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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える
145. 呆然
しおりを挟む第045日―4
「その事なのだが……私はどうもあの場所に、見覚えがある気がするのだ」
サツキのその言葉を聞いた一同の間に、ざわめきが起こった。
ミーシアが問いかけた。
「見覚えって……もしかして、サツキは以前、あの円形都市の存在する世界を訪問した事があるって事?」
彼女はまだ霊力を所持していた頃、魔王エンリル達との戦いの中で、実際に異なる世界を訪れた事があった。
「分からぬ。少なくとも私が複数の勇者や魔王の“審判”を繰り返し、400年前のあの時、カケルと出会うまでは、この世界以外に呼び出された事は無かったはずだ。また、17年前にイクタス達に起こされた後も、偶発的に別の世界に引き寄せられた事はあったが、その世界は、この円形都市のある世界とは似ても似つかぬ場所だった」
「じゃあもしかすると、サツキが“審判”を始める前にいた世界の可能性もあるのかしら?」
サツキは数千年にわたり、“審判”を繰り返してきた。
その前、と言う事になれば……?
サツキが表情を曇らせた。
「すまぬ。大体、なぜ“審判”を始めたのか、その前、自分がどこでどうしていたかは、全く覚えておらぬのだ。故にあの世界が単純に今から数千年以上前の世界なのか、この世界とは全く無関係な別の世界なのか、判断する材料を持ち合わせておらぬ。しかし理由は不明だが、自分があの円形都市に見覚えがあり、しかも彼の地において……何か……大事な何かを……そんな強烈な確信が心の底でざわめいている」
それまで黙って話を聞いていたハーミルが口を開いた。
「数千年前って、確か“神話の時代”、ですよね。実際は何があったのかしら? さっき見た、大きな塔が聳え立つ円形都市が出てくる神話ってないのかしら?」
ハーミルはじめ、この世界の人々の一般教養として、数千年前は“神話の時代”とされていた。
古代の英雄達が活躍し、それぞれの種族が栄光を手にする時代。
ハイエルフの始祖ポポロが、歴史上初めて精霊と交信して、闇を打ち払った時代。
獣人達の英雄ゼラムが、闇に閉ざされていた同族達を、光ある場所へと導いた時代。
ドワーフの指導者ガルフが、闇の束縛から一族を解放した時代。
最初の魔王エレシュが、闇の支配から世界を解放し、魔族達を理想郷へと導いた時代。
その他大小様々な英雄達が活躍した時代。
そうした伝説は、絵本や物語として、広く巷間に知られている。
神話の時代が終わりを告げた後、世界に混沌をもたらす魔王とそれを阻止する勇者の物語が始まるのである。
イクタスが口を開いた。
「わしは知っての通り、『彼方の地』への扉を開くため、数十年に渡って、世界中の神話や伝承を調べて回った。しかし残念ながら、巨大な塔と円形都市について触れている文献は、目にした事がない。もっとも、世界中の神話は、真実の一部を反映しておるじゃろうが、真実そのものではない。もしかすると、何者かが一部の記録を改竄、抹消した可能性はあるやもしれん」
彼の言葉を待つまでも無く、例えば、銀色のドラゴンが神経質な反応を示す禁忌――魔神(?)――については、調べても不自然な位何も出てこない。
あの円形都市と塔についても、理由は不明だが、何者かが記録から消し去った可能性はある。
「結局、このままだと手詰まりって事かしら?」
ハーミルの言葉に、一同の間に重苦しい雰囲気が漂った。
今のところ、結社イクタスに妙案があるわけでは無さそうだ。
そう感じたハーミルは、自分の計画をイクタス達に話すことにした。
「皆さん、聞いて下さい。やっぱり『彼方の地』への扉を開くべきだと思うんです」
イクタスが怪訝そうな顔になった。
「今更開いてどうするのじゃ?」
カケルとあの禁呪との同期解除のため、『彼方の地』へカケルを退避させようか。
そんな話はしていたが、もはやカケルはこの世界から連れ去られてしまった。
「『彼方の地』には、サツキの別人格が霊力を操れる状態で、今も存在しているんでしょ?」
「確かに、そういう話はある。もしかすると、彼女に手助けを求めよう、という事か?」
ハーミルは頷いた。
これが最善手であるはずだ。
しかしイクタスは、渋い顔で言葉を続けた。
「サツキの別人格が保持しておるであろう霊力は、元の守護者としてのサツキが持っていた力からすると、数十分の一程度のはずじゃ。例え彼女が協力してくれたとしても、とてもカケルを呼び戻すには足りないじゃろう」
イクタスは同意を求めるように、サツキの方を振り返った。
「残念ながらそうだろうな。私は17年前、力の殆どは持ち出した。それに、私の別人格が『彼方の地』に今も実際に存在するかどうか、今の私には知る術がない。あくまでも、ハーミルが話していた、“虚無なる空間に干渉してきた私の声”の話からの推測にすぎない」
「えっ……!」
イクタスとサツキの言葉を聞いたハーミルは、呆然とその場に立ち尽くした。
――◇―――◇―――◇――
6日目―――5
僕は、すっかり意気消沈して座り込んでいる『彼女』の傍から、そっと立ち上がった。
そして右腕に嵌めてある腕輪に意識を集中した。
微弱ではあるが、霊力が展開された。
ともかくこれで、セリエと一緒に森で小動物を捕えた時と同様、周囲50m程は、感知出来そうだ。
僕はそのまま、ゆっくりと洞窟内を調べながら歩き始めた。
幸い、モンスターの気配は感じられない。
洞窟はしかし、すぐに行き止まりになった。
仕方なく来た道を戻り、今度は反対方向へと進んでみた。
が、その先もまた行き止まり。
まさか長さ100m程の、短いトンネル状の空間に閉じ込められている!?
焦りがじんわりと心の中で広がっていく中、僕はその行き止まりの壁に、人間の顔のようなレリーフが彫り込まれている事に気が付いた。
なんだろう?
戸惑いは有ったけれど、結局他には何の手掛かりも発見出来ていない。
おずおずとそのレリーフに手を触れると、突然そのレリーフが口を開いた。
『汝に問う。次の数字は?』
数字?
何の話だろうか?
もしかして、何かのなぞかけみたいなモノだろうか?
こういうのって、間違ったら、凄い化け物が出てきたり、とんでも無い事が起こったりするんじゃなかったっけ?
僕はとりあえず、何の返答もせずに、『彼女』の元へと戻った。
『彼女』は、さっきと同じ姿勢で座り込んでいる。
「ねえ……」
僕の呼びかけに、『彼女』がピクっと肩を震わせた。
「さっきは言い過ぎたよ。ごめん」
僕は再度謝った。
しかし『彼女』は俯いたまま、言葉を返してこない。
「とりあえずさ、ここから出る事、考えようよ」
「……」
「一応、この場所、調べてみたんだけど、どうやら出口は無さそうなんだ」
『彼女』が、ぱっと顔を上げた。
その瞳がみるみる涙で溢れていく。
「やはり、主は私をお見捨てになられたのか……」
「ちょ、ちょっと?」
焦る僕に構わず、『彼女』は言葉を続けた。
「霊力は使用不能となり……なのに、霊力を使える相手を処断して戻ってこいと命じられ……このような所に閉じ込められた。かくなる上は……!」
『彼女』がいきなり腰の剣を抜いた。
そしてそれを自分の首に押し当てようとした。
僕は慌ててその手を抑えにかかった。
「いきなり何しているの? 霊力使えないんだったら、死んだらそれっきりかもよ?」
「離せ! かくなる上は我が命をもって、主にお詫びするしかない!」
まさかのサムライ的思考!?
じゃなかった!
とにかく『彼女』を落ち着かせないと……
僕は諭すように言葉を掛けた。
「君の神様は、君に死ねって言ってないだろ? 勝手に死んだら、それこそ神様の命令に違反した事になるんじゃないの?」
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