後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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第53話 見たモノ

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 獨昭媛の衝撃的ともいえる姿が目に焼き付いているせいで、美雪は動けないでいる。しかし奥にいた初老の女性医師から少々よろしいでしょうか? と相談をもちかけられた。

「朝日様も含めて、獨昭媛様のご対応をお願いしても構いませんでしょうか? こちらは人手が足りず……」
「わかった。皇后様に掛け合ってみる」

 一旦暁華殿へと戻った美雪と朝日。糸車を器用に使って糸を紡いでいる姜皇后へ、獨昭媛の報告と応援依頼があった事を教えた。

「わかったわ。獨昭媛を助けてあげて。薬師も美雪ともう2人くらい派遣いたしましょう」
「ありがとうございます。皇后様」
「それにしても、祟りね……」

 そのようなものはないのに。と彼女は独り言ちる。その言葉は美雪の脳内で何度も反響した。

「えぇと、皇后様は祟りや幽霊と言った類は……」
「信じているいないと言うよりかは……必然的なものだと私は考えているの。何か良い事をすれば良い事が起こるし、悪い事をすれば悪い事として帰って来る」

 私はそうお母様から教えられたの。と姜皇后は糸車を動かす手を止めないで語る。

「さあ、いってらっしゃい。医師や薬師の子達へは私から言っておくから」
「はっ、かしこまりました!」
「また時間がある時に報告に来てくれると助かるわ」

 手を止めてにっこりと笑って送り出してくれる姜皇后へ頭を深々と下げてから、再び烈華殿へと向かった。
 それから朝日と美雪、美雪の先輩のひとりである男性薬師・リーが獨昭媛の医師団の元へと加わる。
 獨昭媛の医師団は主に対しては真剣そのものではあるが、詰所へ戻った時の様子は姜皇后の医師団よりもだいぶおおらかな空気で満ちていた。非常事態であるにもかかわらず、メリハリの利いた環境は思わず驚きを感じてしまう。

「あの、詰所ではいつもこのような感じなのでしょうか?」

 詰所にいる薬師達は将棋をしたり、お菓子を作って食べたりと各々自由に過ごしていた。お菓子に使われているあんこの優しい香りが詰所中に満ち満ちているのが知覚できる。
 ちなみに烈華殿は薬を配合したりする場所と詰所はそれぞれ違う場所にある為、お菓子の匂いが薬につく事はあり得ないが、それでも中々に衝撃的な光景だ。
 美雪の問いに対し、お菓子を食べている老いた女性の薬師がそうだよぉ。と間延びした声で答えた。

「仕事の時は真剣に。休むときは休む。それがうちのやり方さあ」
「な、なるほど……! 獨昭媛様の事は、ご心配です、よね……?」
「勿論。でも人はいつか死ぬ。それに獨昭媛様は悪事に手を染めてきた妃。必ず報いの時が来るもんだ」
(やっぱり、噂は本当でいらっしゃるのでしょうか……?)

 疑いの感情が強くなっては止まりそうにない。

「美雪さん、難しい顔になっとるよ」

 老いた女性が差し出したのは、白いお餅だった。恐る恐る丸い白いお皿ごと受け取り口にする。

「あまくて美味しい……!」
「そうじゃろう。あまり気を詰めてはならんよ」
「お気遣い感謝いたします……」

 その後は交代で獨昭媛を懸命に介抱する。吐き気がきついのか、それともまた別の理由かはわからないが、彼女の精神は削られていくのが見て取れた。

 日が暮れて夜になる。美雪は一度夕食を取ると再び獨昭媛が横たわる部屋を訪れた。

「あぁ……わらわは死ぬ……子も成せずに死んでしまうと言うのか……」

 明らかに錯乱しかけている獨昭媛の視点は定まっていない。そんな彼女の手を導かれるようにして握りしめる。
 冷たいのは変わらないが、あの時と比べてすこしだけぬくもりがあるようにも感じた。

「獨昭媛様……死なないでください」
「美雪……?」

 獨昭媛の大きな瞳に射抜かれる。ごくりと唾を飲み込んだ美雪はゆっくりと息を吸った。

「あなたはまだ生きるべきです」
「な、なぜ……」
「あなたがもし、罰を受けなければならないのでしたら……病で死ぬのはいけないと思います」

 美雪の手は力がぎゅっとこもる。獨昭媛は美雪の顔から手に視線を移した。

「勝ち逃げは許されないと言う事か」
「それもございますし……ごめんなさい。うまく言葉にするのが難しくて」
「ふう……うぇっ……! そなたは本当に優しい薬師じゃのう」

 美雪の耳には呆れたようにも、ただの呟きにも聞こえた獨昭媛の言葉。彼女はそのままゆっくりと瞼を閉じていった。

(眠ってしまわれたのかな?)

 試しに彼女の首元に手を当てる。脈は何ら変わりなく拍動を続けていた。手首も握ってみるが乱れもない。
 
「美雪さん、交代しましょう」

 後ろから獨昭媛付きの若い男性薬師が白いお椀を持ってやってきた。彼は先ほど詰所で将棋をしていた人物である。
 そんな若い男性薬師が手にしている白いお椀には、白色の粉末が入っていた。

「あの、そのお薬は?」
「ああ、えっと、その、こちらは栄養剤っす。ほとんどお食事を召し上がっていらっしゃらないようだから、って……」

 そう語る男性薬師は明らかに動揺を隠しきれていない。

(怪しい。何かを隠していらっしゃるようだ)
「そのお薬は、誰のご指示によるものでございますか? それに今獨昭媛様はお眠りになられていますので、目を覚まされてからの方がよろしいかと。誤嚥すれば大変ですし」
「あ、た、確かに、そうっすよね……」
「それで、指示はどなたから……?」

 若い男性薬師の額からは季節外れの汗がたくさんにじみ出てきていた。そして失礼します! と絶叫してその場から走り去っていく。

「あっ待ってください……!」
(言い過ぎたかも……でも、あの様子おかしすぎます……!)

 美雪は意を決して若い男性薬師を追いかけていく。彼が向かった方向は、詰所でもなければ薬を調合する部屋でもない。全く別の部屋だった。
 
(ここは……空き部屋?)
「ご苦労だったな」

 聞き覚えのある声が部屋から聞こえて来る。と、同時に部屋から廊下へ2人の男性が現れる。

「おや、美雪さん。やっぱり来てくださいましたね」
「君……生きてたんだ」
「児永さん……宇鐘さん……?」
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