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第16話 鈴おばさま
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「治療院が元に戻った。ですって?」
太陽が地平線から出て昇りつつある時刻に起床した李賢妃は、治療院が通常通り開いている事を女官から聞いた。
「私達も驚きで……中を見たら元通りで」
「先ほど近くを通りがかったら、何事もなかったかのように、皇后様が民をお癒やしに……」
あれだけ中を荒らしたのに、短時間でどうして直せたの? と驚く李賢妃。頭の中でこの嫌がらせが効果を発揮しなかった事への苛立ちも募らせ始めていた。
「とりあえず、治療院を覗いてみましょう。癪だけど……」
寝間着のまま治療院の側まで訪れた李賢妃は、いつものように人々で賑わっているのを見て絶句する。
「なんでよ……何があったのよ……」
自室に戻りながら、李賢妃は右手の親指の爪を噛んで苛立ちを表現するのだった。
一方美華はいつものように手かざしで民の病や怪我を治している。今、彼女の目の前にいるのは頭にコブが出来るという奇病を患った10代半ばくらいの若い娘とその母親だ。
「このコブのせいで……村から追い出されたのです。娘がかわいそうで、何とかしてやりたいと思いまして」
「皇后様、私のコブ、消えますか?」
「ちょっと失礼しますね」
額付近にできたコブに右手をかざすと、コブはみるみるうちに縮小していき、消えていった。
「あ! き、消えた……!」
「まあ……! き、奇跡が起こった……!」
「お母さん! コブが消えたよ! 消えた! これでもう……皆からイジメられなくて済むのかな?」
母娘は抱き合い、涙を流しながら喜び合う。
「もうコブは消えましたので大丈夫ですよ。また何かありましたらいつでもお越しくださいね」
「……! はい! 皇后様の御慈悲に感謝いたします!」
母娘が去っていった後も美華は笑みを浮かべ続ける。
「やはりいいものですね。誰かを助けると言うのは」
「皇后様? いかがなされましたか?」
側に待機していた女官に美華は笑顔のまま何でもありません。と返したのだった。
次の患者である老婆が女官によって案内された。その患者の声と首飾りの鈴の音に美華は見覚えがあったようで顔をほころばせる。
「鈴おばさま!」
「ほっほっ……美華や、元気だったかい?」
女官が美華にお知り合いの方でございますか? と聞くと美華ははい。巫女の方です。と返すがその先は答えない。
なので女官もこれ以上根掘り葉掘り聞こうとはしなかった。
「美華や、元気そうで良かったのぅ。ワシも生き続けて良かったわい」
「いえいえ! 鈴おばさまが元気なら私もすごい嬉しいです!」
「ほほほ……しかしワシの占いはよく当たるのう。ああ、本題に入るとしよう。腰が痛くて治してほしいのじゃ」
早速美華が鈴おばさまの丸い背中に手をかざすと、彼女はおお~と気持ちよさそうな声を出した。
「痛みが引いて気分がよくなったわい」
「本当ですか? 鈴おばさま!」
「ああ……本当じゃ。ありがとうな」
「いえいえ! 治って良かったです!」
杖をつきながら治療院を後にしようとした鈴おばさまは出入り口付近で足を止めた。
「さっき、中が荒らされていたようじゃな?」
「はい。でも私が直しました」
「列に並んでおった者から聞いたわい。犯人は後宮におる妃じゃな」
鈴おばさまの言葉に美華は口を少しだけ開けて聞いていた。
「ワシが犯人を占ってやろうか?」
「……いや、大丈夫です。鈴おばさま」
「そうかそうか。いらんお節介だったの。ではワシは帰るぞい。達者でな」
「はい。鈴おばさま、お元気で」
犯人は後宮にいる妃。美華はやっぱりね。と頭の中で呟いたのだった。
(こういう嫌がらせには慣れたし、目が見えない事でどんな風に荒らされたのか詳しくはわからないから、いつもよりも辛い思いをしなくていいわ)
◇ ◇ ◇
午前中の家臣団の会議や客人との謁見でも、浩明は美華の評判をうんざりする程聞いていた。
「貴様ら、そんなに美華を敬っているのか」
浩明の不機嫌さは早くも最高潮に達している。お飾りの皇后が、民の病や怪我を治して名声をあげている事に浩明は不快感とむしろ喜ばしいという相反する気持ちを抱いていた。だからこそ不機嫌さも加速する。
(ふん、調子に乗りおって。だが、悪い気はしないのはなぜだ)
「陛下。よろしければ治療院を視察されますか?」
先代の帝から仕えている老いた家臣からそう声をかけられた浩明は、はあ!? と返す。
「実際に見た方が色々わかると思うのでございます」
「た、確かに貴様の言う通りではあるが……」
「では、今から向かいましょう」
「今から!?」
結局、家臣達を引き連れて治療院を訪れる事にした浩明。
すると、治療を待つ民が巨大な龍の如き列をなして並んでいる光景が目に飛び込んでくる。
「すごい列だな」
「国の内外から訪れているようでございますからね」
「……中の様子も見るとするか」
太陽が地平線から出て昇りつつある時刻に起床した李賢妃は、治療院が通常通り開いている事を女官から聞いた。
「私達も驚きで……中を見たら元通りで」
「先ほど近くを通りがかったら、何事もなかったかのように、皇后様が民をお癒やしに……」
あれだけ中を荒らしたのに、短時間でどうして直せたの? と驚く李賢妃。頭の中でこの嫌がらせが効果を発揮しなかった事への苛立ちも募らせ始めていた。
「とりあえず、治療院を覗いてみましょう。癪だけど……」
寝間着のまま治療院の側まで訪れた李賢妃は、いつものように人々で賑わっているのを見て絶句する。
「なんでよ……何があったのよ……」
自室に戻りながら、李賢妃は右手の親指の爪を噛んで苛立ちを表現するのだった。
一方美華はいつものように手かざしで民の病や怪我を治している。今、彼女の目の前にいるのは頭にコブが出来るという奇病を患った10代半ばくらいの若い娘とその母親だ。
「このコブのせいで……村から追い出されたのです。娘がかわいそうで、何とかしてやりたいと思いまして」
「皇后様、私のコブ、消えますか?」
「ちょっと失礼しますね」
額付近にできたコブに右手をかざすと、コブはみるみるうちに縮小していき、消えていった。
「あ! き、消えた……!」
「まあ……! き、奇跡が起こった……!」
「お母さん! コブが消えたよ! 消えた! これでもう……皆からイジメられなくて済むのかな?」
母娘は抱き合い、涙を流しながら喜び合う。
「もうコブは消えましたので大丈夫ですよ。また何かありましたらいつでもお越しくださいね」
「……! はい! 皇后様の御慈悲に感謝いたします!」
母娘が去っていった後も美華は笑みを浮かべ続ける。
「やはりいいものですね。誰かを助けると言うのは」
「皇后様? いかがなされましたか?」
側に待機していた女官に美華は笑顔のまま何でもありません。と返したのだった。
次の患者である老婆が女官によって案内された。その患者の声と首飾りの鈴の音に美華は見覚えがあったようで顔をほころばせる。
「鈴おばさま!」
「ほっほっ……美華や、元気だったかい?」
女官が美華にお知り合いの方でございますか? と聞くと美華ははい。巫女の方です。と返すがその先は答えない。
なので女官もこれ以上根掘り葉掘り聞こうとはしなかった。
「美華や、元気そうで良かったのぅ。ワシも生き続けて良かったわい」
「いえいえ! 鈴おばさまが元気なら私もすごい嬉しいです!」
「ほほほ……しかしワシの占いはよく当たるのう。ああ、本題に入るとしよう。腰が痛くて治してほしいのじゃ」
早速美華が鈴おばさまの丸い背中に手をかざすと、彼女はおお~と気持ちよさそうな声を出した。
「痛みが引いて気分がよくなったわい」
「本当ですか? 鈴おばさま!」
「ああ……本当じゃ。ありがとうな」
「いえいえ! 治って良かったです!」
杖をつきながら治療院を後にしようとした鈴おばさまは出入り口付近で足を止めた。
「さっき、中が荒らされていたようじゃな?」
「はい。でも私が直しました」
「列に並んでおった者から聞いたわい。犯人は後宮におる妃じゃな」
鈴おばさまの言葉に美華は口を少しだけ開けて聞いていた。
「ワシが犯人を占ってやろうか?」
「……いや、大丈夫です。鈴おばさま」
「そうかそうか。いらんお節介だったの。ではワシは帰るぞい。達者でな」
「はい。鈴おばさま、お元気で」
犯人は後宮にいる妃。美華はやっぱりね。と頭の中で呟いたのだった。
(こういう嫌がらせには慣れたし、目が見えない事でどんな風に荒らされたのか詳しくはわからないから、いつもよりも辛い思いをしなくていいわ)
◇ ◇ ◇
午前中の家臣団の会議や客人との謁見でも、浩明は美華の評判をうんざりする程聞いていた。
「貴様ら、そんなに美華を敬っているのか」
浩明の不機嫌さは早くも最高潮に達している。お飾りの皇后が、民の病や怪我を治して名声をあげている事に浩明は不快感とむしろ喜ばしいという相反する気持ちを抱いていた。だからこそ不機嫌さも加速する。
(ふん、調子に乗りおって。だが、悪い気はしないのはなぜだ)
「陛下。よろしければ治療院を視察されますか?」
先代の帝から仕えている老いた家臣からそう声をかけられた浩明は、はあ!? と返す。
「実際に見た方が色々わかると思うのでございます」
「た、確かに貴様の言う通りではあるが……」
「では、今から向かいましょう」
「今から!?」
結局、家臣達を引き連れて治療院を訪れる事にした浩明。
すると、治療を待つ民が巨大な龍の如き列をなして並んでいる光景が目に飛び込んでくる。
「すごい列だな」
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「……中の様子も見るとするか」
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