婚約者を妹に奪われ、家出して薬師になった令嬢は王太子から溺愛される。

二位関りをん

文字の大きさ
64 / 88

ジュナ視点⑧ ありがとうとごめんなさい

しおりを挟む
 草を踏みしめて私は走る。こう言う夜で辺りが見えない時コンパスは便利だ。

(確か、小さい時にお母様にねだって入手したのだっけ)

 走る。走る。とにかく北へ、リナードがいる町へ向かってひたすら走る。

「はあっ、はあ……」

 さすがに息が切れてしまった。すると集落の道を歩く老いた小柄の男性に遭遇する。試しにリナードがいる町への向かい方を聞くと、ここからこの道をまっすぐ北へ向かえばすぐに到着出来るという答えが帰って来た。

「だが、国境を超えなければ入れないぞ。お嬢さんは専用の書類とか持っているのかね?」
「あ……」

 そんなものは持っている訳が無い。だが、この人にその事がバレたら危ない気がしたので、作り笑いを浮かべて持ってますと答えたのだった。

「今日はもう暗い。行くなら明日にしたらどうだ?」
「すぐに到着するのでしょう? なら行くわ」

 私はそのまままっすぐ北へと走り出した。集落をぬけたあたりで彼が言っていた国境があった。国境は石造りの壁がどんと私の前に立ちはだかる。石造りの壁には規則正しく松明が灯された小窓のようなものがある。なので灯りは確保されている状況と言えるだろう。
 しかしこのタイミングでバケツにをひっくり返したかのような大雨が降り出した。

(嘘でしょ?!)

 さすがに私はあんな壁登れない。どこかに階段か何かはないだろうか。
 すると、私の左側に石造りの小さな階段があった。私は滑らないように慎重に登り、そしてそのまま石造りの壁を超えた。

「なんだ?! 物音がしたぞ?」
(気づかれた?)

 兵に気がつかれてしまった。私は大急ぎで走り出しその場から離れつつリナードのいる町へ走る。

「追え!」

 という声が聞こえなくなるまで走った。気がつけば私の身体はずぶ濡れだ。それに寒い。手足が凍えそうだ。

(早く、いかないと……)

 頭がガンガンと痛み出して、咳も出る。これは雨にうたれたからだろうか。
 足取りもいつの間にか次第におぼつかなくなってくる。

(私は、リナードの元へと行くのよ!)

 リナードが欲しい。リナードのぬくもりが欲しい。それだけが私をかき立てる。

「ここだ……」

 リナードの家は本人が言っていた通りの立派なお屋敷だった。正門には警備の者がいるので、彼にリナードに会いたいと告げると、彼は驚いた様子でリナードを呼びに行った。
 私の身体はもう限界だ。寒くて立つのもやっと。足はだるい上に靴擦れで痛いのもある。

「ジュナさん……どうしてここに」
「来て、しまいました……」

 私は困惑するリナードに対し、とびきりの笑顔を浮かべた所で私の記憶はそこで一旦途切れた。

「……」

 目を覚ますと、見知らぬ天井と部屋の内装が目に飛び込んで来た。服も濡れていないし、少し冷えがましになったような気がする。白っぽいクリームの天井と壁。すると左側からリナードの声が聞こえてくる。

「ジュナさん?」
「……リナード?」
「気づいたのですね。良かった」
「あ……私はどうやってここに?」
「私が運びました。服はメイドの方に」
「……ありがとう」

 心の底から感謝の気持ちと言葉が零れ落ちたのは、いつぶりだろうか。
 リナードはベッドの横にある茶色いつやつやの椅子にゆっくりと腰掛けた。

「体調が良くなったら、修道院へ戻った方が良いかと」

 やはり、修道院へ帰るように進められた。

「嫌よ。修道院を出たくてあなたに会いたくてここに来たもの」
「ですがあなたは流刑に処された身。しかもここは別の国です。あちらの国の方に知られればどうなるか……」
「怖いの?」
「……はい。立場もありますからね。それにあなたは元は侯爵家の令嬢。私は医者。どうして私を?」

 そんなの決まってる。欲しくなったから。一目惚れしたからだ。

「そりゃあ、一目惚れしたから。欲しくなったから。それではいけない?」
「ジュナさん……」

 私はゆっくりとリナードに手伝って貰いながらベッドから起き上がった。よく見ると部屋は修道院にいた部屋の2倍くらいは広い。机にクローゼットと家具もあちらより充実している。

「私、ここに住みたい」
「……ですが」
「分かってる。言わないで。それと、ごめんなさい」

 なぜ、謝罪の言葉が出たのかは自分でもわからない。だけど言わなきゃならないという考えがぱっと浮かんでそれに駆られたのだ。

「分かりました。ではまずは病気を治しましょう」
「はい」

 私は気だるいままの腕をリナードに向けた。そして硬く握手を交わす。
 リナードの手は大きくてゴツゴツした見た目なのに柔らかくて温かい。ジョージやお父様とは全く違う。それにずっと触れたくなる手だ。

「温かいわね」
「手は常に温かくしているんです。医者なので」
「そう、なんだ」

 私はもう一度ベッドに横になる。やはり起きているのはしんどい。

「飲み物、いりますか?」
「ええ」
「何にしますか?」
「何でも良いわ」

 リナードが用意してきたのは、お白湯だった。ゆっくりと飲むと胃の底から温まった。

「ありがとう。温まったわ」
「いえいえ、どういたしまして」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

余命一ヶ月の公爵令嬢ですが、独占欲が強すぎる天才魔術師が離してくれません!?

姫 沙羅(き さら)
恋愛
旧題:呪いをかけられて婚約解消された令嬢は、運命の相手から重い愛を注がれる ある日、婚約者である王太子名義で贈られてきた首飾りをつけた公爵令嬢のアリーチェは、突然意識を失ってしまう。 実はその首飾りにつけられていた宝石は古代魔道具で、謎の呪いにかかってしまったアリーチェは、それを理由に王太子から婚約解消されてしまう。 王太子はアリーチェに贈り物などしていないと主張しているものの、アリーチェは偶然、王太子に他に恋人がいることを知る。 古代魔道具の呪いは、王家お抱えの高位魔術師でも解くことができない。 そこでアリーチェは、古代魔道具研究の第一人者で“天才”と名高いクロムに会いに行くことにするが……?(他サイト様にも掲載中です。)

だったら私が貰います! 婚約破棄からはじまる溺愛婚(希望)

春瀬湖子
恋愛
【2025.2.13書籍刊行になりました!ありがとうございます】 「婚約破棄の宣言がされるのなんて待ってられないわ!」 シエラ・ビスターは第一王子であり王太子であるアレクシス・ルーカンの婚約者候補筆頭なのだが、アレクシス殿下は男爵令嬢にコロッと落とされているようでエスコートすらされない日々。 しかもその男爵令嬢にも婚約者がいて⋯ 我慢の限界だったシエラは父である公爵の許可が出たのをキッカケに、夜会で高らかに宣言した。 「婚約破棄してください!!」 いらないのなら私が貰うわ、と勢いのまま男爵令嬢の婚約者だったバルフにプロポーズしたシエラと、訳がわからないまま拐われるように結婚したバルフは⋯? 婚約破棄されたばかりの子爵令息×欲しいものは手に入れるタイプの公爵令嬢のラブコメです。 《2022.9.6追記》 二人の初夜の後を番外編として更新致しました! 念願の初夜を迎えた二人はー⋯? 《2022.9.24追記》 バルフ視点を更新しました! 前半でその時バルフは何を考えて⋯?のお話を。 また、後半は続編のその後のお話を更新しております。 《2023.1.1》 2人のその後の連載を始めるべくキャラ紹介を追加しました(キャサリン主人公のスピンオフが別タイトルである為) こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

処理中です...