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夏編③『水平線の彼方、青色蜃気楼』
第四話「コインランドリーサブマリン」⑵
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翌日も、由良は商店街のコインランドリーへ洗濯しに行った。車で移動するとはいえ、昼間は暑いので日が落ちるのを待ってから向かった。
コインランドリーの照明は切れかけの蛍光灯のみと、心もとない。商店街の街灯の方がずっと明るかった。
中に入ると、昨日はいなかった二十代くらいの青年がコインランドリーのベンチに座っていた。衣服が洗濯機の中でぐるぐると回っている様子を、ぼーっと眺めている。いかにもヤンチャそうで、髪をブルーアッシュに染め、ごついデザインのピアスをいくつも耳につけていた。
(……真冬さんとおんなじTシャツ着てる)
近寄り堅い雰囲気の青年だったが、真冬が着ていた「秘密結社・雪だるま」のTシャツの色違いを着ているのを見て、つい声をかけた。
「こんばんは」
「ども」
青年は軽く会釈する。物静かではあるが、気さくなようだ。由良に急に話しかけられても、嫌な顔ひとつしなかった。
由良は空いている洗濯機に洗濯物を入れながら、青年と雑談した。
「このあたりに住んでるんですか?」
「っす。駅前の工事現場でバイト始めたんで、先週引っ越してきました。今洗ってるのも、バイト先で使ってる作業着っす」
「そうなんですね」
「おねーさんは商店街の人っすか?」
「昔はそうだったけど、今は大通りの向かいで喫茶店をやっているんです。家で使っていた洗濯機が壊れちゃったので、しばらくこちらに通うことになりました」
「そりゃ災難でしたね」
青年は「壊れた洗濯機と言えば、」とコインランドリーの一番奥にある「故障中」の貼り紙がされている洗濯機に目をやった。
「あそこにある洗濯機、"開かずの洗濯機"って呼ばれてるらしいっすね。壊れて開かなくなったドアから漏れてる水が海の匂いがするとか、ドアをジッと見てると妙な影が映るとか。ここの商店街の古着屋で教えてもらいました」
「……」
聞いたことはないが、身に覚えのある噂だった。
現に、こうしている今も例の洗濯機からは海の匂いが漂っている。
(……確かめるしかないようね。あの洗濯機に、何が映っていたのか)
由良は自分の洗濯機を稼働させると、一番奥の洗濯機の前に立った。
「故障中」の貼り紙をめくり、ドアをジッと見つめる。薄暗いスモークガラスに、由良の顔がうっすらと映った。
青年は噂を信じているのか、由良の行動を見て青ざめていた。
「おねーさん、本気っすか? ホントに変なもん見ても、俺を恨まないでくださいよ?」
「大丈夫。もう見たから」
「え゛」
やがてドアを見ているうちに、スモークガラスがただ暗いだけではないことに気づいた。時折、小さな泡や白い粒のような物が何処からともなく浮き上がり、通り過ぎていくのだ。
それらの正体が何なのか考察するうちに、決定的なものがドアに映った。
「わっ?!」
「え、どうし……うぉっ!」
ふいに、想像上の生き物のような、不気味な顔をした魚がドアを横切っていった。
魚だけではない。今まで見たことがないほど巨大なイカやカニ、宇宙船のようにピカピカと虹色の光を放つクラゲなど、多種多様な生き物がドアの向こうで漂っている。
他の洗濯機のドアにも、銀色に輝く細長い魚がドアからドアへ通り抜け、青年を仰天させていた。
「すげぇ、リュウグウノツカイだ……! 久しぶりに生で見た……」
「……これ、実際に見たんですか?」
「あ、はい。たまたま網に引っかかってたやつっすけど」
その後も、洗濯機のドアには様々な海の生き物が映った。
青年は海の生き物に詳しいらしく、新しく何かが横切るたびに、由良に名前を教えた。
「あの不気味な魚はラブカっす。でっかいイカはダイオウイカで、カニの方はタカアシガニ。虹色に光ってるのはシンカイウリクラゲ……メンダコも泳いでるっすね」
「お詳しいんですね」
「実家が漁師町なもんで、たまに網に引っかかった深海魚を見せてもらってたんすよ。そのうち興味を持つようになって、自分でも図鑑とかネットとかで調べるようになりました。にしてもこのコインランドリー、どうなってるんすか? ドアの形といい、まるで潜水艦じゃないっすか」
「潜水艦……」
その単語を耳にした瞬間、由良は思い出した。
昨日、真冬が別れ際にこんなことを言っていたのだ。
『ところでコインランドリーの洗濯機のドアって、潜水艦の窓に似てません? 丸いドアが一列に並んでるところとか、覗き防止のスモークガラスのおかげで、洗濯機の中が薄暗くて見えにくいところとか!』
『そうですかね?』
『そうですよ! なんだか、海底旅行に来た気分になりませんか? 私、いつかマリンスノーを生で見てみたいんですよねー』
(……良かったですね、真冬さん。マリンスノーどころか、深海のお仲間が勢ぞろいですよ)
コインランドリーの照明は切れかけの蛍光灯のみと、心もとない。商店街の街灯の方がずっと明るかった。
中に入ると、昨日はいなかった二十代くらいの青年がコインランドリーのベンチに座っていた。衣服が洗濯機の中でぐるぐると回っている様子を、ぼーっと眺めている。いかにもヤンチャそうで、髪をブルーアッシュに染め、ごついデザインのピアスをいくつも耳につけていた。
(……真冬さんとおんなじTシャツ着てる)
近寄り堅い雰囲気の青年だったが、真冬が着ていた「秘密結社・雪だるま」のTシャツの色違いを着ているのを見て、つい声をかけた。
「こんばんは」
「ども」
青年は軽く会釈する。物静かではあるが、気さくなようだ。由良に急に話しかけられても、嫌な顔ひとつしなかった。
由良は空いている洗濯機に洗濯物を入れながら、青年と雑談した。
「このあたりに住んでるんですか?」
「っす。駅前の工事現場でバイト始めたんで、先週引っ越してきました。今洗ってるのも、バイト先で使ってる作業着っす」
「そうなんですね」
「おねーさんは商店街の人っすか?」
「昔はそうだったけど、今は大通りの向かいで喫茶店をやっているんです。家で使っていた洗濯機が壊れちゃったので、しばらくこちらに通うことになりました」
「そりゃ災難でしたね」
青年は「壊れた洗濯機と言えば、」とコインランドリーの一番奥にある「故障中」の貼り紙がされている洗濯機に目をやった。
「あそこにある洗濯機、"開かずの洗濯機"って呼ばれてるらしいっすね。壊れて開かなくなったドアから漏れてる水が海の匂いがするとか、ドアをジッと見てると妙な影が映るとか。ここの商店街の古着屋で教えてもらいました」
「……」
聞いたことはないが、身に覚えのある噂だった。
現に、こうしている今も例の洗濯機からは海の匂いが漂っている。
(……確かめるしかないようね。あの洗濯機に、何が映っていたのか)
由良は自分の洗濯機を稼働させると、一番奥の洗濯機の前に立った。
「故障中」の貼り紙をめくり、ドアをジッと見つめる。薄暗いスモークガラスに、由良の顔がうっすらと映った。
青年は噂を信じているのか、由良の行動を見て青ざめていた。
「おねーさん、本気っすか? ホントに変なもん見ても、俺を恨まないでくださいよ?」
「大丈夫。もう見たから」
「え゛」
やがてドアを見ているうちに、スモークガラスがただ暗いだけではないことに気づいた。時折、小さな泡や白い粒のような物が何処からともなく浮き上がり、通り過ぎていくのだ。
それらの正体が何なのか考察するうちに、決定的なものがドアに映った。
「わっ?!」
「え、どうし……うぉっ!」
ふいに、想像上の生き物のような、不気味な顔をした魚がドアを横切っていった。
魚だけではない。今まで見たことがないほど巨大なイカやカニ、宇宙船のようにピカピカと虹色の光を放つクラゲなど、多種多様な生き物がドアの向こうで漂っている。
他の洗濯機のドアにも、銀色に輝く細長い魚がドアからドアへ通り抜け、青年を仰天させていた。
「すげぇ、リュウグウノツカイだ……! 久しぶりに生で見た……」
「……これ、実際に見たんですか?」
「あ、はい。たまたま網に引っかかってたやつっすけど」
その後も、洗濯機のドアには様々な海の生き物が映った。
青年は海の生き物に詳しいらしく、新しく何かが横切るたびに、由良に名前を教えた。
「あの不気味な魚はラブカっす。でっかいイカはダイオウイカで、カニの方はタカアシガニ。虹色に光ってるのはシンカイウリクラゲ……メンダコも泳いでるっすね」
「お詳しいんですね」
「実家が漁師町なもんで、たまに網に引っかかった深海魚を見せてもらってたんすよ。そのうち興味を持つようになって、自分でも図鑑とかネットとかで調べるようになりました。にしてもこのコインランドリー、どうなってるんすか? ドアの形といい、まるで潜水艦じゃないっすか」
「潜水艦……」
その単語を耳にした瞬間、由良は思い出した。
昨日、真冬が別れ際にこんなことを言っていたのだ。
『ところでコインランドリーの洗濯機のドアって、潜水艦の窓に似てません? 丸いドアが一列に並んでるところとか、覗き防止のスモークガラスのおかげで、洗濯機の中が薄暗くて見えにくいところとか!』
『そうですかね?』
『そうですよ! なんだか、海底旅行に来た気分になりませんか? 私、いつかマリンスノーを生で見てみたいんですよねー』
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