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chapter 1 // 悪徳貴族の人身売買事件

10話 悪魔と少女

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 二人は真っ直ぐに地下を目指す。子供たちが誘拐された事実の確認とカミラ嬢の身柄確保のため。探知魔法で得た屋敷の全体図から、地下の入り口を探し当て、薄暗い階段を二人はゆっくりと降りる。

「お」

 小さく12号が声を上げた。辿り着いた地下室は、大ホールといっても過言ではないほどの広さがある。昔はここで秘密の舞踏会でも開かれていたのかもしれない。
 しかし、天井にあっただろうシャンデリアは跡形もなく、壁はところどころ朽ちている。漂う冷気が、まともな人間が踏み入る場所ではないことを示していた。

 そして何より。12号と6号を驚かせたのは、床一面に描かれた巨大な魔法陣と、その中心に座る少女。それから――少女の隣で宙に浮かんでいる、異形の者。

「悪魔だ……」

 12号が思わず、と言った様に言葉を漏らす。それに6号も頷き、すぐにバックアップ部隊へと連絡した。「人型の悪魔がいる」と。これは、非常に重要な情報であった。

 悪魔と言えば、人外の力で様々な破滅を人間にもたらしてきた厄介な存在である。ある王は不老不死を願い悪魔と契約した結果、代償として国民すべての命を奪われ。ある者は戦争の道具として召喚した結果、敵も味方も構わず全て皆殺しにされ。
 そういった逸話に事欠かない、魔物である。しかも、カミラと一緒にいるのは人型の悪魔だ。人型は、思考も人間と同じように可能であるため、動物型や無機物型に比べると狡猾で、残忍であると言われている。……人間に似た結果が、狡猾で残忍だというのだから、何ともいかんしがたい話だ。

「なるほど、悪魔の力を借りてあれほどの障壁を展開していたのだな」
「だねえ。さすがにカミラ嬢一人であれをやるには無理がある。……と言っても、悪魔召喚を成功させただけでも、大したものだけど」
「違いない。こうなると、バックアップ部隊をそう簡単に突入させるわけにはいかないぞ」
「ああ。悪魔相手だと、分が悪い」

 それぞれに部下たちの実力を思い浮かべ、悪魔相手は厳しいだろうと結論を下した。一体で国を亡ぼすほどのちからもあるというのだ、いくら精鋭ぞろいとは言え、普通の人間に戦わせるのは難しい。もちろん、それでも自慢の部下であれば間違いなく悪魔を倒せるだろうが。無傷で、とはいかないだろう。

「……にしても、なんかあれだな、なんつーか……うん、仲良さそうだな、あの二人。いい感じじゃねェか」
「いい感じ?」
「あー……なんかその、悪魔と契約している関係には見えないってこと。ほら、カミラ嬢、楽しそうに笑ってるじゃん」

 12号に言われて、6号もよく観察してみる。確かにカミラは年頃の少女らしい明るい笑顔を向けている。二人の耳に届くカミラの笑い声も、弾んだものであった。

 さて、と見ているうちに、悪魔の手元に魔力が集まる。まさか、と構えた12号と6号の前で……悪魔の手のひらに、ぽん、と白い花が生み出された。それを見たカミラは、これまで以上にはしゃいで楽しそうに手を打ち合わせている。

「……どう見ても、悪魔になついてるっぽいな、あれ」

 12号は肩を竦めた。それは、予想外だ。悪魔と人間の関係は使役するものとされるもの、搾取するものとされるもの。古今東西、この様な関係を悪魔と人間が築いたという話は聞いたことがない。

「だからと言って、我々がここで引き下がるわけにもいかん」
「わかってるって」

 二人はさらに前へと進み、警戒しながらも床一面を埋め尽くす魔法陣の一端に足を踏み入れた。

 その瞬間。悪魔がぎろりと二人を見る。金色の瞳が怪しく光り、威嚇するように大きく翼が広げられた。そして、その翼はカミラを守るかのように、その小さく細身な体を抱き寄せる。

「姿を見せろ、人間」
「悪魔さん?」

 悪魔の低い声と、きょとんとしたカミラの声が地下のホールに響いた。
 6号と12号は目を合わせる。

「さすがに、悪魔には見破られるか」
「そもそも対人用のやつ使ってたから仕方ないよ」

 6号はため息をつきながら隠密魔法を解除した。完全に見破られてる状態で、隠密魔法を維持する必要もない。

「誰!?」

 突然現れた二人の男に、カミラは悲鳴を上げる。と、同時に、天井から吊り下げられていた紐を勢いよく引っ張った。……遠くで、鐘の鳴る音が聞こえる。

「あー、そうやって地上に知らせる仕組みになってんのな」

 12号は余裕の態度で、のんびりと言った。6号もそれに動揺することもなく、ホール全体を見渡し「子供たちはカミラ嬢達の向こうにいるな」と冷静に確認していた。
 首元の通信機に手を伸ばし、動揺したまま動けないでいるカミラを見据えながら、6号は無慈悲にも報告をあげた。

「こちら6号、誘拐されたと思わしき子供たちを発見した。繰り返す、誘拐されたと思わしき子供たちを発見した。バックアップ部隊は直ちに屋敷の捜索を開始せよ」
「! ゆ、誘拐!?」

 6号の言葉を聞いたカミラは目を丸くする。違う、父が言っていたのは、犯罪者の子供を一時的に収容しているだけだって……!
 動揺したカミラの背中に悪魔の手が回された。落ち着かせるように、とん、と優しく叩かれる。カミラはハッと我に返った。

「な、何を言ってるんですか! そもそも貴方たち、なんなんですか!」
「そうだねえ、いろいろ聞きたいことはあるねえ……まあ、俺達もお嬢さんには聞きたいことがたくさんあるんだ」

 そうしているうちに地下の入り口が騒がしくなる。荒い足音とカチャカチャと耳障りな音と共に階段を下りてきたのは、ルーラル伯爵家の兵士だった。

「いたぞ! 不法侵入者だ!」
「不法侵入ではない。伯爵家の人身売買容疑を明らかにするために――」
「あー6号、それ、相手、聞いてないから」

 襲い掛かってきた兵士の攻撃をひょい、と簡単にサイコキネシスで止めてから、12号は呆れた様に言った。6号はどうしても融通が利かないところがある。それも、皇帝陛下の信を受けた自分達に後ろ暗いところは一切ない、と周囲に説明しなければならないと思い込んでいるかのような態度をとることもしばしば。つまり、こういった乱戦の真っ只中で突然正論を言い始めたりだとか。

 12号に遮られた6号は、ふむ、と思い直して、12号に軽く手を振った。

「騎士の相手は任せる。私は子供の保護に行こう」
「おっけー。そうしないと、全員ミンチになっちゃうからねぇ」
「……私とて、それなりに魔力のコントロールはできる」
「はいはい」

 むぅ、と剥れた顔を12号にだけ見せてから――いや、12号にしかわからない変化、とも言える――6号はまっすぐにカミラ達に向けて走り出した。

「いやぁっ!」

 混乱と緊張の極みにあったカミラは、ついにパニックに陥って魔法を連射する。無属性の、基本中の基本であるマジックバレット。ただの魔力の塊、それも直線軌道で、水鉄砲のようにゆっくりと迫るものを6号が回避するのは容易かった。
 溢れる膨大な魔力任せに、カミラはマジックバレットをばらまく。それら全てを回避して、肉薄してくる6号に恐怖したカミラは目を閉じて隣の悪魔に縋った。悪魔の大きな手が、カミラの後頭部に回される。

 しかし、6号はカミラ達の隣をすり抜けて、子供たちがいる檻へと手をかける。

「あっ、だめっ!」

 カミラは遅れて振り返って、悲鳴をあげた。父から命じられていた『あの檻には誰も近づけてはいけない』と。これでは、父の期待に応えられない。
 どうしよう、とカミラは泣きそうになりながら悪魔を見上げる。悪魔はそんな哀れなカミラを見下ろして目を細めた。

「願いがあるなら願えばいい。契約と代償の範囲内であれば、私は働こう」
「おいおい、悪魔がそう簡単に働いちゃ困るんだよ」

 悪魔の言葉にカミラが答えるより早く、低い男の声が割り込んでくる。カミラが恐る恐る目を向ければ、そこにはケガも汚れも一つもなく、出会った時のままの長身の男が立っていた。男の足元には、よく見れば多くの兵士達が転がっている。

「ひっ……」
「あ~……お嬢ちゃん、ほら、俺、そんな怖くないから。大丈夫大丈夫、変なことしなければ、手は出さないから、ね?」

 12号は朗らかな笑みを浮かべて優しく、カミラに語り掛けた。……多数の武装した人間を一瞬で倒した、化け物に甘い言葉で囁かれてすぐに返事ができるものか。特に、怖くない、だなんて言われて、信じられるものか。

「ど、どうしよう……お父様、どうしたら……っ!」
「カミラ」

 パニックになったカミラの耳に、甘く優しい、聞きなれた声が滑り込んでくる。涙目のままに見上げれば、悪魔が優しく微笑んでいた。

「彼らは、君を捕まえに来たのではないかな? そうだな、君の父上も捕まえに、来たのではないかな?」
「どっどうして……!」

 カミラの最もな質問に答えたのは、悪魔ではなく6号だった。しかし、その内容を聞いて悪魔はことさらに笑みを深める。

「それは、君の父が誘拐及び人身売買を行っていると通報があったからだ。……実際、誘拐された子供たちがここにいる」

 非常に素直に、内情をさっくりと明かして正論を言った6号に、12号は頭を抱えた。

「……おーい6号さん、余計なこと言わないでやってくれよぉ……」

 言わなければ、うまくカミラを懐柔して無血開城、とできたかもしれないのに。まさに、そういうところが戦争兵器としてチューニングされた前世代の猟犬の弱点、なのだろう。敵を殲滅することに特化しすぎて、人間らしい取引がほとんどできない。
 12号は余計な地雷を踏ませたなあ、と思いながら、カミラの様子を伺う。案の定、彼女の顔は見る間に青くなっていった。

「私はどうなるんですか? 伯爵家は? お父様は?」
「君の身柄を拘束させてもらう。ルーラル伯爵も同様だ。伯爵家は罪状が確定次第、取り潰しになるだろう」

 表情を変えずに事実を告げる6号に、12号は煽るね~と心の中だけで苦笑した。6号は聞かれたから、答えただけ。ある種、嘘がつけない人種とでも表現したら良いのであろうか。前世代の猟犬が「不便」だと言われるのは、こういうところにある。12号は久々に前世代の扱いの難しさを目の当たりにして、何とも言えない気持ちになった。
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