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第80話 目的地
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ミハイル夫妻が新たに浩明らが乗る船へと加わり、航行が再開する。彼らには汚れた衣服から浩明が指示して用意させた新たな衣服に着替えてもらう事になった。
「ミハイルはここ、ヴィンセドールス侯爵夫人は奥の部屋を使ってくれ。狭いが申し訳ない」
「いえ、私達は気にしません」
「狭い部屋は慣れておりますわ。陛下」
2人が着替えている間、玉成淑妃はひとり退屈そうに空を見上げていた。
「はあ、退屈……」
黒い泥の密度が高いのか、進行速度は更に遅くなっている。もはや歩くのと変わらないくらいだ。
「もう着きますからご安心ください」
「いやいや美華ちゃん安心できないよ……だって邪龍の死体があるんでしょ?」
美華に対して眉をひそめ口をとがらす玉成淑妃。勿論彼女の表情は美華にはわからない。
「そうですね。怖いですか?」
「正直に言えば怖いかも。でも美華ちゃん達がいるからちょっとはましかな?」
「そうですか。怖くなったらいつでも言ってくださいね」
「いつでも言っていいの?」
玉成淑妃からの問いに美華がはい。と優しく答えると玉成淑妃はありがとう……。と小さく漏らす。
「あたし、後宮に来てよかった」
「来てよかった、とは?」
「そのままの意味だよ。香翠ちゃんと鈴蘭ちゃんは厳しいけど……でも皆いい人だし」
玉成淑妃は本人曰く周囲からはちやほやされながら育ったという。だが友人や気の知れた者はおらずいつも寂しさを抱えていたそうだ。
「お父様もお母様もあまり相手にしてくれなかったしお兄様達も怖かったから」
「なるほど……ひとりでいる事が多かったのですか?」
「うん。文字はわかんないからおままごとしたりしてた」
他には老いた下女が昔話を聞かせてくれたり、街に繰り出してあれこれ見て回ったりして過ごしていたと彼女は語ってくれた。
「そしたら後宮入りが決まったの。家には私しか女の子いなかったから仕方なかったんだけどね」
どうやら家族からはあまり期待される事はなかったそうだ。
「でも後宮には皆がいる。だからあたし、後宮に来てよかったよ」
にかっと白い歯を見せながら笑う玉成淑妃。するとヴィンセドールス侯爵夫人が着替えを終えてこちらへと歩いてきた。
「皇后様、玉成淑妃様。どうでしょうか? 似合っておりますか?」
「うん! すんごい似合ってるよ! あ、なんて呼べばいいんだっけ?」
「夫人で構いませんよ。玉成淑妃様」
「あっじゃあ夫人ちゃん!」
夫人にちゃんはつけませんよ~と言いそうになったヴィンセドールス侯爵夫人だったが、無粋だと感じたのでその言葉は胸の中にしまう事にした。
「ふふっ、夫人ちゃん。かわいいですね」
「皇后様……ふふっ、ありがとうございます」
朗らかな空気が3人を包む。すると浩明の大きな声が響きわたった。
「あれがそうか!?」
「そのようです、陛下!」
「聞いていた話と違うぞ、もしや前の地震で大きく崩れたのか?」
美華達と合流したミハイルが慌てて浩明の元に駆け寄り、話を聞く。
「ああ、美華……邪龍の死体が動いているようなんだ」
「えっ? 死体が動くなんて事あるのですか?」
「ミハイル、あそこだ。目を凝らしてみて欲しい」
「……あ」
遠くだが、山の上にて黒い物体が這いずるようにして動いているのが見える。
「いやいやいや! 死体が動くなんてあり得ない!」
「俺も同じ気持ちだ。ミハイル。だが、あれは動いているようにしか見えない」
「……ん? 下に何かありますね」
船がそちらへと近づくに連れて、全容が少しずつではあるが明らかになっていく。
「……死体だ。邪龍の死体の上に黒い龍が動いている」
動かぬ邪龍の死体の上に、死体とよく似た黒い龍が這いずり回っていた。その黒い龍はよく見ると身体が半透明で、透けている。
「……もしやアレは……邪龍の幽霊か?」
浩明の口からこぼれ出た言葉が、周囲を冷たくさせた。
「ミハイルはここ、ヴィンセドールス侯爵夫人は奥の部屋を使ってくれ。狭いが申し訳ない」
「いえ、私達は気にしません」
「狭い部屋は慣れておりますわ。陛下」
2人が着替えている間、玉成淑妃はひとり退屈そうに空を見上げていた。
「はあ、退屈……」
黒い泥の密度が高いのか、進行速度は更に遅くなっている。もはや歩くのと変わらないくらいだ。
「もう着きますからご安心ください」
「いやいや美華ちゃん安心できないよ……だって邪龍の死体があるんでしょ?」
美華に対して眉をひそめ口をとがらす玉成淑妃。勿論彼女の表情は美華にはわからない。
「そうですね。怖いですか?」
「正直に言えば怖いかも。でも美華ちゃん達がいるからちょっとはましかな?」
「そうですか。怖くなったらいつでも言ってくださいね」
「いつでも言っていいの?」
玉成淑妃からの問いに美華がはい。と優しく答えると玉成淑妃はありがとう……。と小さく漏らす。
「あたし、後宮に来てよかった」
「来てよかった、とは?」
「そのままの意味だよ。香翠ちゃんと鈴蘭ちゃんは厳しいけど……でも皆いい人だし」
玉成淑妃は本人曰く周囲からはちやほやされながら育ったという。だが友人や気の知れた者はおらずいつも寂しさを抱えていたそうだ。
「お父様もお母様もあまり相手にしてくれなかったしお兄様達も怖かったから」
「なるほど……ひとりでいる事が多かったのですか?」
「うん。文字はわかんないからおままごとしたりしてた」
他には老いた下女が昔話を聞かせてくれたり、街に繰り出してあれこれ見て回ったりして過ごしていたと彼女は語ってくれた。
「そしたら後宮入りが決まったの。家には私しか女の子いなかったから仕方なかったんだけどね」
どうやら家族からはあまり期待される事はなかったそうだ。
「でも後宮には皆がいる。だからあたし、後宮に来てよかったよ」
にかっと白い歯を見せながら笑う玉成淑妃。するとヴィンセドールス侯爵夫人が着替えを終えてこちらへと歩いてきた。
「皇后様、玉成淑妃様。どうでしょうか? 似合っておりますか?」
「うん! すんごい似合ってるよ! あ、なんて呼べばいいんだっけ?」
「夫人で構いませんよ。玉成淑妃様」
「あっじゃあ夫人ちゃん!」
夫人にちゃんはつけませんよ~と言いそうになったヴィンセドールス侯爵夫人だったが、無粋だと感じたのでその言葉は胸の中にしまう事にした。
「ふふっ、夫人ちゃん。かわいいですね」
「皇后様……ふふっ、ありがとうございます」
朗らかな空気が3人を包む。すると浩明の大きな声が響きわたった。
「あれがそうか!?」
「そのようです、陛下!」
「聞いていた話と違うぞ、もしや前の地震で大きく崩れたのか?」
美華達と合流したミハイルが慌てて浩明の元に駆け寄り、話を聞く。
「ああ、美華……邪龍の死体が動いているようなんだ」
「えっ? 死体が動くなんて事あるのですか?」
「ミハイル、あそこだ。目を凝らしてみて欲しい」
「……あ」
遠くだが、山の上にて黒い物体が這いずるようにして動いているのが見える。
「いやいやいや! 死体が動くなんてあり得ない!」
「俺も同じ気持ちだ。ミハイル。だが、あれは動いているようにしか見えない」
「……ん? 下に何かありますね」
船がそちらへと近づくに連れて、全容が少しずつではあるが明らかになっていく。
「……死体だ。邪龍の死体の上に黒い龍が動いている」
動かぬ邪龍の死体の上に、死体とよく似た黒い龍が這いずり回っていた。その黒い龍はよく見ると身体が半透明で、透けている。
「……もしやアレは……邪龍の幽霊か?」
浩明の口からこぼれ出た言葉が、周囲を冷たくさせた。
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