贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第4話「贄原くんの災厄な五日間 黒縄の逆襲」

5日目:宿敵

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 蒼劔は原黒井ビルの1階へ戻ってくると、黒縄がいる最上階に向かって跳躍した。いくつもの天井と床をすり抜け、黒縄がいる最上階へ到達する。
 黒縄はだだっ広い部屋の真ん中に1人で立っていた。家具はほとんどなく、部屋の隅に長椅子が1脚置かれているだけだった。
(朱羅がいない……何処へ行った?)
 蒼劔は朱羅の姿が見えないことを訝しみ、彼の気配を探った。黒縄に始末されたかとも疑ったが、朱羅の気配が陽斗と一緒に原黒井ビルの外にいると分かると、安堵した。
 と同時に、黒縄が彼の脱出を見逃したことに疑問を持った。
「お前、朱羅を見逃したのか?」
「……違ぇよ。俺が追い出したんだよ」
 黒縄は舌打ちし、不愉快そうに答えた。
「テメェの身の程も知らずに、俺と残ろうとしたからな。鬱陶しかったから、アイツの金棒をそこの窓から放り投げて、退場させてやったぜ。あー、せいせいした!」
 しかし、無駄に黒縄との付き合いが長い蒼劔には、彼の本音が分かっていた。
「そんなに朱羅を巻き込みたくなかったのか? だったら、そう本人に言えばいいだろう?」
「うっ……うるせぇッ! あんな裏切り者のことなんざ、どうでもいいわッ!」
 蒼劔に本音を指摘され、黒縄は怒りと羞恥で顔を真っ赤にさせた。
 怒りに任せて両手を蒼劔に向かって伸ばし、学ランの袖から何本もの黒い鎖を放つ。鎖の先端は空中でトラバサミのような形状に変わり、その鋭い刃を輝かせて蒼劔に襲いかかった。
 蒼劔はその場から横へ跳躍し、鎖を避ける。鎖の数本は蒼劔が立っていた場所に向かって突撃し、床を破壊したが、大半の鎖は蒼劔の後を追尾してきた。
「チッ、しつこいな……」
 蒼劔は追ってくる鎖を鬱陶しそうに一瞥すると、左手から刀を抜き、振り返り様にトラバサミへ切り掛かった。
 蒼劔に切られたトラバサミは青い光の粒子となって消滅するが、切り損ねたトラバサミの一部が蒼劔の刀へ噛みつき、刀を砕く。残りのトラバサミは蒼劔本人へ襲いかかった。
「くっ!」
 蒼劔は刀から手を離し、床をすり抜けることでトラバサミを避ける。
 彼に襲いかかったトラバサミ達は彼がいた場所へ突撃し、またも床を破壊すると、その先にいた蒼劔に刃を向ける。
 蒼劔は落下しながら新たに左手から刀を抜くと、空中でトラバサミ達を迎え撃った。
 その様子を黒縄はトラバサミ達によって空けられた床の大穴から覗き見て、ニヤニヤと笑っていた。
「さーて……アイツの妖力は、いつまで保つかな?」

         ・

 トラバサミによって原黒井ビルの床が破壊されるたびに、瓦礫が落下する轟音と震動が外まで伝わっていた。
 深夜とはいえ、原黒井ビルの周辺には多くの民家があり、明かりを点けて家の中からビルの様子を窺う一般人も少なからずいた。
 空き地にいた陽斗と朱羅にも轟音と震動は伝わっていた。安全のため、陽斗は朱羅の誘導で原黒井ビルから数メートル離れた歩道に避難していた。
 2人は轟音が聞こえる上層階を見上げ、不安そうな表情を浮かべている。
「蒼劔君、手加減してくれてるかなぁ?」
「おそらく、お互いに全力を出しているでしょうね。お2人には、相手に歩み寄る理由がありませんから」
「もう……2人が仲良くなれる方法はないのかなぁ」
 ふと、陽斗は蒼劔と黒縄が話していた「目白」という術者について思い出した。
 2人が話す目白の人柄は全く正反対で、蒼劔も「黒縄は嘘をついている」と言っていたが、陽斗は黒縄が嘘をついているようには思えなかった。
「ねぇ、朱羅さんは目白さんと会ったことがあるの?」
 朱羅は陽斗の口から「目白」の名前が出たことに驚きながらも「え、えぇ」と頷いた。
「私も黒縄様が目白に妖力を奪われた現場に居合わせておりましたから……何も出来ませんでしたが」
 朱羅は地面へ視線を落とし、悔しそうに唇を噛む。黒縄が妖力を奪われてから200年ほど経過しているというのに、彼は未だにそのことを後悔しているらしかった。
 陽斗は朱羅の辛そうな表情に同情しつつ、目白について詳しく尋ねた。
「どんな人だったの? 悪そうな顔の人?」
「袈裟を纏い、錫杖を携えた長身の男でした。顔は……分かりません。面を被っていましたから」
「お面?」
「白抜きの目が2つ彫られた、黒い面でした。去り際に黒縄様が面の片目を破壊し、実際の男の右目だけは見たのですが……」
 どういうわけか、朱羅はそこで口をつぐんだ。よほど信じられないものを見たらしい。
 陽斗が「どんな目だったの?」と尋ねると、逡巡した後に重く口を開いた。
「男の目は。黒縄様は“ヤツはなんらかの呪いを受け、あのような目になっている”と仰っていました。以来、私達は五代殿にも協力して頂き、そのような目をした術者を探しているのですが、未だに何の手がかりも見つかっておりません」
「黒目が白くて、白目が黒い……」
 陽斗もそのような目を見たことがない。頭の中で想像してみたが、現実味がなかった。
 加えて、特異な面も被っている。どちらかが目白に扮した偽物でない限り、そのような人物が複数人存在するとは思えなかった。
「じゃあ蒼劔君が会った術者さんが、その術者さんと同じ見た目だったら……同じ人だって可能性は高くなるよね?」
「それはそうでしょうけど、今となっては確かめるすべが御座いません。当時はスマホがありませんでしたから、気軽にその場で写真を撮影出来ませんでしたし」
「不便な時代だったんだねぇ」
 陽斗はポケットからスマホを出し、何処かへ電話をかけた。
 隣にいる朱羅は、不思議そうに陽斗の行動を見守っている。
 暫くして、電話が繋がった。
『陽斗氏ィィィィィィッ!』
「うるさっ!」
 途端に、サイレンのような五代の絶叫が陽斗の耳に直撃した。陽斗は思わず、スマホを耳から離す。
『何ですぐ連絡してくんなかったのぉ?! めっちゃ心配してたんだよぉ?! オイラならここからでも無事だってのは分かるけど、やっぱ実際に陽斗氏の声聞かなきゃ、安心出来ないよぉっ!』
「ゴメンね、五代さん。心配してくれて、ありがとう。それはそうと、頼みたいことがあるんだ」
『おう! 絶賛バトってる蒼劔氏と黒縄氏がそれぞれ記憶してる目白が、同一人物か確かめて欲しいんだろ?! 俺っちに、まっかせっとけぃ!』
「うん! お願いね」
 数分後、電話の向こうで無言で記憶を辿っていた五代から連絡が来た。
『分かったぜ、陽斗氏ぃっ!』
「どうだったの?!」
 陽斗は食い気味に結果を尋ねた。
『聞いて驚くなよ? 黒縄氏は……ツンデレだった!』
「ツンデレ?!」
「ツンデレ?」
 陽斗は言葉の意味をよく分からず繰り返し、陽斗の隣で彼のスマホから漏れてくる五代の声を聞いていた朱羅も眉をひそめる。
『あ、間違った』
「ツンデレじゃないの?」
『それはホントだけど、答える内容を間違ってた。蒼劔氏と黒縄氏が会った目白が同一人物かってことだよね? もし同じ人物だって分かったら、蒼劔氏も黒縄氏に同情して、協力してくれるかもしれないって、陽斗氏は思ってるんだったよね?』
「……蒼劔君が協力してくれるかは分かんない。でも、自分の恩人がそんなことをしてたって知ったら、蒼劔君も目白さんを探すのを手伝ってくれるんじゃないかな? 僕もどうして黒縄君を今の体にしたのか、目白さん本人に会って聞いてみたいし」
「陽斗殿……?! 貴方はまだ、蒼劔殿と黒縄様が協力する方法を諦められてはいなかったのですか?!」
 驚く朱羅に、陽斗は「うん!」と笑顔で頷いた。
「僕、黒縄君ともっとお話したいんだー。元々はどんな姿だったのー? とか、何で学ラン着てるのー? とか、蒼劔君と仲良くしてー! とか」
「陽斗殿……!」
 朱羅は感動のあまり、目頭を押さえた。今まで黒縄を気にかけてくれる人物は、自分以外にいなかったため、嬉しかったのだ。
「貴方は、そこまで黒縄様の身を案じて下さっていたのですね……!」
『また生贄にされても、困るしネー。ちゃっちゃと目白見つけて、黒縄氏を元に戻してもらおう! 目白は蒼劔氏には友好的だったみたいだし、案外向こうから蒼劔氏にコンタクトを取ってくるかもよ?』
 五代は会話の中でサラッと蒼劔と黒縄が会った目白が同一人物だと明かした。
 陽斗は一旦は聞き流したが、すぐに五代が話した内容を「ん?」と首を傾げて思い返し、彼が言わんとしたことの意味を理解した。
「ってことは、蒼劔君と黒縄君が会った目白さんは同じ人ってこと?」
『ざっつらいと! さぁ! 原黒井ビルに突撃だ! このことを蒼劔氏と黒縄氏に知らせるんじゃよ!』
「分かった!」
 陽斗はすぐに電話を切ってスマホをポケットに戻し、蒼劔と黒縄がいる原黒井ビルへ向かおうとしたが、「お待ち下さい」と後ろから朱羅に襟首をつかまれた。
「ぐぇっ。朱羅さん、何するのさ?!」
 陽斗は朱羅を振り返り、抗議するが、朱羅は首を横に振った。
「ご覧の通り、今の原黒井ビルは危険です。また誤って攻撃を受けるか、瓦礫の下敷きになってしまうかもしれません」
「でもこのままじゃ、黒縄君が蒼劔君にやられちゃうよ!」
「……音が止むのを待ちましょう。何かの拍子に、戦闘が中断されるかもしれません」
 朱羅はそう言って陽斗を止めたが、今すぐ黒縄の元へ駆けつけたいのは彼も同じだった。いくら黒縄が強力な鬼とはいえ、蒼劔の妖力が鬼の妖力を滅する以上、黒縄の方が部が悪いのは明らかだった。
「無音の状態が10秒続いたら、突入しましょう」
「分かった。10秒経ったら、突撃だね!」
 2人は原黒井ビルから聞こえてくる轟音に耳を傾け、音が止むのを今か今かと待ち続けた。
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