ずっと片思いしていたエリート外科医の溺愛は妄想と違って淫らな模様です

二位関りをん

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第21話 突然の訪問

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 言葉を返せないでいると、鍋から沸騰したお湯が吹きこぼれてきた。慌てて火の加減を弱めるのと母親が再び咲良の名前を呼ぶのがほぼ同時だった。

「ねえ、咲良! 聞いているの?!」
「お母さん……ねえ、なんで離婚してって言うの……? だってお母さん、私の事なんて大事に思ってなかったよね……?」

 そう、母親は咲良を常に理一と比べ続けてきた。そして理一を溺愛して咲良に対しては厳しく接していたのだから、咲良としては心配していたなとどは到底思えない。

「そんな事はないわ、大事に思ってきているわよ! だから理一と同じ学校に行かせたんじゃない!」
「それなら、どうして離婚なんて……!」
「とにかく! お相手の方と話し合って、早くこっちに戻ってきなさいね。それじゃあ」

 ぶつりと一方的に電話は切られ、つ――つ――と電子音が空虚にこだまする。

「なんでよ、いきなり……」

 ぼこぼこと沸騰する片手鍋のお湯を見ていると、自分のやりきれなさを表現しているように見えた。
 母親はいつもそうだ。自分の思ったとおりにならないと気が済まない。

(それに楓華さんが知ってたなんて……もしかして、大学病院に通ってたりするのかな……)

 元をたどれば母親に楓華が自分と秀介の関係を伝えたのが事の発端だ。その点についても大きな衝撃が残る。
 出来上がった昼食をひとり、孤独に頂く。深い濃厚な味わいで甘みもあるハンバーグのデミグラスソースが、こわばった胸の奥までしみ込んでいくが、美味しさを堪能するまでには至らなかった。

◇ ◇ ◇

「ただいま、咲良。遅くなってごめん」
「先輩おかえりなさい!」

 秀介が帰宅したのは22時頃。容体が急変した患者の対応などに追われていたらしく、朝と比べて顔色は良くない。
 同人誌を見せようと思っていた咲良だったが、日を改めて彼のケアに集中した方がいいと考えながらお茶碗にご飯をよそっていた時。後ろからふわりと甘い香りと温かなぬくもりに包まれる。

「先輩?」
「チャージタイム~~……」

 右肩に秀介が顔を埋めているせいか、少しくすぐったさと甘美な感覚の2つを知覚する。

「先輩っ……!」
「疲れたから少し、こうさせて?」

 甘えたな声でそう言われてしまえば断れないと言うもの。だが母親から電話で言われた言葉の数々が脳裏によぎる。

「先輩……」
(先輩と一緒にいたい。けど……いや、もうお母さんの事は考えないようにしよう)
「先輩、今日の晩ごはん、先輩の好きなフライドポテトもありますよ」
「マジで?! やった。ああそうだ。疲れたから一緒にお風呂入っていい?」

 お誘いの決まり文句を右耳のすぐ近くでささやかれ、ぴくっと反応したせいでお茶碗を落としそうになる。

「すまん、大丈夫か?」
「いえ。大丈夫です……! ちょっとびっくりしちゃって、ごめんなさい」
「いやいや。咲良、もしかして疲れてる?」
「えっ。でも先輩こそ……」

 彼の目を直視できず、そらしてしまう。すると秀介はお茶碗を代わりに持った。

「無理はよくないよ。俺がやるから座ってて」
「あ……ごめんなさい……」

 秀介と自分との間に、明らかに溝がある。それを咲良が知覚するのは初めての事だった。

(これまでこんなにぴりぴりした感じ……あったかな)

 あれだけ脳内で妄想を繰り広げてきた相手と、関わりにくさを覚えるなんてと戸惑いながらも、ゆっくり椅子に座る。

「はい、どうぞ」

 ことりとお茶碗が置かれ、一緒に手を合わせていただきます。と唱えた後はもそもそと食事を始めるがその間会話は一切ない。会話が無いのがこんなにもどかしいなんて思ってもみなかっただけに、食欲がわいてこない。

「なあ、咲良」

 そんな中切り出された彼の言葉に、えっ! と咲良は目を丸くさせた。

「咲良、なんかあった?」
「あ……」
「怒ってないよ。ただ、もし何かあったら心配だなって。もし咲良が良かったら俺に話してほしい」
「……」

 素直に打ち明けたい気持ちと、打ち明けて彼に迷惑がかからないかと気にしてしまう気持ちの板挟みになってしまう。

「……いえ、なんでもないです」

 結局は彼を思うが故の遠慮に負け、作り笑いを浮かべながら根菜類と一緒に煮込んだ鶏もも肉をお箸で掴んだのだった。

◇ ◇ ◇

(もう、3か月、だよね……)

 自分以外誰もいないリビングで、咲良はカレンダーを眺めていた。お試し契約が終わる3か月が、あと1週間に迫っている。
 
 あれから母親や楓華かれの連絡は来ていない。母親から電話がかかって来た日の3日後、たまたま理一から連絡が来たので相談した所、着信拒否を勧められたので、そのように設定している。
 しかし秀介とはどこかぎこちない空気が広がっているように思えて仕方ない。
 秀介の接し方は普段と変わらないし、いつものように淫らに一途に愛されているのを感じている。が、幸せいっぱいだった頃と比べると、壁があるように咲良は思っていた。

 今日、秀介はオペ日なので帰って来るのは夜遅く。今日の昼食と夕食はどうしようかと頭を悩ませているとインターホンの音が鳴った。

(松原さんかな?)
「咲良さん、あなたのお母様だと仰る方がお越しなのですが」
「お母さんが、ですか?」
(なんで?! こわい!)

 この家の詳細な住所は誰にも言っていない。以前交わした母親とのやり取りでも、医者と結婚した点しか知らないようだったのを思い出す。
 それゆえにどうやって住所まで知ったのかと言う疑問と共に、咲良の背筋がぞくりと震えあがった。

「咲良さん、いかがなさいますか? 居留守を使う事も出来……わっ?!」
「咲良、いるんでしょ?! 早く出てきなさい!」
(お母さん……?! ど、どうしよう、松原さんに迷惑をかける訳にもいかないし……!)

 結局は松原への心配が勝る形となり、恐怖を隠して出る事にした。

「咲良! あんたこんな所にいたの?!」

 ドアを開けるとそこには松原に羽交い絞めにされている母親の姿があった。白髪交じりの黒いボブヘアをした彼女の白いTシャツに鼠色のパーカーと黒いジーンズ姿は、このラグジュアリーなマンションとは似合わない服装である。

「咲良! 帰るわよ、これ以上春日先生にご迷惑をおかけしちゃだめよ……! あなたと春日先生は住む世界が違うのよ!」
「そ、そう言われても……」
(だって元を辿れば楓華さんのせいで追い出されたのに! まあ、住む世界が違うのは理解しているけど……!)

 楓華とのやり取りを正直に打ち明けるが、母親の怒りは収まらない。

「じゃあ近くの団地にでも住めばいいじゃない! 親戚の家だってあるわ。とにかく、ここから出るわよ! こんなキラキラした場所、咲良には似合わないの、わかる?!」

 似合う似合わないで言えば似合わない部類なのは百も承知だ。承知していたからこそ、胸が痛む。

「それは無茶だってお母さん……! お願い、落ち着いて……!」

 暴れる母親を松原が必死に抑えつけている。が、母親の力の方が凄まじかったのか、松原は後ろに突き飛ばされた。
 あまりにも衝撃的な光景に、咲良は息を呑む。

「松原さん?!」
「いたた……気にしないでください。こういうのは慣れていますから。しかしながらこれ以上は警察を呼ぶ必要がありますね」
「なっ警察?! ちょっと咲良! お願いだから戻るって言いなさい! お母さんも大事にはしたくないのよ……! お母さんはね、あなたの事が大事なのよ!」

 母親が咲良の両手を掴み、縋り付くような目を向けて来る。どうして今になって自分を頼って来るのか理解できないが、これ以上松原や秀介に迷惑をかけるのも気が引ける。
 それに松原へ身の危険が迫っている以上、自分の思いを通す事は考えられない。

「わかった……」

 咲良はがくりと肩を落とし、しがみついている母親の手を冷たい手で握り返した。

(これで、いいんだよね……私が我慢すれば、大事にはならない……)
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