23 / 41
第22話 ごめんなさい、先輩
しおりを挟む
母親はほっと息を吐きながら、咲良の右肩に手を添えてきた。
「じゃあ、一緒に帰りましょう」
「ま、待って……!」
「どうして待つ必要があるの? 荷物なら後日送ってもらえばいいじゃない」
返答に困っていると、松原がそっと近づき、私にご提案がございます。と静かに切り出してきた。
「お母様、恐れ入りますが、ご結婚されていらっしゃいますし、せめてお別れの場を設けてみてはいかがでしょうか?」
「でも……!」
「お母さん、松原さんの言う通りだと、思う……!」
母親は添えていた手を離す。その隙に咲良は秀介の自宅へ走り出した。鍵をガチャリと閉めるとその場にへたり込んでしまう。
「はあ……はあ……いやだ。先輩となんか、別れたくない、のに……!」
大粒の涙がたくさんあふれ出てきては顔を濡らしていく。彼への気持ちが高まっていくたびに胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「うっ……あぁあああっ……せんぱいっ……やだ、一緒に、いたいのに……!」
ずっと妄想してきた秀介はかなわない存在で、様々な顔を見せてくれた。破廉恥極まりない愛から小さな幸せ、そして患者達に見せる誠実な顔つき。どれをとっても咲良にとっては煌めく宝石のようだ。
(私がもっとしっかり嫌って言ったら、変わってたかな……私、ちゃんとはっきり言っておけば……)
もっと母親を拒絶すべきだったと後悔しても、松原が突き飛ばされる姿が何度も思い起こされる。あそこでより自我を出していたら母親が何をしていたか。想像するだけでぞっとしてしまう。
「もう、嫌だよ……嫌だよ……」
絶望に打ちひしがれながら涙を流し続けていた中、インターホンが鳴った。さすがに泣きはらした顔のままはいけないのでティッシュで雑に顔を拭いてから確認すると、疲労の色を隠し切れない松原の姿が見える。
「松原さん……」
「ああ、モニター越しで構いませんよ。お母様にはお帰り頂いたのでそのご報告に参りました」
「! そ、そうでしたか……ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「謝らないでください。あなたは何にも悪くないではないですか」
松原からの声がけも、今となっては彼に気を使わせてしまっているように捉えてしまう。何度も頭を下げて謝罪の言葉を紡いだ後は、空虚さだけが残った。
「はあ……」
秀介に対してなんて接すれば良いのか。考えても答えが出てこない中時間は残酷に過ぎ去っていく。
◇ ◇ ◇
秀介は帰宅するや否や、咲良の泣きはらした目の周りに気がついたようだ。
「咲良、泣いてた? 目が真っ赤になってるけど」
「あ……」
「何があったか聞かせてほしい。言える範囲で良いから」
玄関で大きなリュックを背負ったままの彼に両肩をぽんと触れられ、じっと真っすぐな瞳を向けられると胸の奥が再び熱くなってきた。
「っ……せんぱい、……! そんな目で、見ないでくださいっ……」
「えっ?! どうした?! わかった。たくさん泣いていい。ゆっくりでいいから……」
「いえ、大丈夫ですっ……私、先輩とさよならさせてください」
「……どうして?」
穏やかだった秀介の顔が一変し、どこか冷たさを孕んだかのような厳しいものになる。
「私、やっぱり先輩と住む世界が違うんです。お母さんからそう言われました。帰って来いって。本当は先輩の元から離れたくはないですけどっ……これ以上、先輩に迷惑になるのも、嫌だって……」
「咲良……」
「先輩ごめんなさい。ごめんなさい」
無言だった秀介の口元がぎゅっと結ばれたのが視界に入った瞬間、咲良は彼に思いっきり抱きしめられた。
「俺はそんな事思ったのは一度もない」
「え……」
「だから言っただろ。君を手放す気は一切ないって。俺はもうこのチャンスを逃したくないんだ。君をあの日居酒屋で見つけた時から、ずっと……!」
え。と口元から声が零れ落ちたのと、秀介から強引に唇を奪われたのがほぼ同時だった。
「んっ……!」
「じゃあ、一緒に帰りましょう」
「ま、待って……!」
「どうして待つ必要があるの? 荷物なら後日送ってもらえばいいじゃない」
返答に困っていると、松原がそっと近づき、私にご提案がございます。と静かに切り出してきた。
「お母様、恐れ入りますが、ご結婚されていらっしゃいますし、せめてお別れの場を設けてみてはいかがでしょうか?」
「でも……!」
「お母さん、松原さんの言う通りだと、思う……!」
母親は添えていた手を離す。その隙に咲良は秀介の自宅へ走り出した。鍵をガチャリと閉めるとその場にへたり込んでしまう。
「はあ……はあ……いやだ。先輩となんか、別れたくない、のに……!」
大粒の涙がたくさんあふれ出てきては顔を濡らしていく。彼への気持ちが高まっていくたびに胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「うっ……あぁあああっ……せんぱいっ……やだ、一緒に、いたいのに……!」
ずっと妄想してきた秀介はかなわない存在で、様々な顔を見せてくれた。破廉恥極まりない愛から小さな幸せ、そして患者達に見せる誠実な顔つき。どれをとっても咲良にとっては煌めく宝石のようだ。
(私がもっとしっかり嫌って言ったら、変わってたかな……私、ちゃんとはっきり言っておけば……)
もっと母親を拒絶すべきだったと後悔しても、松原が突き飛ばされる姿が何度も思い起こされる。あそこでより自我を出していたら母親が何をしていたか。想像するだけでぞっとしてしまう。
「もう、嫌だよ……嫌だよ……」
絶望に打ちひしがれながら涙を流し続けていた中、インターホンが鳴った。さすがに泣きはらした顔のままはいけないのでティッシュで雑に顔を拭いてから確認すると、疲労の色を隠し切れない松原の姿が見える。
「松原さん……」
「ああ、モニター越しで構いませんよ。お母様にはお帰り頂いたのでそのご報告に参りました」
「! そ、そうでしたか……ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「謝らないでください。あなたは何にも悪くないではないですか」
松原からの声がけも、今となっては彼に気を使わせてしまっているように捉えてしまう。何度も頭を下げて謝罪の言葉を紡いだ後は、空虚さだけが残った。
「はあ……」
秀介に対してなんて接すれば良いのか。考えても答えが出てこない中時間は残酷に過ぎ去っていく。
◇ ◇ ◇
秀介は帰宅するや否や、咲良の泣きはらした目の周りに気がついたようだ。
「咲良、泣いてた? 目が真っ赤になってるけど」
「あ……」
「何があったか聞かせてほしい。言える範囲で良いから」
玄関で大きなリュックを背負ったままの彼に両肩をぽんと触れられ、じっと真っすぐな瞳を向けられると胸の奥が再び熱くなってきた。
「っ……せんぱい、……! そんな目で、見ないでくださいっ……」
「えっ?! どうした?! わかった。たくさん泣いていい。ゆっくりでいいから……」
「いえ、大丈夫ですっ……私、先輩とさよならさせてください」
「……どうして?」
穏やかだった秀介の顔が一変し、どこか冷たさを孕んだかのような厳しいものになる。
「私、やっぱり先輩と住む世界が違うんです。お母さんからそう言われました。帰って来いって。本当は先輩の元から離れたくはないですけどっ……これ以上、先輩に迷惑になるのも、嫌だって……」
「咲良……」
「先輩ごめんなさい。ごめんなさい」
無言だった秀介の口元がぎゅっと結ばれたのが視界に入った瞬間、咲良は彼に思いっきり抱きしめられた。
「俺はそんな事思ったのは一度もない」
「え……」
「だから言っただろ。君を手放す気は一切ないって。俺はもうこのチャンスを逃したくないんだ。君をあの日居酒屋で見つけた時から、ずっと……!」
え。と口元から声が零れ落ちたのと、秀介から強引に唇を奪われたのがほぼ同時だった。
「んっ……!」
4
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~
ダルい
恋愛
「29歳? 子供産むならもっと若い子がよかったな」
中堅企業で働く早川結衣(29)は、婚活市場における年齢の壁と、デリカシーのない男たちにすり減らされる日々を送っていた。
そんな結衣の唯一の癒やしは、マンションの隣に住む幼馴染の高校生・瀬戸湊(16)。
両親が共働きの彼に代わって、幼い頃はお世話をしてあげていた……はずが、いつの間にか立場は逆転。
手料理を振る舞われ、愚痴を聞かれ、マッサージまでされる始末。「湊がお嫁さんならいいのに」なんて冗談を言っていたけれど。
「今の結衣姉が一番綺麗だよ。……早く、誰も手出しできない『おばさん』になってくれればいいのに」
可愛い弟分だと思っていた彼が、時折見せる『オス』の顔。
16歳の高校生と、もうすぐ30歳のアラサー。
13歳差の常識と理性に抗いながら、生意気な年下男子に外堀を埋められていく、甘くて重い現状維持(ラブストーリー)。
「俺が大人になるまで、誰とも結婚しないで」
癒やされたいすべての女性に贈る、最強の年下幼馴染による溺愛包囲網、開始。
諦めて身を引いたのに、エリート外交官にお腹の子ごと溺愛で包まれました
桜井 響華
恋愛
旧題:自分から身を引いたはずなのに、見つかってしまいました!~外交官のパパは大好きなママと娘を愛し尽くす
꒰ঌシークレットベビー婚໒꒱
外交官×傷心ヒロイン
海外雑貨店のバイヤーをしている明莉は、いつものようにフィンランドに買い付けに出かける。
買い付けの直前、長年付き合っていて結婚秒読みだと思われていた、彼氏に振られてしまう。
明莉は飛行機の中でも、振られた彼氏のことばかり考えてしまっていた。
目的地の空港に着き、フラフラと歩いていると……急ぎ足の知らない誰かが明莉にぶつかってきた。
明莉はよろめいてしまい、キャリーケースにぶつかって転んでしまう。そして、手提げのバッグの中身が出てしまい、フロアに散らばる。そんな時、高身長のイケメンが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたのだが──
2025/02/06始まり~04/28完結
政略結婚の相手は、御曹司の元カレでした〜冷たいはずの彼が甘過ぎて困ってます〜
蓮恭
恋愛
『契約からはじまる、真実の愛――冷徹御曹司と、再会から紡ぐ一途な結婚譚』
「――もう、他人のままでいられないと思った」
美しいが、一見地味で物静か、けれどどこか品を纏った静香と、頭脳明晰で冷徹と噂される若き副社長の礼司。
六年前、身分違いの恋に終止符を打った二人が再会したのは――政略結婚の書類の上だった。
契約から始まる一年という期限付きの夫婦生活。
いつしか優しい嘘も、張りつめた距離も崩れていく。
すれ違いの中で募っていく想い。交錯する家同士の事情、嫉妬、そして隠されていた過去。
それでも、何度でも惹かれ合う二人の先にあったのは、『家族』という名の奇跡だった。
真実の愛を知ったとき、男はその名すら捨てて、彼女の人生を選んだ――
これは、ただ一度きりの契約が、本当の運命へ変わるまでの物語。
『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』
星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】
経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。
なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。
「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」
階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。
全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに!
「頬が赤い。必要だ」
「君を、大事にしたい」
真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。
さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!?
これは健康管理?それとも恋愛?
――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる