ずっと片思いしていたエリート外科医の溺愛は妄想と違って淫らな模様です

二位関りをん

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第13話 癒しと執筆

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「はい。いつも先輩頑張っていますし、癒してあげたくて」

 両手の拳に力が入る。秀介の顔を見ようとしても、なぜだか直視できない。

「咲良……」
「つ、疲れた時には甘いものがいいって聞きますので、私も、執筆中はよくチョコレートとか食べてました。だから……」
「そっか。ありがと。俺の事心配してたの?」
「はい。やっぱり先輩には元気でいてもらいたくて。それに先輩について知らないまま、帰りが遅くなって寂しがるなんて……」

 なぜか目頭が熱くなってぽたりぽたりと涙が零れ落ちてきた。どうしてこうなってしまったのか咲良もわからず、ただあふれ出て来る涙を流し続けるしかできない。
 彼女の異変に気がついたスタッフの女性がさっと黄色いボックスティッシュを差し出してくれた。

「お客様どうぞ。遠慮なく使ってください」
「あ、ありがとう、ございますっ……なんでかわからないんですけど、急に……」
「そのような事誰だってございますよ。さあ、お気遣いなく」

 震える手つきでティッシュを1枚取って、目じりと目頭を交互に抑える。秀介はそんな咲良をそっと抱きしめた。

「せんぱ、い」
「いいんだよ咲良。咲良がそう思って当然だ。何にも悪い事なんかしていない」
「でもっ……!」
「確かに俺は医者だ。研究は欠かさず行わなければならない。だけど、君をおざなりにするのも違う」

 彼の声はいつもよりワントーン程低く、芯が籠っていた。

「ごめんな咲良。君に気を使わせてしまって。手放したくないくらいこんなに君の事が好きなのに」
「あ……」
「ケーキ、俺がおごるよ」

 秀介の胸の中にいる咲良は慌てて阻止しようとするが、秀介の意志は硬かった。その意志が咲良の心をもみほぐし、柔らかくしていく。

「いいだろ別に。それくらいさせてくれ。な?」
「わ、わかりました……」

 彼の首筋から漂う甘い空気に、溺れていきそうになるのを知覚した。

(やっぱり、先輩にはかなわない)
「じゃあ、どれにする? 俺はこのガトーショコラのホールケーキ一緒に食べたいなって思ってるんだけど」

 ホールケーキと言われて一瞬咲良は驚きを見せるが、彼の食欲ならありえなくもない。それに一緒に味をシェアできると思えばとても嬉しい選択だった。

「ホールケーキなら一緒に味わえますもんね」
「だな。あとはこのカスタードのシュークリームと、バニラのロールケーキも。咲良は?」
「私はチョコレートのミルクレープ食べたいですね……! あと、先輩と同じシュークリーム、いいですか?」
「もちろん。じゃあ決まりで良いか?」

 咲良は大きく首を縦に振った。お支配は秀介がカードで済ませ、たくさんのケーキが詰まった白い紙袋を抱えてマンションへ戻る。

「もうこんな時間か、ケーキさっさと食うとするかな」
「そうですね。ガトーショコラ楽しみです」
「ははっ。そうだな。シュークリームも食べよっと」

 リビングで食べるガトーショコラとシュークリームは、とびきりの甘さと食感だった。濃密なショコラの味わいには苦みが思ったよりもほとんど感じられない。シュークリームにはカスタードクリームはぎっしりと詰まっていて、口からはみ出そうな勢いだ。
 それらに癒された咲良の目にはすっかり涙が消え、幸せで満ちている。

「ん~~美味しい……」
「咲良のそういう顔、俺好きだよ」
「えっ」
「あっ右下の口元にクリームついてる」

 そう言って咲良の口元についたクリームを指で掬い、ペロッと舐めとる秀介。まるでべたな展開だがそれでも彼の爽やかな表情は脳裏に焼き付けられていく。

(こういうシチュエーション、よく妄想したなあ。本当に現実でも起っちゃうなんて)
「咲良、どうした? 俺の事考えてた?」
「あっ……はい。こういう事よく考えてたなって」
「そっか。へへ。咲良の事またひとつ知れた」

 無邪気に笑う秀介の顔を見ていると、胸の奥から愛おしさを感じる。こんな幸せな時間が永遠に続きますように。と心の中で祈りながら、カスタードクリームが溢れそうなシュークリームにかぶりついた。
 
◇ ◇ ◇

 自室に戻った咲良は段ボールの中に収められたままの同人誌と向き合っていた。

「ここに書いていた作品とは違う、先輩を見れたんだ……」

 彼をモチーフにしたキャラクターが甘い目線を向ける表紙は、どれもかけがえのないもの。否定する気持ちはない。

「よし。書こう!」

 21時過ぎを示しているスマホ画面から、執筆に使用しているアプリを起動させ、思いつくままに打ち込み始める。
 普段執筆する時は最初にプロットを作ってから本文を書き始めていくのだが、今は違う。手術室で見聞きした彼を脳裏に浮かばせながら、衝動を文字にし続けるのだ。
 秀介の姿を留めたい。目と脳だけに刻み込むのではいけない、形にしなければ。と言うアクセルが咲良の指をせわしなく動かす。

 こんこんとノックする音が聞こえて来るが、集中力が極限まで増している咲良の耳には入ってこない。

「咲良? さ――く――らぁああ?!」
「! あっ先輩! どうぞ!」
「ごめんごめん急に……何してるの? もしかして小説?」

 彼に画面を覗かれてすぐにバレてしまった。正直に伝えるべきか、それとも黙っているべきかで迷う咲良は返答に困ってしまう。

「あ、ええっと……はい。小説を」
「ねえ、ちょっとだけでいいから見せて」
「! あっ、まだ全然書きかけなので、ちょっとだけなら……」
「どれどれ……器具を繊細な手つきで扱う彼のまなざしは、例えるなら宝石のように煌めきを放っていた。ねえ……」

 一言一句はっきりしたトーンで音読されたせいで顔から火が吹き出そうになる。両手で顔を覆っていた所へ秀介は右手を掴んでゆっくりとどかそうとしてきた。

「大丈夫だ。怒ったりなんかしないし、バカにしたりもしないから」
「うっ……せ、先輩、その、なんだか恥ずかしくて……」
「俺はこんな風に文章書けるのすごいと思うよ」

 えっ? と咲良は小さく口にしながら手を顔から離していった。

「だってそうだろ。こんな文章、誰でも書けるわけじゃない」
「誰でも書ける、訳じゃ……」
「これだけ書いてるんだ。俺の知らない所でも君は努力してきた、書き続けてきたのが伝わって来る。だからもっと自信持っていい」

 ぐっと彼の顔が近づいてきた。促されるままに瞼をつむると、一瞬だけ唇が重なって離れていく。

「とにかく。俺は咲良が好きだ。君が書く文章もとってもわかりやすくて好き」
「っ! あ、ありがとうございます……!」
「へへ、完成したら一番先に俺に読ませてくれよ。絶対な?」
「もちろんです!」

 秀介が小指を立てて目の前に差し出してくる。指切りするのはいつぶりだろうかと思いをはせながら彼の美しい指に自分の小指を絡ませた。

◇ ◇ ◇

 次の日の朝。この日も秀介は午前中からオペが入っており、帰りは遅くなるらしい。

「わかりました。お気をつけて」
「おう。帰ったら昨日買ったロールケーキ一緒に食おうな」
「はいっ」

 咲良よりも先に朝食を済ませた秀介は、ガトーショコラの残りを食べつつ、スマホを片手に何かを調べ始めた。

「なあ咲良、ここ覚えてる?」
「えっ……え?!」

 スマホ画面に映し出されたのは、高校時代に遠足で訪れた水族館だった。

「ここ、咲良の同人誌にも書いてあったやつだよな? 今度の休み、一緒に行かない?」
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