声をあげ、12号は取り出した大剣で悪魔に切りかかった。鋭い爪で受け止めようとした悪魔は、直前で血相を変えて、防御から回避へと行動を変更する。
12号が取り出した大剣は白く輝く光を帯びている。見る者の心を浄化させるような、神聖さ。それを改めて確認した悪魔は、不機嫌そうに尻尾を振った。
「聖鉄で作られた剣か」
「ご名答。じゃあ、これで切られたらどうなるかもわかってるよな?」
言い終わる前に、12号はまたしても悪魔に切りかかる。悪魔は剣に触れぬように炎の弾を撃ち出すが、12号はそれらを全て剣で叩き潰した。
「チッ!」
悪魔は舌打ちをして、魔法のレベルを上げることを決める。先ほどから、精神汚染や石化の魔法をかけているが、いずれも失敗に終わっていた。状態異常関連の魔法に異様に耐性がある人間のようだ。そのような人間を、悪魔は初めて見た。
カミラから吸い上げる魔力を増やし、広範囲魔法を火で編み出す。
「おいおい、そんなことしたら契約主が死んじゃうでしょ」
12号は呆れた様に言いつつ、カミラやその他の兵士に火の粉一つかからぬように、空中に悪魔の魔法と相殺する規模の水を編み出した。
悪魔が驚愕に目を見開くと同時に、火と水は空中でぶつかり合い、水蒸気のみを残して消えていった。そして、その視界を阻む大量の水蒸気すら、12号が起こした風魔法で取り払われる。
「……ずいぶんと規格外な人間だ。いや、猟犬と言っていたか」
「お、ちゃんと名乗り聞いてくれてたんだ。じゃあ、俺の次の話も大人しく聞けよ、契約を破棄してとっとと魔界に帰んな」
12号の言葉に悪魔は片眉をあげた。そして、やれやれ、と言わんばかりに肩をすくめて両手を大げさに肩の位置に天井を向けてあげる。まあつまり、わかりやすく12号を馬鹿にしていたのであった。12号の額に、青筋が走ったのは気のせいではない。
「契約を私の責で破棄するのは、美学に反するのでね。君の命をもって、契約遂行完了としたいところだ」
「あ、そう」
互いに茶化すような言い合いの果てに、また空中で魔法がぶつかりあって弾ける。その隙間を縫い、12号が雷撃を放ち、追撃を狙うが悪魔は障壁でそれを防ぎ、一部を反射してホール内を雷撃が駆け巡った。
ちら、と12号は心配そうに囚われた子供達の方へ目を向けるが。そこはやはり、6号がしっかりと障壁を張って守っていた。それをわかっていたからこそ、心おきなく悪魔を相手取れていたということ。
さらに、6号はカミラの下にある魔法陣に手をかけていた。
6号は、悪魔契約の解除を試みている。
そう判断した12号は思わず笑みを零した。悪魔の契約を、履行でも破棄でもなく、解除しようとする。そのような事が歴史上できたとは、聞いたことがない。それでも6号ならやってみせるだろう。人間どころか悪魔を超えた魔力を持ち、この世の中にある全ての魔法を収め、魔術式に精通し開発も改造も難なくこなす彼なら。
「でも、ああいう繊細な作業、苦手なんだろうなあ……四苦八苦してるのに頑張ってるの、可愛いなぁ……」
でれっとした顔と呟きを12号は思わず漏らしてしまった。他の人間に聞けば満場一致で「眼科へ行け」と言われそうだが……何となく、12号の目には実を取り出そうと懸命に手元でくるみをくるくると回すリスの様に見えていた。
「どこを見ているッ!」
「うおっと!」
苛立った悪魔の攻撃をひょい、と交わして12号は悪魔へ向き直った。先ほどから、カミラの魔力を使って何度も大魔法を連発している。が、それを12号はよそ見しながら軽々と防いでいたのだから、悪魔としてもたまったものではない。
カミラの魔力を使い果たせば、次はカミラの命に手がかかる。悪魔にとって、人間の命はぞんざいなもの。多少は使ってもいいだろう、との考えて、何十年もの寿命をあっさり消費されては、あまりにもカミラがかわいそうだ。……資料や、あの態度からするに、ろくな人生でもなかっただろうに。
そう考えて、12号はふう、と息を吐いた。時間稼ぎはこの辺で良いだろう。
「どこを見てるかって? そりゃあもう、可愛い可愛い――」
12号の姿が悪魔の目の前から消える。敵を見失った悪魔は、焦ったように周囲を見回す。いない、どこにもいない。
そんな悪魔の耳元に。猟犬が囁く。
「――俺の兄貴だよ」
驚いた悪魔が振り返るより早く、12号の大剣が悪魔を切り裂く。悪魔から獣じみた悲鳴があがり、地面に墜落。切られた傷口からはじゅうじゅうと肉が焼ける音と、匂いが立ち上っていた。見た目も人間らしいが、肉が焼ける匂いも人間らしい。初めて知った、12号は地面に倒れ伏した無様な悪魔を見下ろした。
大剣の切っ先を悪魔の鼻先に向ける。
「くっ、いいのか、私を殺せば、私と契約を結んでいるそこの娘は――」
「問題ない」
6号の静かな声が地下ホールに響いた。それと同時に、ガラスが割れるような音が魔法陣から発せられる。音に振り返った悪魔は驚愕に目を丸く見開いた。
「私の契約を、強制解除、だと!?」
「意外とできるものだな。お前とカミラ嬢の生命結合はすでに解けている」
「さっすが6号。やるじゃん」
大剣を地面に突き刺し、12号はパチパチと拍手した。場違いな軽い音が緊迫した地下ホールに流れていく。
見れば、カミラの顔に浮かんでいた紋様は消え去り、歪んで暴走し掛けていた魔力も安定していた。それを見た悪魔は、大きなため息を吐いた。
「人間も、なかなかやるものだな」
攻撃もせずにただゆっくりと立ち上がる悪魔を警戒しつつも、12号はその様子を観察する。もし、12号の予想が正しければ、この悪魔は。
「契約がなければ悪魔は動かない、私の用はもう終わり、ということだ」
「あ、どうぞおかえりください」
12号の平然とした声に、逆に悪魔が片眉を上げて不思議そうに12号を見返す。
「なんだ、てっきりそのまま私を始末するのかと思ったぞ」
「まさか。別にアンタは今回の討伐対象じゃないし、わざわざ帰宅する相手を追いかけて殺しても俺には何のメリットもないしな」
むしろ、と12号は6号に助け起こされたカミラに視線を送って、それから悪魔を見た。悪魔も同じように視線を辿り、12号の視線を受け止めてから嘆息の域を漏らす。
「アンタを殺しちまったら、あのお嬢ちゃんに恨まれそうでなぁ」
「……フン、人間の考えることは、私にはわからん」
悪魔の背後に、突然、華美な装飾で飾られた黒き門が現れる。禍々しいオーラを放つ門に12号と6号はぞわりと背筋を粟立たせた。そんな二人の様子を気に留めることもなく、悪魔の手の一振りで、門が軋んだ音を立てながら開く。
「ひとつ、面白い事を教えてやろう。私を召喚した儀式は、そこの娘が一人で行ったわけではない。娘が愛して欲しいと願った、あの『悪魔』のごとき父親がやらせたのだ」
悪魔はそう言って面白そうに12号を見た後に、踵を返して門を潜っていった。12号がつけたはずの切り傷は、すでに跡形もなく消えている。いかに、あの人型悪魔が規格外であったか、よくわかるというものだ。
「って言っても、俺が負けるわけないけどね~」
大剣を亜空間に収納して手ぶらになった12号は、気絶したままのカミラ嬢の顔を覗き込んだ。
「まあなんというか、このお嬢さんもずいぶんな被害者みたいだなぁ」
「そうだな。あの悪魔の言った事が本当であれば、情状酌量の余地は十分にあるだろう」
「子供たちは?」
「深い眠りについている。どうやら、悪魔によって眠らされていたようだ」
健康に問題はない、と6号は鑑定した結果を伝え、12号もほっと胸を撫で下ろした。カミラの方も、魔力を使い果たして気を失っているだけ。書類上の年齢の割には痩せており、とても貴族令嬢とは思えない見すぼらしい姿であるのは気になるところだが、何にせよ。
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