【改稿版】僕は最強者である事に無自覚のまま、異世界をうろうろする

風の吹くまま気の向くまま

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第四章 すれ違う想い

95. 逆転

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第035日―7


床の上で荒い息をついていると、マルドゥクが魔族達に指示を出すのが聞こえてきた。

「ふむ。まずは想定通りだな。あの少年を捕えろ」

魔族達が僕のもとへ駆け寄って来た。


僕は今一度、霊力を展開しようと試みた。
しかしかえって、全身から力が抜けるあの異様な感覚が加速されるのみ。

マルドゥクがゆっくりと近付いて来た。

「ハハハ、この部屋の壁には、霊力を吸収出来る特殊な霊晶石が埋め込まれている。お前がそうやってもがけばもがくほど、終わりが早くなるだけだ」

魔族達が僕の手足を押さえつけてきた。
それを必死になって振りほどきつつ、僕はマルドゥクを睨みつけた。
僕を上から見下ろす形になっているマルドゥクの顔には、小馬鹿にしたような表情が浮かんでいた。

「残念だったな。だけど安心しろ。あとでお前の大事な“めいちゃん”と、人生最後のお別れ位はさせてやるから」

マルドゥクの言葉を受けて、僕はメイアルラトゥとハーミルの様子を確認しようと、視線を動かした。
メイアルラトゥはまだ、鎖で壁に拘束されていた。
そしてハーミルは、いつのまにかいつかと同じ、刃の渦の中に閉じ込められていた。
彼女が叫ぶのが聞こえた。

「マルドゥク! あなた、これ以外の攻撃方法知らないの!?」

僕の方はと言うと、身体が次第に鉛のように重くなり、とうとう身動き出来なくなってしまった。
僕の動きが完全に止まったと判断したのだろう。
魔族達が手際よく、僕の手足に拘束器具を付けていく。
拘束器具そのものにも、霊力を抑制或いは吸収する効果がついているのだろうか?
力が抜け落ちる感覚が加速していき、それに比例するように、意識が朦朧となっていく

マルドゥクが満足そうに指示を出すのが聞こえた。

「よし、カケルを連れて行け。ハーミルは始末しろ」

僕はなおも必死になって逃れようとしたけれど、まるで身体に力が入らない。
次第に自分の五感そのものが鈍麻していく。

「ごめん。メイ……」

意識がゆっくりと闇に塗り潰されていく……



鎖に繋がれ、身動きの取れないアルラトゥは、部屋の中で繰り広げられて行く情景を、ただ呆然と眺めていた。
ハーミルはマルドゥクの魔力の刃の渦の中で、身動きが取れなくなっている。
カケルはマルドゥクの配下達に拘束され、再び虜囚になろうとしている。
それを自分は、傍観者のように眺めている。

傍観者のように……?
カケルもハーミルも、命懸けで自分を助けに来てくれている。
そうであれば、当の本人が傍観者で良いわけがない!

彼女は鎖から逃れようと身をよじったけれど、鎖はやはりびくともしない。
魔力を展開しようと試みるも、やはり果たせない。
自分はなんと無力な事か。
せめて、せめてカケルだけでも助けたい!



突如、部屋の中を白い閃光がほとばしった。



「何事だ!?」

マルドゥクが叫び、魔族達は閃光の出所を確かめようと、部屋の中を見回した。

「まさか……!?」

マルドゥクの視線の先、壁に鎖でつながれているアルラトゥの額に、白く輝く宝珠が顕現していた。
宝珠を顕現するには、魔力と詠唱が必要なはず。
そして現状、アルラトゥは魔力を封じる鎖により拘束されている。
鎖に変化は見られない。
魔力も詠唱も無しに、宝珠を顕現したとでもいうのだろうか?



闇に完全に塗りつぶされる寸前、白い光が僕の意識を貫いた。
同時に、自身の中に、凄まじい勢いで霊力がみなぎって来るのが感じられた。
僕は直ちに霊力を展開した。
先ほどまでとは異なり、展開する霊力は霧散しない。
僕の自由を奪っていた拘束具が、周りにいた魔族達と一緒に吹き飛んだ。
そして広間の壁にめ込まれていた霊晶石が、次々と砕け散って行く。
僕はゆっくりと立ち上がった。
傍らには、再び光球が顕現していた。

狼狽したような雰囲気のマルドゥクが叫び声を上げた。

「何が起こっている!?」

僕に吹き飛ばされた魔族達が慌てて立ち上がり、マルドゥクを守るような位置で、それぞれの武器を手に身構えた。
僕はマルドゥク達を睨みつけながら、ハーミルに襲い掛かる魔力の刃の渦に、右の手の平を向けた。
僕が解き放った霊力により、刃の渦は掻き消すように消え去った。
すぐに状況を理解したらしいハーミルが、僕のもとに駆け寄って来た。

「カケル! 霊力を使えるようになったの?」
「うん、メイが力をくれたんだ」
「メイが力を?」

怪訝そうな雰囲気のまま、ハーミルがメイアルラトゥの方に視線を向けた。
そしてメイアルラトゥの額に白い宝珠が顕現しているのを確認して、大きく目を見開いた。

「宝珠を顕現している……?」

突如自分に流れ込んできた霊力の源が、メイアルラトゥの顕現した白の宝珠である事を、僕は直感的に理解していた。
僕は目を閉じて、彼女の宝珠に意識を集中した。
そして少しだけ霊力を逆流させてみた。
それに呼応するかの如く、彼女の宝珠がまたも閃光を発した。
その瞬間、彼女を拘束していた鎖が、音も無く砕け散った。

「カケル!」

あふれる涙と共に、メイアルラトゥが駆け寄ってきた。
僕は泣きじゃくる彼女を、ただそっと腕の中に抱きしめた。

「大丈夫、もう大丈夫だよ。お帰り、メイ」



マルドゥクは目の前で次々と発生する想定外の事態に、理解が追いつかなかった。

さっきまで勝利者は自分であった……はず。
カケルが罠にはまり、再び彼を捕え、忌々しいハーミルもその運命は風前のともしびであった……はず。
なのに今、彼の前には光球を顕現した守護者と、無傷の剣聖、そして宝珠の顕現者が並んで立っている。
彼は配下にカケル達の阻止を厳命し、身をひるがえして広間の出口に向かおうとした。
しかし不可視の力が彼を拘束した。
周囲で、配下の魔族達も皆うめきながら、行動不能になっている。
マルドゥクはなんとか懐から霊晶石を取り出し、それをカケルに向かって投げつけた。
しかし霊晶石は、カケルを守る不可視の盾に弾かれて、ただの石ころのように地面に転がった。

霊晶石で相殺出来ない!?

「カケルは優しいから、あなたを殺せないみたい。だから私が、せめて最後は一撃で楽にしてあげるわ」

剣を抜いたハーミルが、ゆっくりとマルドゥクに近付いてきた。
逃走を試みようとするマルドゥクを、不可視の力が締め上げる。
彼をいつも護ってくれていた加護は、不可視の力で引きがされてしまっている。
気付くと転移の詠唱を行うどころか、まばたき一つすら出来なくなっていた。

まさか、自分は死ぬのか?
魔王の息子である自分が?
こんなところで?

生まれて初めて感じる死の恐怖。
ハーミルの振り上げた剣尖が、きらりと光るのが見えた。
それが自身の命を摘み取る寸前、ハーミルが大きく後ろに跳躍した。

「?」

いぶかるマルドゥクは、自分の傍に、いつの間にか凄まじい威圧感を放つ存在が立っている事に気が付いた。



「魔王エンリル!」

苦々しく叫んだハーミルは、剣を油断なく構え直した。
唐突に現れた魔王エンリルは、僕の霊力により縫い付けられ、身動きが取れなくなっているマルドゥクにちらりと視線を向けてから、改めて僕達に声を掛けてきた。

「さすがだな、カケル、ハーミル。だが申し訳ないが、出来が悪くともマルドゥクは我が息子。死なせるにはまだ早い」

僕は魔王エンリルの自由も奪わんと霊力を展開した。
しかし何故か彼の自由は奪えない。

「いくら守護者といえども、“制限のかかっている”カケルでは私を縛れんよ」

そして、メイアルラトゥの方を向いて語り掛けた。

「アルラトゥよ、人間ヒューマン共の所に行ってなんとする? 今からでも遅くない。私と帰ろう」
「……人間ヒューマン達の所に行くわけではないわ。私はカケルの所に行くだけよ。それに、私はもうアルラトゥじゃない。私の名前はメイ。カケルがつけてくれた大事な名前よ」

メイの言葉を聞いた魔王エンリルの顔に、一瞬寂しげな表情が浮かんだ。

「よかろう。ではカケルよ、大事な我が娘、しばしお前に預けるとしよう。せいぜい人間ヒューマン共から守ってやってくれ」

そして魔王エンリルは僕の返事を待つ事無く、右手を振り上げた。
詠唱も無く、床の上に一瞬にして複雑な魔法陣が描き出された。
魔王エンリルとマルドゥク、そしてその場にいたマルドゥクの配下達は、あっという間に転移の光に包まれて、その場から消え去って行った。


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